水素発生と半導体応用を兼ね備えた二次元半導体ナノリボンを実現
水素発生と半導体応用を兼ね備えた二次元半導体ナノリボンを実現
MoS2ナノリボンで高い触媒活性とトランジスタ動作を実証
発表のポイント
- クリーンエネルギーの観点から水素発生触媒が必要とされているが、白金触媒は高価なため、代替となる触媒の候補として二硫化モリブデン(以下、MoS2)が期待されている。
- MoS2の極細構造(ナノリボン)を高密度に向きを揃えて合成することに成功し、ナノリボンの端(エッジ)が特に高い触媒活性を示すことを実証した。
- MoS2は高い電子移動度を示す半導体でもあり、ナノリボンのトランジスタ動作を実現し、次世代半導体として応用展開が可能であることも示した。
概要
クリーンエネルギーの必要性から、水素への期待は高まり、効果的に水素を製造する方法が望まれています。電気化学的に水から水素を発生する方法では、白金が高い触媒活性を示すことが知られていますが、白金は希少金属で非常に高価であることが課題です。半導体性の二次元物質であるMoS2は安価で、高い触媒活性を示すことが知られていましたが、その活性サイト(反応が起こる場所)に関しては議論がありました。また、MoS2のナノシートは半導体材料としても優れており、微細化の限界に近付きつつあるシリコンデバイスに代わる次世代半導体として、近年大きな注目を集めています。
九州大学大学院総合理工学府博士課程のマ・ゾンペン大学院生、同大学院総合理工学研究院のパブロ・ソリス-フェルナンデス特任准教授、吾郷浩樹主幹教授、名古屋大学大学院工学研究科の高橋康史教授、東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)の加藤俊顕准教授、筑波大学数理物質系の岡田晋教授、大阪大学産業科学研究所の末永和知教授、産業技術総合研究所の林永昌主任研究員、京都大学エネルギー理工学研究所の松田一成教授、熊本大学大学院先端科学研究部の原正大准教授らの研究グループは、化学蒸着法と呼ばれる方法により二次元半導体であるMoS2のナノリボンを基板上に高密度に成長させる方法を新たに開発し、ナノスケールの電気化学的な測定を通じて、ナノリボンの端が中心部の100倍近い触媒活性を示すことを見出しました。さらに、このMoS2ナノリボンは半導体デバイスとしても優れた電気特性を示すことも明らかにしました。本研究成果は、クリーンエネルギーの開発に寄与するとともに、次世代半導体開発に大きく貢献すると期待されます。
本研究成果は、2025年1月9日(木)午前4時に、米国科学振興協会発行の学術誌「Science Advances」にオンライン掲載されました。

高密度のMoS2ナノリボンの端(エッジ)から電気化学反応によって水素ガスが発生するイメージ
研究者からひとこと
本研究で実現したMoS2ナノリボンは、エッジの割合が極めて高いことから触媒として期待できるともに、2030年代の次世代半導体材料としても有望な材料です。今後は、遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD)の高集積化を進めるなど、さらにユニークでオリジナルな研究を進めていきます。
(吾郷主幹教授)
研究の背景と経緯
地球温暖化が大きな問題となっている現在、クリーンエネルギーの創出と利用が強く求められています。特に水素は燃料電池自動車をはじめ、エネルギーキャリアとしてますます重要性が高まっています。水素は、電気化学的に触媒を使って製造することができますが、最も活性の高い触媒である白金は希少で価格が非常に高いことが大きなネックとなっています。このような中、二硫化モリブデン(MoS2)をはじめとする、遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD)(※1)と呼ばれる二次元の半導体シートは、安価で、白金に変わる水素発生反応(HER)(※2)の触媒として期待されています。
一方、半導体産業においては、トランジスタなどの微細化と集積化が一段と進み、広く用いられているシリコンデバイスが限界に近づきつつあるとされています。これは、シリコンでは原子のレベルまで極端に薄くすると、電子のスピードなどの特性が大幅に低下してしまうためです。それに対して、MoS2に代表されるTMDは、原子3個分(例えばMoS2の場合は、Mo 1個とS 2個分の厚みに相当)の厚みの安定な二次元シートを得ることができ、かつ、その薄さにもかかわらず優れた電気特性を示します。そのため、2030年代の次世代半導体の有力な候補として挙げられ、巨大デバイスメーカーを含め世界中でTMD半導体の研究開発が活発に進められています。しかし、TMDのデバイス応用には、微細加工技術や大量生産など多くの課題が残されています。
研究の内容と成果
