磁気トンネル接合素子、未踏の一桁ナノメートル領域で動作実現

2018年02月15日

東北大学 電気通信研究所
東北大学 省エネルギー・スピントロニクス集積化システムセンター
東北大学 国際集積エレクトロニクス研究開発センター
東北大学 スピントロニクス学術連携研究教育センター
東北大学 材料科学高等研究所(AIMR)
文部科学省
内閣府
科学技術振興機構(JST)

磁気トンネル接合素子、未踏の一桁ナノメートル領域で動作実現

~超大容量・低消費電力・高性能不揮発性メモリの実現に道筋~

ポイント

  • ・最小直径3.8ナノメートルまでの極微細高性能磁気トンネル接合素子を開発
  • ・形状磁気異方性の利用により1桁ナノメートル台においても応用に求められる主要特性を達成
  • ・超大容量低消費電力メモリ・集積回路の実現に道筋、IoT技術の発展に貢献

概要

東北大学電気通信研究所の大野英男教授(兼省エネルギー・スピントロニクス集積化システムセンター長、国際集積エレクトロニクス研究開発センター教授、スピントロニクス学術連携研究教育センター長、材料科学高等研究所主任研究者)、深見俊輔准教授、佐藤英夫准教授、陣内佛霖助教、渡部杏太博士後期課程学生(日本学術振興会特別研究員)は、超低消費電力高性能ワーキングメモリとしての実用化が期待されるSTT-MRAMの主要構成要素である磁気トンネル接合素子の新しい方式を提案し、世界最小となる一桁ナノメートルサイズでの動作実証に成功しました。

磁石の向きを電気的に制御して情報を記憶する不揮発性磁気メモリ(STT-MRAM)は現在世界中で盛んに研究開発が行われており、2018年内には製品化が始まる見通しとなっています。今後大容量化・高性能化を進めていく上では、その構成要素である磁気トンネル接合素子の微細化が不可欠です。ここで課題となるのが、情報の忘れにくさ(熱安定性)と書き換えやすさ(電流誘起磁化反転)の両立です。2010年に同グループは「界面磁気異方性」を利用する磁気トンネル接合を開発し、直径20ナノメートルまでの微細化技術を確立しましたが、さらに微細化を進めるにあたっては、上記の2つの要件を同時に満足する技術の開発が大きな課題となっていました。今回、同グループは「形状磁気異方性」を積極活用する新しい磁気トンネル接合素子を提案し、一桁ナノメートル台でも十分な熱安定性と電流誘起磁化反転を実現する素子の動作実証に成功しました。作製した素子の最小サイズは3.8ナノメートルで、これはこれまで行われてきた研究と比べて群を抜いて小さいサイズです。この技術は、極限まで微細化された将来の半導体集積回路にまで適用可能であり、今後技術開発を進めることで現行の約100倍となる100ギガビットクラス以上の大容量ワーキングメモリを実現できるものと期待されます。

本研究成果は、2018年2月14日(英国時間)に英国科学誌「Nature Communications」のオンライン速報版で公開されました。

研究の背景と経緯

電子の持つ電気と磁気の 2 つの性質を利用する「スピントロニクス」の原理を用いると、磁石に電流を流すことでその極性(N 極/S 極)を検出でき、また切り換えることもできます。このような研究は 2000 年頃から世界中で徐々に活発化し、2018 年にはいよいよこの原理を利用した不揮発性磁気メモリ(STT-MRAM)(注 1)の本格的量産化が開始される見通しとなっています。現在電子機器で用いられているメモリはプロセッサの近くで高速・高頻度に動作するワーキングメモリと、写真や音楽などの大容量データの保存に用いられるストレージメモリに大別されます。ストレージメモリは電源を切っても情報を保持する不揮発性を有するのに対して、現在用いられているワーキングメモリは情報を保持するためには電源を維持し続ける必要があり、この揮発性による待機時消費電力が半導体集積回路技術の懸案となっています。加えて現在のワーキングメモリでは構成素子の微細化の物理限界、製造限界も深刻な課題となっています。STT-MRAM は現在開発が行われている不揮発性メモリの中で唯一、動作速度や繰り返し動作耐性において現行のワーキングメモリと同等の高い性能を達成できる性質を有していることから、既存の揮発性ワーキングメモリの置き換えにより超低消費電力集積回路が実現でき、これによって情報処理通信・IoT注2)技術を大きく発展させられることが期待されます。

