天体力学: 新たな解析モデルによりラグランジュ点近傍における軌道分岐の真の原因を解明

2025年10月27日

制限三体問題におけるリサージュ軌道・ハロー軌道・準ハロー軌道の力学を統一

本研究を主導した千葉 逸人教授(左)とMingpei Lin助教(右)

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最先端の宇宙旅行を実現するには、制限三体問題(RTBP)の基礎的な理解が不可欠である。この問題では、3つの天体のうち1つ(通常は宇宙船)が極めて小さいため、その万有引力は他の2つ(惑星と衛星)に影響を与えないと仮定される。

AIMRのMingpei Lin助教は、「RTBPでは、2つの天体間のラグランジュ点の周囲に、宇宙船が周回できる特定の軌道が存在します。不安定な共線ラグランジュ点周辺で、ハロー軌道や準ハロー軌道といった複雑な軌道がどのように形成されるかをモデル化できれば、これらの点を活用したより優れた軌道設計が可能になります」と、説明する。

しかしこれまで、ラグランジュ点周りのあらゆる種類の軌道を統一的に記述する解析手法がなく、長年の課題となっていた。数値シミュレーションは個々の軌道をモデル化できるが、計算コストが高く、系に依存してしまう。既存の解析手法では断片的な解しか得られず、リサージュ軌道とハロー軌道を別々に扱い、準ハロー軌道については全く捉えられていなかった。

2024年、千葉逸人教授とLin助教の研究チームは、RTBPにおける共線ラグランジュ点の中心多様体を記述する統一的な解析的枠組みを構築した1。この手法では、準ハロー軌道がリサージュ軌道から分岐するメカニズムを、周波数共鳴を必要とせずに説明できるカップリング機構を導入している。

「従来の解析モデルは、周波数共鳴が複雑な軌道を生み出す主要なメカニズムとされてきました。しかし、この手法ではリサージュ軌道から準ハロー軌道への分岐を説明できず、数値シミュレーションによる観測結果も異なる挙動を示していました。そこで私たちは、周波数共鳴ではなく非線形カップリングが軌道分岐の真の原因であると提案しました。この力学現象は、既存のどのモデルにおいても適切に記述できていませんでした」と、Lin助教は語る。

本手法の独創性は、RTBP方程式にカップリング係数ηと分岐方程式 Δ = 0 を導入した点にある。これにより、面内運動と面外運動の間の非線形カップリングが保持され、共鳴条件によらず、分岐が自然に生じるようになった。

その結果、同一形式でリサージュ軌道、ハロー軌道、準ハロー軌道を解析的に記述する高次級数解が得られた。つまり、η = 0 の場合はリサージュ軌道、η ≠ 0 の場合は準ハロー軌道が得られ、ハロー軌道はその特殊な場合として現れる。

「この画期的な成果は、ラグランジュ点近傍の軌道力学の理解を一変させるでしょう。本研究は、既知のあらゆる中心多様体軌道を精密かつ解析的にモデル化することを可能にし、宇宙ミッションにおける軌道設計と分岐理論の双方に大きく貢献することが期待されます」と、Lin助教は結論づける。

研究チームは現在、このカップリング誘発分岐の枠組みを他の力学系に応用しており、人間における右利き優位の進化など、対称性の破れ現象のモデル化に取り組んでいる。

A personal insight from Dr. Mingpei Lin

博士課程の初期から、「分岐した二次元トーラスがなぜ半解析的解法では扱いにくいのか」という問題に強い関心を持っていました。しかし、他のプロジェクトに追われ、本格的に取り組む機会がありませんでした。今回、AIMRの千葉研究室でようやく、この問題に深く取り組む時間と環境を得ることができました。

従来法による数々の試行錯誤を経て、私たちは半世紀にわたって定説とされていた共鳴メカニズムそのものを疑問視し始めました。この視点の転換が本研究の重要なカギとなりました。この局所分岐を引き起こしているのは、共鳴ではなく非線形カップリングでした。カップリング誘発分岐のメカニズムを構築し、ハロー軌道と準ハロー軌道を説明できたことで、7年来の謎が解決し、未知の領域を探求する自信が深まりました。

(原著者:Patrick Han)

Highlight article

  1. Lin M. and Chiba H. Bifurcation mechanism of quasi-halo orbit from Lissajous orbit Journal of Guidance, Control, and Dynamics 48, 71-83 (2024). | DOI: 10.2514/1.G008233

千葉 逸人

主任研究者

Mingpei Lin

助教

このリサーチハイライトは原著論文の著者の承認を得ており、記事中のすべての情報及びデータは同著者から提供されたものです。