3次元グラフェン造形のキープロセスを解明

2023年08月21日

国立大学法人東北大学

3次元グラフェン造形のキープロセスを解明

6員環のエッジに5員環や7員環が組み込まれてジッピング

発表のポイント

  • 2次元平面状のグラフェンを3次元化するためのキープロセスである、衣服のジッパー(チャック)を締めるような現象のジッピング反応によるグラフェン修復の機構を解明しました。
  • 先端計測と理論計算の融合により、ジッピング反応によって6員環で構成する平面状のグラフェンを3次元の立体的に造形するために必須である5員環や7員環を導入可能であることを明らかにしました。
  • 本研究は3次元グラフェン材料の合成ルートを確立するものであり、自在な3次元グラフェン造形への展開が期待されます。

概要

グラフェン(注1)は軽くて強い上に、熱・電気伝導性が高いといったユニークな特徴を併せ持っていますが、原子の厚みしかもたない2次元構造であり、電子デバイスなどの2次元的な用途に限定されてきました。蓄電デバイスなどへの応用には、グラフェンを積層させることなく3次元の立体的構造にすることが必須です。しかしながら、グラフェンを自在に3次元造形することは困難でした。

東北大学、群馬大学、信州大学、九州大学、高エネルギー加速器研究機構の研究チームは、実験と理論の両輪により、3次元グラフェン造形のためのキープロセスである「ジッピング反応」によるグラフェン修復の機構を解明しました。グラフェンの3次元化に必須である炭素5員環や7員環がジッピング反応と同時に導入されることを見出し、3次元グラフェン造形のための新たな合成ルートが確立されました。

本研究成果は2023年8月1日付けで、科学誌Chemical Scienceに掲載されました。

詳細な説明

研究の背景

グラフェンは軽くて強い上に、熱伝導性・電気伝導性が非常に高く、盛んに研究が行われている材料のひとつです。しかしながら、グラフェンは炭素原子の6員環がつながった2次元の平面状で、炭素原子の厚みの薄いシート構造であるために、産業応用においては電子デバイスなどの2次元的な用途に限定されてきました。蓄電デバイスなどへの応用には3次元構造化が必須です。とりわけ、「Carbon schwarzite(カーボンシュワルツァイト)」(注2)と呼ばれる負のガウス曲面(注3)を持つ材料は、理論的には提唱されているものの、いまだ合成が達成されていない3次元グラフェン材料の一種です(図1)。


図1. Carbon schwarzite(カーボンシュワルツァイト)の理論構造図

本研究グループは、これまで独自の鋳型炭素化法により、3次元グラフェン材料を合成する方法の開発に取り組んできました(図2)。この合成手法は ステップ1 鋳型への化学気相蒸着(CVD)
ステップ2 鋳型の除去
ステップ3 高温熱処理によるグラフェン修復(ジッピング反応)
の3ステップから成るプロセスです。得られる3次元グラフェン構造体は「グラフェンメソスポンジ」(注4)と呼ばれ、種々の電極材料応用が期待されています。合成プロセスのうちステップ1、2はこれまでに詳細なメカニズムを解明してきました。一方、ステップ3は3次元グラフェン合成のキープロセスであるにも関わらず、そのメカニズムは不明でした。今回の研究では、グラフェンのエッジサイト同士が融合する「ジッピング反応」によるグラフェン修復の機構を初めて明らかとしました。


図2. 鋳型炭素化法による3次元グラフェン合成プロセス

今回の取り組み

本研究では、ステップ3の高温熱処理過程を、独自の真空昇温脱離分析法や中性子散乱法といった種々の先端計測法を組み合わせて解析しました。ステップ2が完了した段階では、鋳型部分が空洞になった泡状のカーボン多孔体が形成されています。この材料は小さいグラフェン片で形成されており、グラフェンの端であるエッジサイト(注5)と呼ばれる構造が多く含まれています。今回の研究を通して、ステップ3の高温熱処理過程においては、近接したグラフェンのエッジサイト同士があたかもジッパーで閉じるように融合していくことが判明しました(図3)。グラフェンメソスポンジの合成においては、この「ジッピング反応」によって約1100個の小グラフェンが融合し、一枚の大面積グラフェンを形成することが分かりました。また、ジッピングされた箇所においては5員環、7員環(注6)が多く含まれることを実験と理論の両輪により見出しました。


