未利用磁石材料の電気的制御で新発見

2023年08月04日

国立大学法人東北大学

未利用磁石材料の電気的制御で新発見

~磁気八極子と磁気双極子は電流応答に決定的な差異~

発表のポイント

  • マクロには磁力を持たないが、電気的には磁石と似た性質を示す「ノンコリニア反強磁性体[注1]」の情報デバイス応用に向けた研究が進められている。
  • ノンコリニア反強磁性体を電流で制御する際、その状態を記述する「磁気八極子」は、一般的な磁石の「磁気双極子」とは逆方向に回転することを発見。
  • ノンコリニア反強磁性体を用いたスピントロニクス[注2]素子の実現に向け重要な知見が確立。

概要

スピントロニクス研究の進展により、微細な磁石の磁化を電流で制御するメモリなどが実現され、超省エネ半導体への展開を目指した研究開発が進められています。近年のスピントロニクス分野では全体としては磁力を持たないものの電気的には磁石と似た性質を示す「ノンコリニア反強磁性体」が新たな機能性材料として注目されています。ノンコリニア反強磁性体の状態は「磁気八極子」で記述でき、これは一般的な磁石材料の「磁気双極子(N極/S極の方向)」[注3]と類似したものと考えられています。

このたび、東北大学と米国マサチューセッツ工科大学の研究チームはノンコリニア反強磁性体を電流で制御する際の一般的な磁石材料との大きな違いを発見しました。

研究チームは、ノンコリニア反強磁性体の電流への応答を詳しく調べ、「磁気八極子」は一般的な磁石材料の「磁気双極子」とは真逆の方向に回転することを明らかにしました。また詳細な測定と理論モデルの構築を通し、この性質がノンコリニア反強磁性体の特異な磁気構造に由来していることを解明しました。

電流と磁石材料の相互作用の理解はスピントロニクス素子応用に向けた基盤となるものです。今回得られた知見を土台にして、ノンコリニア反強磁性体の工学利用に向けた研究開発が進展することが期待されます。

本研究成果は、2023年8月3日(英国時間)に出版される材料科学分野の学術誌Nature Materialsに掲載されました。

詳細な説明

研究の背景

電子の電気的性質と磁気的性質を同時に利用するスピントロニクスの発展により、微細な磁石(強磁性体)の磁化または磁気双極子の方向(N極/S極の場所)を電流で切り替えることができます。近年、この技術を利用したスピントルク磁気抵抗ランダムアクセスメモリ(STT-MRAM)の実用化が始まり、これからの情報社会で重要となる省エネ半導体を実現する切り札として今後活用されていくことが期待されています。

近年のスピントロニクスの分野では、「ノンコリニア反強磁性体」と呼ばれる磁石材料が注目されています。強磁性体では磁気モーメントが同じ方向に配列しているために磁力を有するのに対して、ノンコリニア反強磁性体は磁気モーメントが全体で打ち消し合うように配列しているために磁力を生じません(図1)。しかし近年の研究から、この特徴的な配列(カイラルスピン構造)によって、従来強磁性体においてのみ観測されると考えられていた異常ホール効果[注4]などの現象が、ノンコリニア反強磁性体においても観測されることが明らかになってきました。つまり、ノンコリニア反強磁性体は、マクロには磁力を持たないものの電気的には磁石と似た性質を示す、と言えます。この性質を積極利用したデバイスの実現に向けた研究が活発に行われています。

ノンコリニア反強磁性体の状態を数学的に記述する便利な道具として「磁気八極子(オクタポール)」がしばしば用いられます。図1から分かるようにノンコリニア反強磁性体は複雑な磁気秩序を有していますが、「磁気八極子」を強磁性体の「磁気双極子」と対応付けることで異常ホール効果などの現象を説明できます。しかし、ノンコリニア反強磁性体は強磁性体と同様に電流に応答するのか、磁気八極子は磁気双極子とどこまで同様に扱ってよいのかは明らかではなく、その仕組みを詳細に調べることが求められていました。

今回の取り組み

今回、東北大学大学院工学研究科大学院生のユンジュヨン氏、同大学電気通信研究所の深見俊輔教授、米国マサチューセッツ工科大学大学院生のPengxiang Zhang氏、同大学のLuqiao Liu准教授らからなる共同研究チームは、代表的なノンコリニア反強磁性材料であるマンガン(Mn)とスズ(Sn)の合金Mn3Snを含む積層構造試料と、典型的な強磁性材料であるコバルト鉄ホウ素(CoFeB)からなる試料を作製し、外部磁場や電流への応答を比較しました。