今後、STT-MRAM の大容量化と高性能化を進めていくためには、STT-MRAM の主要構成要素であり情報の記憶を司る磁気トンネル接合素子を持続的に微細化していく必要があります。ここで課題となるのが、情報の忘れにくさ(熱安定性)と書き換えやすさ(電流誘起磁化反転)の両立です。一般に素子のサイズが小さくなるにつれて情報を忘れやすくなり、それに打ち勝つために材料を工夫すると、今度は電流での磁化反転が困難になるというジレンマが存在します。上述の通り STT-MRAM は実用化が間近の段階ですが、この決め手となったのは 2010 年に東北大学の同グループが開発した「界面磁気異方性」を利用した CoFeB/MgO 磁気トンネル接合です。この材料系は現在世界中の STT-MRAM の研究開発で用いられていますが、サイズが 20 ナノメートルよりも小さくなると、このジレンマが顕在化することが分かっており、抜本的に新しいアプローチが求められていました。

研究の内容

今回、研究グループはこれまで有効に活用されてこなかった「形状磁気異方性」に着目し、20 ナノメートル以下の世代においても技術的な要件を満足する磁気トンネル接合素子の開発に取り組みました。形状磁気異方性とは磁石の形状に応じて磁化(N/S)の向きやすい方向(容易軸)が決まる性質であり、例えば棒磁石であればその長手方向が容易軸となります。磁気トンネル接合素子においては膜面垂直方向が磁化容易軸の場合に、高い熱安定性と低電流での磁化反転を両立させやすいことが知られており、従って形状磁気異方性を磁気トンネル接合に利用する場合には、縦長の構造[図 1(a)]を形成する必要があります。これはこれまでの界面磁気異方性を利用する磁気トンネル接合[図 1(b)]とは真逆のアプローチです。モデル計算から形状磁気異方性を用いることで界面磁気異方性では難しかった 10 ナノメートル以下の領域においても高い熱安定性と電流誘起磁化反転を両立できる可能性があることが分かりました。

モデル計算に基づいて素子設計範囲を具体化し、実際に極微細磁気トンネル接合素子をシリコン基板上に作製しました。情報の記憶を担う記録層には、磁気的な摩擦が小さく低電流での磁化反転が期待される FeB(鉄ボロン)合金を用い、トンネルバリアには抵抗面積積が低くなるように設計された MgO(酸化マグネシウム)を用いました。東北大学電気通信研究所附属ナノ・スピン実験施設にて微細加工プロセスを精密にコントロールし、最小で直径 3.8 ナノメートルまでの磁気トンネル接合素子を形成することに成功しました。これまで報告されている磁気トンネル接合素子は最小でも 11 ナノメートル程度であり、それらと比べて群を抜いて小さいサイズです。

作製した素子の熱安定性指数(注3)を評価したところ、多くのアプリケーションにおける仕様を満足しうる 80 以上の値が一桁ナノメートル台(10 ナノメートル以下)においても確認されました。これは従来の界面磁気異方性を利用した磁気トンネル接合では達成できなかった値です[図 2]。続いて、作製した素子に電流を導入し、磁化反転を評価しました。図 3 に示された通り、最小で 8.8 ナノメートルの素子においても電流によって高抵抗状態と低抵抗状態の間での切り換えができており、電流誘起磁化反転が実現されていることが分かります。

今後の展開

形状磁気異方性は材料に依存しない普遍的な性質であることから、様々な材料系の中から目的に適うものを選択できます。従って、想定されるアプリケーションに応じて、必要となるデータ保持特性、動作電力、動作保証温度範囲などを達成できるような材料を開発して適用することで、様々な用途で目的に見合った磁気トンネル接合素子を実現できると考えられます。

