次世代絶縁性量子材料から電気信号の抽出に成功

2026年04月23日

国立大学法人東北大学
国立大学法人東京大学

次世代絶縁性量子材料から電気信号の抽出に成功

― トポロジカル量子コンピューターの核心「量子スピン液体」の制御へ前進 ―

発表のポイント

  • 次世代量子技術の鍵とされる量子スピン液体(注1注2)の有力候補、塩化ルテニウム(α-RuCl3)におけるスピン情報を電気信号として検出することに成功しました。
  • 白金(Pt)と接合した電気デバイスを作製し、磁場の向きの変化に応じた電気抵抗の周期的な変化を捉えました。この振る舞いは量子スピン液体と考えられる状態を含む様々な磁気状態において共通して発現することを、初めて明らかにしました。
  • 本成果は、量子スピン液体を「測る・操る」ための新しい手法を提示するものであり、集積可能なデバイスへの可能性を含め、トポロジカル量子コンピューター(注3)など次世代エレクトロニクスへの大きなブレイクスルーとなります。

概要

現在、量子コンピューターの開発において、外部ノイズによる計算エラーの克服が最大の課題となっています。その解決策として期待されるのが「量子スピン液体」状態です。この状態は図形的な性質(トポロジー)により情報を保護するため、ノイズ耐性の高い量子計算を可能にします。しかし、有力候補物質のα-RuCl3は電気を通さない絶縁体であり、内部のスピン情報を電気的に測定・操作する手法がないことが実用化の大きな障壁でした。

今回、井土宏 東京大学大学院理学系研究科特任准教授(研究開始時 東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)助教)、Yong P. Chen東北大学金属材料研究所教授(材料科学高等研究所(WPI-AIMR)兼務)、木俣基 日本原子力研究開発機構研究副主幹(研究当時 金属材料研究所准教授)らの研究グループは、α-RuCl3にPtを接合した電気デバイスを作製しました。図1に示すようにPt層に電流を流しながら面内磁場方向を回転させ、デバイスの抵抗変化を検出することで、隣接するα-RuCl3内部のスピン情報を抽出することに成功しました 。

本成果は2026年4月22日(現地時間)、物理学の専門誌Newtonに掲載されました。

詳細な説明

研究の背景

量子スピン液体とは、非常に低い温度でも電子のスピン(小さな磁石の向き)がきれいに並ばず、バラバラのまま動き続ける不思議な物質です。ほとんどの物質は低温になるとスピンが整列しますが、この物質ではそうなりません。その代わり、スピン同士が強く結びついた状態を保ち、将来の量子コンピューターに役立つと期待される特別な性質を示します。

その中でもキタエフ量子スピン液体は、結晶の中でスピンが隣の電子との相対的な方向によって異なる相互作用をすることで生まれます(図1下段左)。この状態では、外部からのノイズに強く、安定して情報を扱える可能性があるため、特に注目されています。

しかし、このような物質は一般に電気を流さない性質(絶縁体)を持っており、電子を動かして調べたり操作したりすることが難しいという問題があります。そのため、実際のデバイスや次世代の電子技術に応用するには、大きな課題が残されています。

今回の取り組み

本研究グループは、キタエフ量子スピン液体の有力な候補とされる物質であるα-RuCl3を調べました。そして、この物質の中で起きている磁気的な状態(スピンのふるまい)を、となりに接した金属を通して電気的に読み取れることを示しました(図1上段)。

具体的には、スピンの動きを電気信号として検出できる金属Ptを使い、電気抵抗の変化を詳しく測定しました。その結果、金属中を流れるスピンの流れと、絶縁体側にあるスピンとの相互作用によって、特徴的な電気信号(図1下段中央)が現れることが分かりました。

さらに詳しく調べると、この電気信号のパターンから、スピンの向きには特定の方向を好む性質(異方性)があることが分かりました。しかもこの性質は、スピンが静止している場合だけでなく、揺らいでいる場合でも共通して現れます(図1下段右)。

また、温度による変化を調べた結果、このスピンの性質に関わるエネルギーの大きさは、これまでに報告されている量子スピン液体特有の現象と同じ程度であることも明らかになりました。

今後の展開

今回の結果から、電気の流れの変化を手がかりにすることで、これまで電気では調べにくかった電気を通さない量子物質の中の磁石の性質(スピンの状態)を読み取れることが分かりました。

これは、将来の新しい電子技術や量子技術に向けて、こうした特別な磁気状態を電気的に調べるだけでなく、コントロールするための新しい方法につながる重要な成果です。さらに、電気信号ベースの手法であるため、デバイスの集積化への第一歩でもあります。


図1. スピン素子の模式図(上図)、格子上の異方的相互作用によるスピン液体(下段左図)、電気的な振動信号(下段中央図)、交差方向のスピン異方性が幅広く観測された(下段右図)。

謝辞

本研究は、東北大学WPI-AIMR Fusion Researchの支援、JSPS科研費(JP22H01896, JP22H00278, JP21K18590, JP20H04623, JP20K14399, JP18H03858, JP19K03736)の助成、東北大学金属材料研究所強磁場センターの共同利用を受けて実施されました。

用語解説
注1. スピン
電子が持つ、自転のような性質。個々の電子は「極めて小さな磁石」としての性質を持っており、従来のスピントロニクスではこの磁石の向き(スピンの状態)を情報の0と1として利用する。
注2. 量子スピン液体
固体中で、極低温でもスピンがバラバラに揺れ動き続ける特殊な物質状態。個々のスピンが独立して動くのではなく、互いに複雑に連携(エンタングル)して、集団で一つのパターンを作り出している。なお、通常の固体では、温度を下げていくと熱ゆらぎが抑えられ、スピン同志の相互作用によりスピンの向きが規則正しく整列し固まる。
注3. トポロジカル量子コンピューター
物質のトポロジー(図形的な性質)を利用して計算を行う次世代の量子コンピューター。情報の最小単位を個々のスピンの向きではなく、量子スピン液体のような集団が作るパターンに置くことで、一部のノイズでスピンが乱れても全体のパターン(情報)が壊れない、究極のミスをしない計算が期待されている。

論文情報

タイトル: Unveiling field-transverse spin anisotropy in the spin liquid candidate α-RuCl3 via spin Hall magnetoresistance
著者: Hiroshi Idzuchi, Motoi Kimata, Satoshi Okamoto, Pontus Laurell, Narayan Mohanta, Matthew Cothrine, Stephen. E. Nagler, David Mandrus, Arnab Banerjee and Yong P. Chen
掲載誌: Newton
DOI: 10.1016/j.newton.2026.100505

問い合わせ先

研究に関すること

東北大学金属材料研究所
東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)
教授 Yong P. Chen(研究者プロフィール

E-mail: yongchen@tohoku.ac.jp

東京大学大学院理学系研究科
特任准教授 井土 宏

Tel: 03-5841-1023
E-mail: idzuchi@g.ecc.u-tokyo.ac.jp

報道に関すること

東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR) 広報戦略室

Tel: 022-217-6146
E-mail: aimr-outreach@grp.tohoku.ac.jp