原子層を重ねた「モアレ模様」の活用で新構造の原子層結晶を創製

2023年10月25日

国立大学法人東北大学
国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)

原子層を重ねた「モアレ模様」の活用で新構造の原子層結晶を創製

―機能性2次元材料の探索に道―

発表のポイント

  • 分子線エピタキシー法(注1)により、グラフェン(注2)上に原子3個分の厚さしかない2テルル化モリブデン(以下、MoTe2)原子層薄膜(注3)を作製しました。
  • 原子層MoTe2がグラフェンに対して自然に30度回転して成長することで、結晶格子にモアレ模様(注4)が現れることを見出しました。
  • モアレ模様を活用することで、通常は安定して存在しないゆがみのない正八面体型1T構造を持つMoTe2原子層の作製に初めて成功しました。
  • モアレ模様を活用した新しい原子層材料の創製法を提案しました。

概要

2018年に、蜂の巣格子状の炭素2次元シートであるグラフェンを2層積み重ねて一方を1度ひねるだけで、その性質が半導体から超伝導体に変化するという驚くべき報告が米国の研究グループからなされました。この劇的な性質の変化には原子層どうしをひねることで結晶格子に生じるモアレ模様が関与しているためだとわかりました。その報告以降、原子層を重ねてモアレ模様を作り、多彩な物性を実現するための研究が世界中で爆発的に進展しています。

東北大学大学院理学研究科の菅原克明 准教授と材料科学高等研究所(以下、WPI-AIMR)の佐藤宇史 教授らの研究グループは、WPI-AIMRの岡博文 助教、大学院理学研究科の福村知昭 教授らと共同で、分子線エピタキシー法を用いてMoTe2の原子層薄膜をグラフェン上に作製し、電子構造(電子状態)(注5)をマイクロ角度分解光電子分光(注6)と走査トンネル顕微鏡(注7)を用いて調べました。その結果、グラフェンと30度回転して成長するMoTe2の積層によって生じるモアレ模様を活用することで、通常は安定して存在しないはずの正八面体型1T構造を持つMoTe2原子層を作製することに初めて成功しました。

今回の成果は、「結晶構造は変化しない既知の原子層どうしをひねる」という、これまで広く用いられているモアレ模様の活用法とは異なり、「成長時に自然とできたモアレ模様によって新しい原子層結晶を創製する」という新しい発想のモアレ模様の活用法を提案するものです。今後この方法を他の原子層材料にも適用することで、新機能性の探索が格段に進むと期待されます。

本研究成果は、科学雑誌Advanced Scienceに2023年10月22日(現地時間)にオンライン掲載されました。

詳細な説明

研究の背景

日常生活でも目にすることのあるモアレ模様は、周期的に並んだ模様を2枚重ね合わせて一方をひねったり、同じ模様を異なる大きさにして重ねたりすることで現れます。2次元シートで最も代表的な蜂の巣格子を持つグラフェンの場合、グラフェンシートどうしのひねり角Θを変えることで、モアレ模様の大きさ(周期)が変化します(図1)。その結果、モアレ模様の周期を結晶中の電子が感じることで、元々ゼロギャップ半導体(注8)であるグラフェンが、超伝導体になったり強磁性なったりして物性が著しく変化することが知られています。このように、原子層どうしの重なりで生じたモアレ模様を自在に制御することで母材料には無い性質を次々に生み出せるため、グラフェンだけでなく様々な2次元材料をひねって新しい物性を引き出そうという研究が世界中で急ピッチに行われています。このようなモアレ模様を活用した研究は、原子層どうしをどうひねってモアレ模様を作っても、原子層それ自体の結晶構造は一切変化しないということを前提としています。