図2に実験結果と、解析から明らかになった描像をまとめた模式図が示されています。強磁性体では、正の磁場・電流で磁気双極子の方向が負から正に、負の磁場・電流で磁気双極子の方向が正から負に変化しているのに対して、ノンコリニア反強磁性体の磁気八極子は磁場と電流で変化の方向が逆転しています(負の磁場・正の電流で磁気八極性は負から正に変化)。ノンコリニア反強磁性体の磁気モーメントに働くトルクを測定し、理論モデルを構築してその大きさと方向を解析したところ、強磁性体もノンコリニア反強磁性体も内部の磁気モーメントは同じ方向に回転するのに対して、観測される磁気八極子は磁気双極子とは逆方向に回転する性質があることが分かりました。また本研究では併せて、構築した理論モデルをもとに、電流がノンコリニア反強磁性体に及ぼすトルクを定量化することにも成功しました。

今後の展開

これまで漠然とノンコリニア反強磁性体は強磁性体と同様に電流で制御できると考えられていましたが、本研究によりその方向が真逆であることが明らかになりました。磁石材料を電気的に制御するスピントロニクス素子の開発においては、そのメカニズムの精緻な理解が不可欠です。本研究はノンコリニア反強磁性体の電流制御の機構を明らかにしたものであり、これによってノンコリニア反強磁性体の特異な性質を利用したメモリ、発振器などの新概念デバイスの実現へと繋がることが期待されます。


図1. 実験で用いたノンコリニア反強磁性体Mn3Snの薄膜の断面電子顕微鏡像(左)と、互いに打ち消し合うように配列したMn原子の磁気モーメントの秩序(カイラルスピン構造)の模式図。


図2. 典型的な強磁性体であるCoFeB(左列)と、ノンコリニア反強磁性体であるMn3Sn(右列)からなる素子に磁場を印加(一番上の段)、及び電流を導入(上から二段目)した際の、磁気双極子と磁気八極子の応答の測定結果。及び、他の測定と理論モデルを用いた解析から明らかになった各磁気モーメント(上から三段目)と磁気双極子、磁気八極子(一番下の段)の電流への応答の模式図。

謝辞

本研究は日本学術振興会科学研究費助成事業(JP19H05622, JP21J23061, JP22F32037, JP22K14558)、池谷科学技術振興財団研究助成(0331108-A)、カシオ科学振興財団(39-11, 40-4)、東北大学スピントロニクス国際共同大学院などの支援の下で行われたものです。

用語解説
注1. ノンコリニア反強磁性体
反強磁性体は、結晶内で隣り合う原子のスピン(電子が持つ磁石の性質)同士が打ち消しあい、見かけ上は全体に磁気を持たないようにみえる物質。一般的な反強磁性体は隣り合うスピンが正反対の向きに共線的(コリニア)に並ぶ性質を持ち、コリニア反強磁性体と呼ぶこともある。これに対して図1のようにスピン同士が非共線的(ノンコリニア)に並んで全体の磁力を打ち消しあっている磁性体をノンコリニア反強磁性体と呼ぶ。
注2. スピントロニクス
電子の持つ電気的性質(電荷)と磁気的性質(スピン)を同時に利用することで発現する物理現象を明らかにし、工学的に利用することを目指す学術分野。例えば従来は不可能であった磁気的性質や磁化方向の電気的な検出や制御(スピントルク磁化反転)、電気伝導特性の磁場や磁化による制御などが可能となり、現在も様々な現象が発見され続けている。
注3. 磁化、磁気双極子
強磁性体(いわゆる磁石)ではN極とS極が対になって現れる。磁気双極子(または磁気双極子モーメント)はベクトル量であり、その大きさはN極、S極の磁荷とN極とS極の間隔の積であり、その方向はS極からN極に向かう向きで定義される。磁化は単位体積当たりの双極子磁気モーメントの総量で定義される。
注4. 異常ホール効果
一般には強磁性体に電流を流したとき、磁気双極子と電流の両者と直交する方向に起電力が発生する現象。ノンコリニア反強磁性体では磁気八極子と電流の両者に直交する方向に起電力が発生し、この点では磁気双極子と磁気八極子には対応関係がある。

論文情報

タイトル: “Handedness anomaly in a non-collinear antiferromagnet under spin-orbit torque” (スピン軌道トルクで駆動されるノンコリニア反強磁性体の掌性異常)
著者: Ju-Young Yoon, Pengxiang Zhang, Chung-Tao Chou, Yutaro Takeuchi, Tomohiro Uchimura, Justin T. Hou, Jiahao Han*, Shun Kanai, Hideo Ohno, Shunsuke Fukami*, and Luqiao Liu*
*責任著者:東北大学電気通信研究所・教授・深見 俊輔
掲載誌: Nature Materials
DOI番号: 10.1038/s41563-023-01620-2新しいタブで開きます

問い合わせ先

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