廃熱を電力に変換する技術で大きな前進

2026年10月13日

国立大学法人東北大学

廃熱を電力に変換する技術で大きな前進

―チタン添加でクロム窒化物熱電薄膜の性能を250倍に向上―

発表のポイント

  • クロム窒化物(CrN)薄膜に少量のチタン(Ti)を添加することで、室温成膜のまま、熱電性能を示すパワーファクター(注1)を純CrNの約250倍に向上させました。
  • Tiが結晶中の窒素の欠陥を抑え、通常トレードオフの関係にある電気伝導率とゼーベック係数(注2)を同時に高めることに成功しました。
  • 窒化物薄膜を用いた熱電デバイスを実証し、既存の高性能材料(注3)に匹敵する出力を確認しました。高温プロセスを必要としないため、窒化物熱電デバイスの実用化を加速する成果として期待できます。

概要

私たちの身の回りでは、さまざまな機器から発生する熱の多くが、利用されないまま廃熱として環境中へ放出されています。この廃熱を電力に変換する熱電材料(注4)のうち、薄膜熱電材料は、デバイスの集積化や小型化に適していることから、近年関心が高まっています。中でも、クロム窒化物(CrN)は優れた熱電特性に加えて、高温環境下でも安定に動作する有望な薄膜熱電材料として知られています。しかし、高い熱電性能を得るには高温成膜やエピタキシャル成長(注5)が必要とされ、使用できる基板が限られるため、さまざまなデバイスへの集積が困難でした。

東北大学の研究グループは、CrN薄膜へのチタン(Ti)添加により、結晶中の窒素空孔(注6)を抑制し、電気伝導率とゼーベック係数を同時に制御することに成功しました。その結果、室温で成膜したままでも熱電性能が飛躍的に向上しました。さらに、この薄膜を用いた発電デバイスを試作しその出力特性を実測すると、既存の高性能熱電薄膜に匹敵する水準の出力密度が得られました。本成果は、高温プロセスを必要としない窒化物熱電デバイスの実現性を示すものです。

本研究の成果は、2026年10月12日に英国王立化学会誌Journal of Materials Chemistry Aに掲載されました。

詳細な説明

研究の背景

熱電材料を薄膜化することで、デバイスの小型化や集積化が可能となり、さまざまな電子機器やデバイスへの応用が期待されています。また、薄膜は基板上に形成できるため、基板材料や形状を工夫することで、多様な熱源への応用にもつながります。こうした利点から、薄膜熱電材料の研究が近年活発に進められています。

熱電材料の性能を高めるためには、大きなゼーベック係数と高い電気伝導率を両立させることが重要です。しかし、この二つはキャリア濃度(注7)を通じてトレードオフの関係にあり、その両立が熱電性能の向上における大きな課題となっています。

こうした薄膜熱電材料の候補の一つとして、クロム窒化物(CrN)が注目されています。CrNは、優れた化学的安定性と機械的強度を備え、環境負荷の小さい元素から構成されることから、デバイス応用に適した熱電材料として期待されています。しかし、室温付近の低温で成膜したCrN薄膜では、結晶中の窒素空孔が多数生じ、それに起因する電子によってキャリア濃度が過剰となります。その結果、電気伝導率は高いものの、ゼーベック係数が大きく抑制されてしまいます。これを避けるには高温での成膜やエピタキシャル成長が必要ですが、使用できる基板が限られ、熱に弱いフレキシブル基板(注8)や微細なデバイスへの適用が困難でした。また、窒化物薄膜では材料単体の熱電特性に関する研究が中心であり、実際の熱電デバイスとして発電動作まで実証することも重要な課題として残されていました。

今回の取り組み

東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)・学際科学フロンティア研究所の双逸助教、同大学大学院工学研究科知能デバイス材料学専攻の倉橋純也大学院生および須藤祐司教授らの研究グループは、窒素と強く結合する元素を添加することで窒素空孔の形成を抑えられると考え、Crよりも窒素との電気陰性度(注9)の差が大きいチタン(Ti)に着目しました。