今回の取り組み

今回、東北大学の研究グループは、代表的な原子層材料のひとつである遷移金属ダイカルコゲナイド(注9)のなかでもモリブデン原子(Mo)とテルル原子(Te)の層が積み重なった層状物質であるMoTe2をターゲットとして、グラフェンどうしではなく、グラフェンとMoTe2原子層の重なりによって生じるモアレ模様に着目しました。これまでMoTe2のバルク(3次元)結晶は、三角プリズム型構造(図2a)と、正八面体型(1T)(図2b)を1次元方向に歪ませた1T’構造(図2c)の2種類のみが安定して存在することが知られています。近年、バルクMoTe2を原子層にすることで、新たな光学素子などへの応用に期待が持たれています。今回、分子線エピタキシー法を用いてMoTe2原子層シートをグラフェン上に作製したところ、バルクでは安定して存在できないはずの正八面体型1T(図2b)構造を持つ原子層MoTe2が作製できていることを、マイクロ角度分解光電子分光や走査トンネル顕微鏡を用いた電子状態観測(図3)から明らかにしました。通常の場合(ひねり角Θ = 0°)と異なり、MoTe2がグラフェン上にΘ = 30°で成長していることを明らかにしました。Θ = 30°はモアレ模様が現れる条件になっており、Θ = 0°ではグラフェンとMoTe2の積層においてモアレ模様は現れません(図4a,b)。マイクロ角度分解光電子分光(図4c)と走査トンネル顕微鏡(図4d)によって1T構造を持つ原子層の試料位置を実空間においてピンポイントで指定して測定したところ、MoTe2において結晶中を動き回る電子がモアレ模様の周期性によって劇的な変調を受け、この変調によるエネルギー利得そのものが、元来不安定な1T構造を安定化する直接原因となっていることを突き止めました。

今後の展開

今回の結果は、「原子層どうしをどのようにひねってモアレ模様を作っても原子層それ自体が持つ結晶構造は一切変化しない」というこれまでの常識を覆し、「モアレ模様によって新しい結晶を創製する」という従来とは全く異なる研究の方向性を示すものです。このようなモアレ模様の新しい活用法は、今回のグラフェンとMoTe2の積層の例に留まらず、様々な原子層どうしの組み合わせにも広く適用できるため、ひねり原子層における材料開発や機能性の開拓を今後さらに加速できると期待されます。また、次世代放射光ナノテラス(注10)を利用したマイクロ/ナノ空間角度分解光電子分光による電子状態の可視化をこのようなひねり原子層材料の開発に活かすことで、さらに新しい種類の原子層材料の探索が効率的に進展することが見込まれます。

謝辞

本成果は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業さきがけ「原子・分子の自在配列と特性機能」(研究総括:西原寛)における研究課題「MBE・原子置換・パターニングを融合した新原子層材料の創製」(JPMJPR20A8)(研究代表者:菅原克明)、JST戦略的創造研究推進事業CREST「トポロジカル材料科学に基づく革新的機能を有する材料・デバイスの創出」研究領域(研究総括:上田正仁)における研究課題「ナノスピンARPESによるハイブリッドトポロジカル材料創製」(JPMJCR18T1)(研究代表者:佐藤宇史)、日本学術振興会科学研究費助成金などの支援を受けて行われました。

論文情報

タイトル: Moiré-assisted realization of octahedral MoTe2 monolayer
著者: Yasuaki Saruta, Katsuaki Sugawara*, Hirofumi Oka, Tappei Kawakami, Takemi Kato, Kosuke Nakayama, Seigo Souma, Takashi Takahashi, Tomoteru Fukumura, and Takafumi Sato*
*責任著者:東北大学大学院物理学専攻 准教授 菅原克明、東北大学材料科学高等研究所 教授 佐藤宇史
雑誌名: Advanced Science
DOI番号: 10.1002/advs.202304461新しいタブで開きます

図1. 2枚のグラフェンをひねり角(a)Θ = 5°、(b)Θ = 10°、(c)Θ = 20°で重ねた際のモアレ模様。

図2. 原子層MoTe2の結晶構造。(a)が三角プリズム型構造、(b)が正八面体型構造(1T)、(c)が1T構造を歪ませた1T’構造に対応します。赤線が単位格子に対応します。

図3. (a)マイクロ角度分解光電子分光の概念図。高輝度紫外線を物質表面に照射して、放出された光電子のエネルギーと運動量を精密に測定することで、物質の電子構造を決定できます。さらに光のスポットサイズをミクロン単位まで小さくすることで、原子層物質などにおける局所電子構造の決定できます。(b)走査トンネル顕微鏡の概念図。探針と試料間に発生する微弱なトンネル電流を測定することで、表面形状や局所電子状態の観察ができます。

図4. (a,b)グラフェンと原子層MoTe2を重ねることで現れるモアレ模様。ひねり角Θ = 0°の場合(a)はモアレ模様が現れませんが、Θ = 30°の場合(b)は実験(d)で観測された周期性(緑線)と同じモアレ模様が現れます。(c)原子層MoTe2における光電子強度の運動量分布(フェルミ面)。黒の六角形は1T-MoTe2のブリルアンゾーン(注11)で、水色の六角形がモアレ模様によって変化した1T-MoTe2のブリルアンゾーン。(d)原子層MoTe2の走査トンネル顕微鏡像。菱形状の赤枠は原子層MoTe2の単位胞、緑枠はモアレ模様による超周期構造の単位胞に対応します。