半導体メモリ・集積回路のテクノロジーノードは年々微細化が進んでおり、最近ではその極限となる数ナノメートル世代も視界に捉えた開発が行われています。今回の形状磁気異方性を利用した磁気トンネル接合はこのような極限の世代にも適用が可能です。現行の典型的なワーキングメモリの容量は最大で数ギガビット程度ですが、今後今回提案したコンセプトのもとで材料・素子・集積化技術の開発を更に発展させていくことで、現在の 100 倍となる 100 ギガビット以上の容量を持つようなワーキングメモリも実現できるものと期待されます。

 

 

本成果は、主に以下の事業・研究プロジェクトによって得られました。

・科学技術振興機構 産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム(OPERA)
http://www.jst.go.jp/opera/

幹事機関 : 東北大学
共創コンソーシアム : IT・輸送システム産学共創コンソーシアム
研究領域 : 世界の知を呼び込むIT・輸送システム融合型エレクトロニクス技術の創出
領域統括 : 遠藤哲郎
研究期間 : 平成28年度~平成32年度

 

・内閣府 革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)
http://www.jst.go.jp/impact/#index1

プログラム・マネージャー : 佐橋政司
研究開発プログラム : 無充電で長期間使用できる究極のエコIT機器の実現
研究開発課題 : スピントロニクス集積回路(大野社会実装分科会)
研究開発責任者 : 遠藤哲郎(平成 29 年度~平成 30 年度)
                        大野英男(平成 26 年度~平成 29 年度)
研究期間 : 平成26年度~平成30年度

 

・ 文部科学省「未来社会実現のためのICT基盤技術の研究開発」

研究代表者 : 大野英男
課題名 : 耐災害性に優れた安心・安全社会のためのスピントロニクス材料・デバイス基盤技術の研究開発
研究期間 : 平成24年度~平成28年度

 

・日本学術振興会科学研究費助成事業(科学研究費補助金)「特別推進研究」

研究代表者 : 大野英男
課題名 : スピントロニクスを用いた人工知能ハードウェアパラダイムの創成
研究期間 : 平成29年度~

 

■OPERA 遠藤哲郎領域統括のコメント■

pr_20180215_endoP.jpg本成果は、産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム(OPERA)「世界の知を呼び込む IT・輸送システム融合型エレクトロニクス技術の創出」(幹事機関:国立大学法人東北大学、領域統括:東北大学国際集積エレクトロニクス研究開発センター センター長 遠藤哲郎教授)において取り組んでいる次世代スピントロニクスデバイス研究チームでの微細磁気トンネル接合(MT)素子に関する最新の研究成果です。MTJ 素子は、現在の集積回路における消費電力課題を解決できる技術として産業界で注目されており、ImPACT プロジェクト(大野社会実装分科会)でも3Xnm 世代 MTJ 素子を活用した超低消費電力不揮発性マイコンの開発を進めています。しかし、不揮発性性能と データ書き換え性能のトレードオフのために、20nm 以下への微細化が困難という大きな課題がありました。本研究は、これまで有効に活用されてこなかった形状磁気異方性という性質を積極活用した新方式 MTJ 素子を提案し、シリコンテクノロジーと同世代までの微細化が可能な MTJ 素子を世界で初めて実証したものであり、学術的にも産業的にも非常に高いインパクトを有する成果です。本 OPERA プロジェクトでは、引き続き本技術の更なる高度化を図り、超高集積・超低電力・高耐環境性能を有する STT-MRAM のみならず、人工知能システムや自動運行システムのキーデバイスとなる超低消費電力インテリジェント AI チップ等への応用展開を目指していきます。