本研究では、原子の並びが向きによって異なる(異方的な)表面原子配列を有するサファイアのa面を用い、かつ合成条件を詳細に検討することで、一方向に配列した高密度のMoS2ナノリボンを合成することに成功しました。具体的には、酸化モリブデン(MoO3)と硫黄(S)を原料として使用し、アルゴンガスを流しながら1100 ℃のサファイア基板上で化学蒸着法(CVD法)(※3)によりMoS2ナノリボンを合成しました。図1(a)と(b)にその原子モデルと実際の走査型電子顕微鏡(SEM)写真を示します。サファイア基板上に数十nmから数百nmの幅をもつMoS2ナノリボンが特定の方向にきれいに向きを揃えて高密度に成長しているのが分かります。ナノリボンの高さ測定や分光測定などから、このナノリボンは単層MoS2(S-Mo-Sの原子3個分の厚み)であることを確認しています。このようなMoS2の一方向成長は、サファイア表面の異方的な原子配列による影響を受けて起こったものと考えています。

図1 (a) サファイア基板上に配向成長したMoS2ナノリボンのイメージ。(b) 配向MoS2の電子顕微鏡写真。黒く見える線がMoS2ナノリボン。(c) 幅が10 nmより細いMoS2ナノリボンの高分解電子顕微鏡像とそのモデル図。顕微鏡像で明るく見える点が、Mo原子に相当する。
これまでも数例、MoS2ナノリボンの合成の報告はありましたが、特殊な基板の上に原子ステップを作ってからそれに沿わせて成長させるなど効率的ではなく、またその端(エッジ)の構造もノコギリの刃のように大きく乱れていました。他にも溶液中でMoS2を粉砕して細くするなどの方法も報告されていますが、欠陥が多く入り、かつ厚さや幅もバラバラでした。
原子分解能の走査透過型電子顕微鏡(STEM)を用いて、本研究のナノリボンを観察すると図1(c)のような像が得られ、欠陥がほとんどなく、単結晶のMoS2構造をもっていることが確認されました。また、そのエッジも比較的なめらかであることも分かりました。
次に、この配向したMoS2ナノリボンを導電性のグラファイト基板の上に転写し、電気化学的な触媒活性を測定しました。この際、電解液を充填した先端が非常に細いガラス管(ピペット)を用いた走査型電気化学セル顕微鏡(SECCM)(※4)を利用して、水素発生反応(HER)の触媒活性サイトの可視化を試みました。図2(a)に示す3本のナノリボンに対して測定を行った結果が図2(b)です。水素発生は還元反応であり、電流値が高いほど反応が活発に起こる、つまり水素発生が多く起こっていることを示します。図2(b)から明らかにMoS2ナノリボンのエッジの触媒活性が高いことが分かります。電流値の詳しい解析の結果、ナノリボンの中心部に対して、エッジでは100倍近い活性を示していました。さらに、細いリボン(図2(a),(b)のナノリボン1)ではエッジ/面積比が大きく、単位面積当たりのHER活性が高いことが明らかとなりました。図2(c)はエッジと中心部、そしてグラファイト表面を比較したものですが、エッジが最も反応が起こる電圧(過電圧)が低い、つまりHERを起こしやすいことを表しています。以上の結果は、エッジの割合が高いナノリボンが水素発生に適していることを示しています。このように、本研究で実現した高密度の配向MoS2ナノリボンとSECCMという高度な測定法の組み合わせによって、水素発生触媒の設計と作製に関する重要な指針を得ることができました。

図2 (a) 電気化学反応に用いた3本のナノリボンの電子顕微鏡写真。(b) 同じ位置のHER活性のマッピング像。電流の絶対値が大きいほど水素が多く発生することを示す。(c) 異なる位置での電流プロファイル。
MoS2ナノリボンの半導体材料としての特性を調べるために、サファイアa面からシリコン基板に転写した後、図3(a),(b)に示す超微細なデバイスを作製して、電気特性を評価しました。その結果が図3(c)です。幅が110 nmの細いナノリボンであるにもかかわらず、明瞭なトランジスタ動作を観察することができました。そして電子のスピードである電子移動度は44 cm2/Vsと、通常のMoS2シートと同等かそれ以上の高い値が得られました。なお、このように細いナノリボン構造をリソグラフィとエッチングプロセスで作製することは容易ではなく、また作製できてもエッジが極端に乱れていることから、今回の自己組織的に成長するMoS2ナノリボンは極薄、かつ微細なチャネルとしても優れているといえます。さらに、このMoS2ナノリボンのデバイスを極低温に冷却して測定した結果が図3(d)です。ナノリボンが複数の量子ドットとして振る舞うクーロンダイヤモンド(※5)と呼ばれる特性が得られ、MoS2ナノリボンの低次元性と高い結晶性を確認することができました。このように、MoS2ナノリボンは、水素発生触媒に加え、次世代半導体のチャネルとしても有望であることが示されました。

図3 (a,b) MoS2ナノリボンを半導体チャネルとしたトランジスタの構造と実際の電子顕微鏡像。(c) 室温でのトランジスタ特性。(d) 極低温(4.2 K)で得られたデバイス測定の結果。ひし形のダイヤモンドパターンが得られており、これは低次元物質特有の振る舞いとして理解される。
なお、本研究ではMoS2に加えて、二硫化タングステン(WS2)でもナノリボンを作るとともに、MoS2の周囲にWS2を合成したヘテロ構造ナノリボンの合成にも成功しています。このような新しい高次材料はさらに興味深い特性を示すものと期待されます。
今後の展開