用語解説
注1. 分子線エピタキシー法
超高真空槽内に設置したいくつかの蒸着源(材料)を加熱などにより蒸発させ、対向した基板上に薄膜を堆積させる手法です。膜厚を原子レベルで制御した高品質な単結晶薄膜が作製できます。
注2. グラフェン
炭素原子が蜂の巣格子上に配列した2次元シート材料のことで、炭素原子1個の厚さしかありません。
注3. 原子層薄膜
原子数個程度の1 nm(ナノは1 mmの10の-6乗)以下の厚さしか持たず、2次元的に広がったシート状物質の総称です。原子層薄膜で最も有名なものは、炭素が2次元の蜂の巣状に並んだグラフェンです。
注4. モアレ模様
特定のひねり角で2枚の層を重ね合わせることで視覚的に現れる干渉模様のことです。テレビで横縞模様が映ったり、「すだれ」がわずかにずれて重なったりすることで、日常でも見られます。
注5. 電子構造(電子状態)
固体中の電子は、特定の運動量(質量と速度の積)とエネルギーを持つことが知られています。固体中における電子の運動量とエネルギーの関係で描き出された構造を、電子エネルギーバンド構造、または単に「バンド構造」と呼びます。バンド構造は物質の結晶構造や構成元素によって様々に変化するため、それに伴って電気伝導や磁性などの物質固有の性質が決まります。
注6. マイクロ角度分解光電子分光
物質の表面に紫外線やX線を照射すると、表面から電子が放出されます(外部光電効果)。放出された電子は光電子と呼ばれ、その光電子のエネルギーや運動量を測定することで、物質中の電子状態がわかります。その測定手法を角度分解光電子分光と呼びます。また、その光(放射光)のスポットサイズを10 µm程度に絞って精密観測する装置をマイクロ角度分解光電子分光装置と呼びます。
注7. 走査トンネル顕微鏡
先が非常に鋭い探針(プローブ)を試料表面に接近させ、プローブと試料表面間に電圧をかけると、両者間にトンネル電流が流れます。この微少なトンネル電流の空間分布を観測することで、表面形状や局所電子状態を観測する実験手法です。
注8. ゼロギャップ半導体
伝導帯と価電子帯の間にエネルギーギャップを持つものを半導体(絶縁体)と呼びます。一般的な半導体のエネルギーギャップは1電子ボルト(eV)程度ですが、エネルギーギャップがゼロであり、かつ伝導帯と価電子帯が一点で接しているものをゼロギャップ半導体と呼びます。半導体は電気を流すためにエネルギーギャップを越えるエネルギーが必要となりますが、超伝導は余分なエネルギーを必要なく電気を流すことができます。また、強磁性は電子が持つスピン自由度によって生じ、磁石の基となる性質です。これらの物性がモアレ模様によって現れることが近年わかってきました。
注9. 遷移金属ダイカルコゲナイド
遷移金属がカルコゲン原子に挟まれた構造を持つ2次元シート材料のことです。炭素が蜂の巣格子状に並んだ類似のグラフェンとは異なる多様な物性(半導体・超伝導など)を示すことから、グラフェンを超える新たなデバイス開発の基盤材料として注目されています。
注10. 次世代放射光ナノテラス
現在東北大学青葉山新キャンパス内に建設中の高輝度(太陽光の10億倍以上明るい光)放射光施設のことです。高輝度放射光(X線などの電磁波)を用いることで、ナノテラスはナノレベルで物質中の原子や電子の振る舞いを見ることができる巨大な顕微鏡です。
注11. ブリルアンゾーン
逆格子空間において、原点から隣り合う逆格子点すべてを結んだ線分の垂直二等分線によって囲まれた多面体のことです。ブリルアンゾーンは電子のエネルギーバンドやフェルミ面を表現するのに便利なため固体物理学で広く用いられています。

問い合わせ先

研究に関すること

東北大学大学院理学研究科物理学専攻
准教授 菅原克明(すがわらかつあき)

Tel: 022-217-6169
E-mail: k.sugawara@arpes.phys.tohoku.ac.jp

東北大学材料科学高等研究所
教授 佐藤宇史(さとうたかふみ)

Tel: 022-217-6169
E-mail: t-sato@arpes.phys.tohoku.ac.jp

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