スピントロニクスデバイス: マグノンを用いた磁気メモリビットのスイッチング
2025年09月22日
結晶対称性、スピン傾斜、およびマグノントルクにより、層状スピントロニクスデバイスにおける無磁場面外磁化スイッチングを実現

本研究を主導したElyasi助教
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磁化スイッチングは、スピントロニクスデバイスの重要な機能の一つである。
AIMRのMehrdad Elyasi助教は、「磁気メモリや論理回路といった実用的なデバイスでは、隣接する磁気ビットに影響を与えることなく、個々の磁気ビットを切り替える能力が必要です。そのため、装置全体に磁場をかけたり、大電力を使用したりすることなく、特定の位置で磁化スイッチングを確実に行う必要があります」と説明する。
これを達成するために、マグノンと呼ばれる準粒子を使用する手法が用いられる。マグノンは波のような磁気的なゆらぎであり、パターン化されたナノ構造やパルス励起を使用することで、局所的な閉じ込め、誘導、生成が可能である。
しかし、高密度メモリに最適な垂直磁気異方性(PMA)材料に関する最新の研究結果により、マグノンを利用する安定した磁化スイッチングには、外部からの磁場が必要であることが明らかとなった。
この課題を克服するためには、外部磁場を用いることなく、PMA材料の磁化スイッチングを確実に行うのに十分な強さを持ち、かつ制御可能な面外スピン偏極マグノン流を生成する新たな手法が必要であった。
2024年、Elyasi助教らの研究チームは、WTe2の結晶対称性とスピンキャンティングを利用することで、WTe2/NiO/CoFeBヘテロ構造において所望のマグノントルクを生成することに成功した1。WTe2の低い対称性により、面内成分と面外成分の両方を持つスピン偏極電子を生成し、隣接するNiO層に注入した。その後、NiO反強磁性絶縁体がスピン流をマグノン流に変換し、元の偏極方向(約8.5°のわずかな面外キャンティング角)を保持した。
「25 nmの最適なNiO層厚さによって維持される面外キャンティングは、外部磁場を用いることなくCoFeB強磁性体の垂直磁化をスイッチングするのに必要な反減衰マグノントルクを提供する重要な特性です。また、磁性素子の小型化においてCoFeB層へのジュール熱の影響は重要な課題ですが、絶縁スペーサーとして機能するNiO層がこの影響を緩和し、課題の解決策となることが期待されます」と、Elyasi助教は語る。
研究チームは、室温において4×106 A/cm2という低臨界電流密度で垂直磁化を無磁場でスイッチングできることを実証した。加えて、PtTe2層を導入することで、面外スピン傾斜を維持しながら面内伝導性を向上させることに成功した。これにより、従来のシステムと比較して消費電力を190分の1に削減できることを示した。
これらの結果は、結晶の対称性とスピン傾斜、そしてマグノン輸送を組み合わせて利用することで、安定したエネルギー効率の高い切り替えが可能になることを示唆している。本研究は、マグノン流に基づく将来の低消費電力スピントロニクスメモリデバイスの設計指針となりうるものである。
今後は、マグノン間の非線形相互作用が、NiOから磁性層へのスピン角運動量の移動にどのように寄与するのかを調査することにしている。
A personal insight from Dr. Mehrdad Elyasi
このプロジェクトについて、またそれが研究者としてのあなたにどのような影響を与えたかについて教えてください。
このプロジェクトは、シンガポール国立大学(NUS)の指導教官であるHyunsoo Yang教授との共同研究を再開するという意味で、私にとって意義深いものでした。数年ぶりにYang教授の研究室を訪れ、マグノニクスに関する最近の研究成果を発表しました。そこでYang教授、そして共同研究者であるFei Wang博士とGuoyi Shi博士と有意義な議論を行うことができました。そこから、理論と実験を融合させながら緊密に協力することで、本研究を発展させて発表することができました。この研究は、理論的に明確で実験的にも厳密でありながら、実用的な技術問題を解決しており、物理学と工学の両分野に貢献できる成果であると誇りに思っています。
(原著者:Patrick Han)
Highlight article
- Wang F., Shi G., Yang D., Tan H.R., Zhang C., Lei J., Pu Y., Yang S., Soumyanarayanan A., Elyasi M. and Yang H. Deterministic switching of perpendicular magnetization by out-of-plane anti-damping magnon torques Nature Nanotechnology 19, 1478-1484 (2024). | DOI: 10.1038/s41565-024-01741-y

このリサーチハイライトは原著論文の著者の承認を得ており、記事中のすべての情報及びデータは同著者から提供されたものです。