具体的には、CrとTiのターゲットを用い、窒素を導入した反応性スパッタリング(注10)により、室温でTi添加CrN薄膜を作製しました。Tiのスパッタ出力を変えることでTi濃度を4.6∼9.3 at.%の範囲で制御でき、いずれの薄膜も純CrNと同じ結晶構造を保つことができました。

作製した薄膜の評価として、電気特性およびゼーベック係数を測定したところ、Ti添加により抵抗率が大きく低下することが分かりました(図1(a))。これは、移動度(注11)が約2桁向上したことに起因します(図1(b))。一方、キャリア濃度はTi添加により減少しており(図1(c))、これに伴ってゼーベック係数の絶対値は100 µV K-1 を超える値に達しました(図1(d))。移動度の向上とキャリア濃度の低減が同時に生じたことで、電気伝導率とゼーベック係数のトレードオフが解消されています。その結果、熱電性能を示すパワーファクターは、5.26 µW cm-1 K-2 に達し、純CrNの約250倍もの向上に成功しました(図1(e))。この値は、室温で成膜したにもかかわらず、高温プロセスを経て作製された熱電薄膜と同等、あるいはそれ以上に匹敵する水準です(図1(f))。

こうした性能向上のメカニズムを調べるため組成分析を行った結果、Ti添加CrN薄膜は純CrNに比べて窒素の含有量が増加していました。また、X線光電子分光法(注12)による解析では、窒素の欠陥に由来する成分がTi濃度の増加とともに減少していました。これらの結果は、TiがCrN中の窒素を安定に保ち、窒素空孔の形成を抑制していることを裏付けるものです。

さらに、この薄膜を用いた熱電デバイスの動作を実証するため、ガラス基板上に素子を作製しました。ヒーターとペルチェ素子(注13)を用いてデバイス上に温度勾配を形成し(図2(a)、(b))、その発電特性を評価したところ、n型のTi添加CrN薄膜を用いたuni-leg型デバイス(注14)は、温度差96 Kにおいて最大出力455.8 nWを示しました(図2(c))。薄膜の断面積あたりの出力密度は38.0 mW cm-2 に達し、既存の熱電薄膜デバイスと同等の水準にあり、より大きな温度差の領域ではそれらを上回りました(図2(d))。また、p型CrN薄膜と組み合わせたin-plane型デバイス(注15)では、p型とn型のゼーベック係数が足し合わされることで、温度差97 Kにおいて180 mVという高い開回路電圧が得られました。

今後の展開

本研究は、高温プロセスを経ずに高い熱電性能を実現できることを示すとともに、窒化物薄膜による熱電デバイスの動作を初めて実証したものです。使用できる基板の制約が大きく緩和されるため、応用範囲が拡大し、未利用の廃熱を回収する技術の選択肢を広げることにつながります。また、材料中の欠陥を制御することでキャリア濃度と移動度を同時に最適化できることを示した点は、熱電材料の設計における新たな指針を与えるものです。

今回作製したin-plane型デバイスでは、p型とn型のゼーベック係数が足し合わされることで高い電圧が得られた一方、出力そのものはuni-leg型デバイスを下回りました。これは、組み合わせたp型薄膜の熱電性能がn型のTi添加CrN薄膜に比べて低いためです。今後はp型薄膜の性能向上に取り組むことで、デバイスとしての出力をさらに高められると考えられます。

あわせて、フレキシブル基板上での薄膜特性およびデバイス実証を進めることで、フレキシブル熱電デバイスの創出を目指します。


図1. Ti添加CrN薄膜の室温における電気特性と熱電特性のTi濃度依存性。(a)抵抗率、(b) 移動度、(c) キャリア濃度、(d) 室温(300 K)におけるゼーベック係数。(e) ホール効果測定による抵抗率と室温(300 K)におけるゼーベック係数から算出したパワーファクター。(f) 代表的な熱電薄膜材料系のパワーファクターと最大プロセス温度の比較。