図3. ジッピング反応の模式図

今後の展開

本研究では、グラフェンのエッジサイト同士が融合するジッピング反応により、グラフェン網面が修復されつつ5員環、7員環が導入されていく過程を初めて明らかにしました。5員環、7員環の導入はグラフェンの3次元化に肝要であり、とりわけ負のガウス曲面を持つカーボンシュワルツァイトの合成実現に必須です(図1参照)。今回の研究で明らかとしたジッピングプロセスは、今後の自在な3次元グラフェン造形の道を拓くものと考えられます。

謝辞

本研究は科学研究費補助金(課題番号:JP23H01797, JP21H01761)、「物質・デバイス領域共同研究拠点」における「人・環境と物質をつなぐイノベーション創出ダイナミック・アライアンス」の共同研究プログラム、JST SICORP(課題番号:JPMJSC2112)、JST A-STEP(課題番号: JPMJTR22T6)の支援を受け実施したものです。研究チームは「関係各位に深く感謝いたします」と述べています。

用語解説
注1. グラフェン
黒鉛を構成する、炭素原子から成るシート状の物質。炭素原子同士が化学結合して六角形が連なった平面(六角網面)を形成している。炭素原子が形成する六角形は6員環とも呼ばれる。強度が強い、電気伝導性・熱伝導性が非常に高いといったユニークな特徴を有する。
注2. カーボンシュワルツァイト
理論的に提唱されている3次元構造を持つグラフェン材料の一種。負のガウス曲率を持つ極小曲面構造であり、長年実験的に合成が試みられているが達成されていない。マッカイ結晶とも呼ばれる。詳細は下記の論文等を参照:
Nature, 1991, 352, 762. (DOI: 10.1038/352762a0新しいタブで開きます)
Nature, 1992, 355, 333–335. (DOI: 10.1038/355333a0新しいタブで開きます)
注3. ガウス曲面
曲面に垂直で長さ1のベクトルの始点を1つの原点に集めた時、終点によって形成される写像をガウス曲面と言う。曲面が膨らんでいる部分を正のガウス曲面、へこんで鞍形の部分を負のガウス曲面と言う。
注4. グラフェンメソスポンジ(GMS)
ナノ細孔を取り囲む細孔壁がグラフェンシート約1層で形成される多孔性のカーボン材料。スーパーキャパシタ、リチウムイオン電池、燃料電池、リチウム硫黄電池、全固体二次電池、空気電池といった各種電極材料への応用が期待されている。詳細は下記の論文を参照:
Adv. Funct. Mater. 2016, 26, 6418-6427. (DOI: 10.1002/adfm.201602459新しいタブで開きます)
注5. エッジサイト
炭素材料を構成するグラフェンシートの端の部位。グラフェンが小さい場合に多く存在し、通常は水素や酸素官能基で終端されている。高温でエッジサイト同士を反応させると融合し、大面積のグラフェンとなる。
注6. 炭素5員環・7員環
グラフェンシートは通常、炭素 6 員環から構成されるが、空間的制約下や非平衡条件下でのカーボン成長において、炭素原子から成る五角形や七角形がグラフェンシートに挿入されることがある。五角形のことを炭素5員環、七角形のことを炭素7員環と呼ぶ。カーボンシュワルツァイトを合成するためには、負のガウス曲率を持つ曲面を形成するために5員環や7員環の導入が必須である。

論文情報

タイトル: Chemistry of zipping reactions in mesoporous carbon consisting of minimally stacked graphene layers
著者: Tian Xia, Takeharu Yoshii*, Keita Nomura, Keigo Wakabayashi, Zheng-Ze Pan, Takafumi Ishii, Hideki Tanaka, Takashi Mashio, Jin Miyawaki, Toshiya Otomo, Kazutaka Ikeda, Yohei Sato, Masami Terauchi, Takashi Kyotani, Hirotomo Nishihara*
*責任著者:
東北大学多元物質科学研究所 助教 吉井丈晴
東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR) 教授 西原洋知
掲載誌: Chemical Science
DOI番号: 10.1039/D3SC02163G新しいタブで開きます

問い合わせ先

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東北大学多元物質科学研究所
助教 吉井丈晴

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E-mail: takeharu.yoshii.b3@tohoku.ac.jp

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東北大学 多元物質科学研究所 広報情報室

Tel: 022-217-5198
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