■ImPACT 佐橋政司プログラム・マネージャーのコメント■

pr_20180215_sahashiP.jpg本成果は、平成26年度~平成30年度に亘り、ImPACT佐橋プログラムにおいて、取り組まれているスピントロニクス集積回路プロジェクト(研究開発責任者:東北大 大野英男教授、遠藤哲郎教授)の最新成果であり、超低消費電力高性能ワーキングメモリとしての実用化が期待されるSTT-MRAMの主要構成要素である磁気トンネル接合素子の新しい方式を考案し、世界最小となる一桁ナノメートルサイズでの動作実証に成功したものである。まだ解決しなければならない課題は残されているものの、平成30年内には埋込み型ワーキングメモリから製品化が始まる見通しとなっているSTT-MRAMの数ナノメータまでのスケーリングに道筋をつける今回の成果の意義は大きく、応用分野の一層の拡大につながるものと期待される。また、年々微細化が進んでいる半導体メモリ・集積回路のテクノロジーノードは、その極限となる数ナノメートル世代も視界に捉えた開発が行われており、今回の形状磁気異方性を利用した磁気トンネル接合はこのような極限の世代にも適用が可能であることから、現行の典型的なワーキングメモリの容量が最大で数ギガビット程度に止まっているのに対し、今後の材料・素子技術の開発で更なる大容量化への扉が拓かれ100ギガビットも夢ではなくなるかも知れない。

参考図

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図1: 本研究で考案した形状磁気異方性を利用した磁気トンネル接合(a)と、従来型の界面磁気異方性を利用した磁気トンネル接合(b)の模式図。形状磁気異方性を利用した磁気トンネル接合においては棒磁石を縦に立てたような構造をとる。

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図2:本研究で作製した形状磁気異方性を利用した磁気トンネル接合と従来型の界面磁気異方性を利用した磁気トンネル接合の間での、熱安定性指数の磁気トンネル接合直径依存性の関係の比較。[1] S. Ikeda et al., Nature Materials 9, 721 (2010). [2] H. Sato et al., Applied Physics Letters 105, 062403 (2014).

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図3:作製した磁気トンネル接合素子の電流誘起磁化反転の測定結果(磁気トンネル接合抵抗の印加電流密度に対する応答)。上段(下段)は直径が8.8(10.4) ナノメートルの素子の測定結果。挿入図は同一素子で測定した磁気トンネル接合抵抗の垂直外部磁界(単位: mT)依存性。

用語解説

注1)STT-MRAM
Spin-Transfer-Torque Magnetoresistive Random Access Memory(スピン移行トルク磁気抵抗ランダムアクセスメモリ)の略。参照層、トンネルバリア、記録層からなる磁気トンネル接合素子を貫通する方向に電流を流したとき、記録層の磁化に作用するトルクによって磁化を反転させる(スピン移行トルク磁化反転)ことで情報の書き込みを行い、同じく磁気トンネル接合に弱い電流を流したときに記録層と参照層の磁化の相対角に応じて抵抗に差の生じるトンネル磁気抵抗効果を用いて情報の読み出しを行う。
注2)IoT
Internet of Things(モノのインターネット)の略。パソコンやスマートフォンだけでなく、自動車、交通網、家電、人感センサー、ロボット、介護機器、など様々なものをインターネットに接続させることで、これまでとは異なる価値、機能を創出する技術。
注3)熱安定性指数
磁化が反転する際に超えるエネルギー障壁高さ(E)と熱擾乱エネルギー(kBT)の比(E/kBT)。kBはボルツマン定数、Tは絶対温度。熱安定性指数が大きいほど熱擾乱による磁化反転が起こりにくくなり、情報が安定して保持される。熱安定性指数が40のとき、単一の磁性素子が室温で約10年間情報を安定して保持できることが熱統計力学的計算から導かれる。メモリの容量、及び使用される温度範囲によって熱安定性指数の必要値は増大し、一般には80程度以上であれば多くのアプリケーションに対応できる。

論文名

“Shape anisotropy revisited in single-digit-nanometer magnetic tunnel junctions”
(形状磁気異方性を用いた一桁ナノメートル磁気トンネル接合)
 Kyota Watanabe, Butsurin Jinnai, Shunsuke Fukami, Hideo Sato, and Hideo Ohno

 Nature Communications, DOI: 10.1038/s41467-018-03003-7(新しいタブで開きます)

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