図2. Ti添加CrN薄膜を用いた熱電デバイスの評価。(a) ヒーターとペルチェ素子により温度勾配を与えた熱電デバイス測定系の写真。(b) ヒーターとペルチェ素子により温度差を形成した際のデバイスの赤外線画像。デバイスが温度差を保持できることを示している。各点の温度は、円内の平均温度を表す。(c) n型Ti添加CrN薄膜を用いた熱電デバイスに種々の温度差を与えた際の電流—電圧特性および出力—電圧特性。(d) 本研究の最大出力密度と、既存のマイクロデバイス(Bi-Sb-Te-Se系、有機複合材料、Ag2Se系)との比較。白抜き記号はin-plane型デバイス、塗りつぶし記号はuni-leg型デバイスを表す。

謝辞

本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業(JP24K00915)、公益財団法人岩谷直治記念財団、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業(JPMJFR235T)、および新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)官民による若手研究者発掘支援事業(若サポ)の支援を受けて実施されました。

また本論文は『東北大学2026年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業』の支援を受け、Open Accessとなっています。

用語説明
注1. パワーファクター
熱電材料の性能を評価する指標の一つで、ゼーベック係数と電気伝導率から決まる。値が大きいほど、発電性能が高いことを示す。
注2. ゼーベック係数
温度差によって発生する電圧の大きさを示す指標。値が大きいほど、同じ温度差を与えた際に大きな電圧を取り出すことができる。
注3. 既存の高性能材料
高い熱電性能を示し、薄膜デバイスへの応用が進められている材料。代表的なものに、ビスマス・テルル系(Bi-Sb-Te-Se系)、銀セレン化物(Ag2Se)系、有機複合材料などがある。
注4. 熱電材料
温度差を電気エネルギーに直接変換できる材料。外部電源を用いずに発電できるため、廃熱の有効利用技術として注目されている。
注5. エピタキシャル成長
単結晶基板上で結晶方位を揃えて成長させる方法。特殊基板を用いて、高温で成膜をすることが多い。
注6. 窒素空孔
結晶中で本来窒素原子が占めるべき位置が空いている欠陥。CrNでは電子を放出する供給源として働く。
注7. キャリア濃度
材料中で電気を運ぶ電子や正孔の、単位体積あたりの数。値が大きいほど電気は流れやすくなるが、ゼーベック係数は低下する。
注8. フレキシブル基板
樹脂フィルムなど、折り曲げられる柔軟な基板。耐熱性が低いため、高温プロセスを必要とする薄膜の作製には適用できない。
注9. 電気陰性度
原子が結合する相手から電子を引きつける強さを表す尺度。二つの原子の電気陰性度の差が大きいほど、両者の結合は強くなる傾向がある。
注10. スパッタリング
スパッタリングは、真空中でターゲット材料の原子をたたき出し、基板上に薄膜として堆積させる成膜技術である。反応性スパッタリングはスパッタリングの中の一種で、アルゴンなどの不活性ガスに加えて窒素などの反応性ガスを導入し、成膜中に化学反応を起こしながら薄膜を形成する方法である。
注11. 移動度
材料中で電子や正孔がどれだけ動きやすいかを示す指標。同じキャリア濃度であれば、移動度が高いほど電気伝導率は高くなる。
注12. X線光電子分光法
試料にX線を照射し、放出される電子のエネルギーを測定することで、含まれる元素の種類や化学結合状態を調べる分析手法。
注13. ペルチェ素子
電流を流すと一方の面が冷えて、他方の面が熱くなる半導体素子。本研究では、デバイスの一端を冷却して温度差を形成するために用いた。
注14. uni-leg型デバイス
p型またはn型のいずれか一方の熱電材料のみで構成される素子。
注15. in-plane型デバイス
p型とn型の熱電材料を基板上で交互に配置し、電気的に直列接続、熱的に並列接続した素子。

論文情報

タイトル: Breaking the Trade-Off in CrN Thermoelectrics via Ti doping: From Room-Temperature fabricated Films to Device-Level Performance
著者: Junya Kurahashi, Yi Shuang, and Yuji Sutou
掲載誌: Journal of Materials Chemistry A
DOI: 10.1039/D6TA04854D

問い合わせ先

研究に関すること

東北大学学際科学フロンティア研究所
東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)
助教 双 逸(シュアン イ)(研究者プロフィール)

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