今後は、位置と方向を同時に制御したナノリボンを合成して集積化を目指すとともに、複数のナノリボンを組み合わせたヘテロナノリボンなどのユニークな構造体を作製し、新たな物性開発や応用へとつなげていきます。また、よりクリーンな転写法やエッジの制御を通じて、さらに高い水素発生能を実現していきます。MoS2などの二次元物質の半導体応用に関しても、多くの大学や企業との積極的な産学連携活動を通じて実用化も推進していきます。
用語解説
- (※1) 遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD)
- モリブデンやタングステンなどの遷移金属と、硫黄やセレンなどのカルコゲン(第16族元素)から構成される、厚さが約1 nmの二次元物質。1~2 eVのバンドギャップをもつ半導体で、高い電子の移動度を示すことから、ポストシリコン材料として期待を集めている。
- (※2) 水素発生反応(HER)
- 水の電気分解。電気化学的に水素イオンを還元して水素ガスを発生させる反応(2H+ + 2e- → H2(g))で、本研究では電流の変化から触媒活性を評価している。
- (※3) 化学蒸着法(CVD法)
- 高温に加熱しながら、基板上で原料ガスを反応させて二次元物質を合成する手法。大面積合成に適していることから世界的に広く利用されている。本研究では、MoO3とSを原料に用いて、MoS2ナノリボンを合成している。
- (※4) 走査型電気化学セル顕微鏡(SECCM)
- 電解液で満たした細長いガラスナノピペットを探針として用い、ピペット先端を試料に近接させることで、ピペットと試料の間にメニスカス状の電気化学セルを形成し、局所的な電気化学計測を行う手法。ピペットを走査しながら電気化学計測を行うことで、電気化学イメージングを行うことが可能である。
- (※5) クーロンダイヤモンド
- 量子ドットの両端にかける電圧と外部からのゲート電圧を掃引した際に、量子ドットを流れる電流の微分コンダクタンスがゼロとなる領域がダイヤモンド形状として現れる特性。量子ドットが一個の結晶として電子が流れる。
謝辞
本研究は文部科学省 科学研究費補助金 学術変革領域研究(A)「2.5次元物質科学:社会変革に向けた物質科学のパラダイムシフト(領域代表:吾郷浩樹)」(JP21H05232、JP21H05233、JP21H05235、JP22H05478、JP22H05441、JP22H05448、JP22H05459、JP24H01165、JP24H01189、JP24H00478)、日本学術振興会 科学研究費補助金(JP24H00407、JP23K17863、JP21K18878、JP23H00097、JP23K1775、JP20H05664、JP19K22113、JP23H05469、JP22K18986、JP24K17708)、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究 CREST(JPMJCR20B1、JPMJCR18I1、JPMJCR23A2、JPMJCR24A5)、戦略的創造研究推進事業 ACT-X(JPMJAX23DH)、創発的研究支援事業(JPMJFR203K)の助成を受けたものです。
論文情報
タイトル: | Lattice-guided growth of dense arrays of aligned transition metal dichalcogenide nanoribbons with high catalytic reactivity |
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著者: | Zongpeng Ma, Pablo Solís-Fernández, Kaito Hirata, Yung-Chang Lin, Keisuke Shinokita, Mina Maruyama, Kota Honda, Tatsuki Kato, Aika Uchida, Hiroto Ogura, Tomohiro Otsuka, Masahiro Hara, Kazunari Matsuda, Kazu Suenaga, Susumu Okada, Toshiaki Kato, Yasufumi Takahashi, Hiroki Ago |
掲載誌: | Science Advances |
DOI: | 10.1126/sciadv.adr8046![]() |
問い合わせ先
研究に関すること
九州大学 総合理工学研究院/半導体・デバイスエコシステム研究教育センター
主幹教授 吾郷 浩樹(アゴウ ヒロキ)
Tel: | 092-583-8852 |
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Fax: | 092-583-8852 |
E-mail: | ago.hiroki.974@m.kyushu-u.ac.jp |
報道に関すること
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東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR) 広報戦略室
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E-mail: | aimr-outreach@grp.tohoku.ac.jp |