ハーフメタルホイスラー合金におけるスピン変換を初観測

2019年12月16日

東北大学金属材料研究所

ハーフメタルホイスラー合金におけるスピン変換を初観測

電流-スピン流変換効率の向上に道

発表のポイント

  • スピントロニクス素子開発では、ハーフメタル材料における電流とスピン流をいかに効率よく変換するかが要となるが、変換機構については理解が進んでいない。
  • ハーフメタル材料の一候補;ホイスラー合金薄膜において、薄膜内部と界面のそれぞれに由来する電流-スピン流変換機構があることを初めて発見。
  • 電流-スピン流変換の機構解明に繋がる成果。内部と界面を個別に制御することによって、変換効率の飛躍的向上や機能拡張が期待できる。

概要

スピントロニクス素子開発におけるキーマテリアルの一つ、ハーフメタル※1は、電気伝導を担う電子スピン※2の向きが100%揃っている(スピン分極※3している)磁石材料です。ホイスラー合金※4の一部はハーフメタルになることが理論予測されており、次世代のスピントロニクス材料として期待されています。

今回、東北大学金属材料研究所の温振超特任助教(現 物質・材料研究機構・主任研究員)、関剛斎准教授、窪田崇秀助教、および高梨弘毅教授らの研究グループは、このホイスラー合金における特異な電流-スピン流変換現象(以下、スピン変換と呼ぶ)を観測することに成功しました。

スピントロニクス素子では電流とスピン流(スピン角運動量の流れ)をいかに効率よく変換するかが素子性能を左右します。一方、磁石(強磁性体)の内部(バルク)と界面がどのようにスピン変換に寄与しているかは全く理解されていませんでした。そこで、ホイスラー合金と磁性絶縁体であるY3Fe5O12結晶(以下、YIGと呼ぶ)を接合させ、スピンポンピング※5という手法を用いて電流-スピン流変換の温度依存性を詳細に調べたところ、検出された電圧信号の符号がある温度を境に反転することを実験的に見出しました。理論計算と比較をしたところ、バルクと界面のそれぞれに由来する機構があることを発見しました。本結果は、強磁性体中でのスピン変換の機構解明に繋がる知見であり、バルクと界面の特性を個別に制御することによって、素子の性能向上や機能拡張が期待できます。

詳細な説明

研究背景

スピントロニクス素子では、スピン流を「作り出し」、「制御し」、「検出する」ことが基本動作となります。中でも、電流からスピン流を効率よく作り出し、そのスピン流を再び効率よく電気的に検出することが出来れば、動作電力の抑制など素子性能の向上に繋がります。つまり、高効率なスピン変換の実現がスピントロニクス素子の高性能化において重要となります。

近年、このスピン変換の手法として、物質の持つスピン軌道相互作用に基づく現象が注目を集めています。代表的な現象として、磁石の性質を持たない非磁性体内におけるスピンホール効果があります。非磁性体内を流れる電流はスピン分極しておらず、上向きスピンと下向きスピンの伝導電子が同数流れていると見なすことができます。ここで、非磁性体が大きなスピン軌道相互作用を有していると、上向きスピンの電子と下向きスピンの電子が逆方向に散乱され、電流に対して横方向にスピン角運動量の流れであるスピン流が生じます。このスピン流は正味の電荷の流れを伴わないことが特徴で、純スピン流とも呼ばれます。

このスピンホール効果は、これまで非磁性体材料を中心に研究が進められてきましたが、最近になって磁石の性質を持つ強磁性体においても類似の現象が報告されるようになりました。同時に、強磁性体内におけるスピン変換のメカニズムの理解が喫緊の課題となっています。強磁性体では電流そのものがスピン分極していること(スピン偏極電流が流れること)が非磁性体との大きな違いです。特に、ハーフメタルと呼ばれる完全スピン分極した(上向きスピンもしくは下向きスピンのどちらか一方だけが存在する)強磁性体では、電流を直接通電するだけで高いスピン偏極電流が得られることがわかっています。一方で、ハーフメタルに純スピン流を注入した場合、電流へのスピン変換はどのような過程をとるのかは全く理解されておらず、ハーフメタルを含め強磁性体内でのスピン変換現象は未解明の問題となっています。

成果の内容

今回、研究グループはハーフメタル材料の一つとして期待されているホイスラー合金に着目し、強磁性金属中におけるスピン変換の機構を詳細に調べました。図1に示すように、ホイスラー合金にはL21型のフルホイスラー合金とC1b型のハーフホイスラー合金の2種類があります。今回の実験では、C1b型NiMnSbホイスラー合金と磁性絶縁体であるYIGとを積層化させて金属/絶縁体の接合を作製しました。この接合に対し、YIGの磁気共鳴を外部から励起すると、スピンポンピングという現象により、YIGからNiMnSbにスピン流を注入することが可能となります。今回、研究グループは、NiMnSb中の逆スピンホール効果(スピン流から電流への変換効果)に由来する電圧信号の観測に成功しました。そして、電圧信号の温度依存性およびNiMnSb膜厚依存性を系統的に調べました。図2に、スピンポンピングと逆スピンホール効果によって生じた電圧信号の例を示します。測定温度によって、電圧信号の出る向き(符号)が変わっていることがわかります。これらの結果から、i)ある温度において電圧信号の符号が反転すること、ii)符号が反転する温度が膜厚に依存することを発見しました。このような温度に依存した特異な振る舞いは今までに報告がありません。そこで、実験結果を理論計算と比較したところ、図3に模式的に示したように、ハーフメタルでは界面とバルクでは電子状態に大きな違いが生じると考えられ、その違いに起因した異なるスピン変換過程が電圧の符号反転に関係していることが判明しました。つまり、今回得られた電圧信号の符号反転を検討した結果、強磁性体中におけるスピン変換にはバルクと界面の両方の寄与があることが実験および理論の両面から示されたことになります。同時に、ハーフメタル材料の界面における電子状態の制御がスピン変換にとって重要なパラメータであることもわかりました。

意義・課題・展望

今回得られた成果は、強磁性体内でのスピン変換現象を解明するためのキーとなるものです。これまで強磁性体におけるスピン変換と言うとバルクの効果が主役として考えられてきましたが、特にハーフメタル材料では界面制御の重要性と必要性が明らかとなりました。したがって、ハーフメタル材料との接合を作る場合、電子構造を強く反映した界面スピン変換という観点から、良質な界面形成がポイントとなり、界面における電子状態の制御が今後のスピントロニクスデバイスの高性能化に大きく貢献するものと期待されます。

発表論文

雑誌名:Science Advances
英文タイトル:Spin charge conversion in NiMnSb Heusler alloy films
全著者:Zhenchao Wen, Zhiyong Qiu, Sebastian Tölle, Cosimo Gorini, Takeshi Seki, Dazhi Hou, Takahide Kubota, Ulrich Eckern, Eiji Saitoh, and Koki Takanashi
DOI: 10.1126/sciadv.aaw9337新しいタブで開きます

専門用語解説
※1 ハーフメタル
スピン分極率が100%の材料。すなわち、上向きスピンあるいは下向きスピンのどちらかの伝導電子のみが存在している。この材料を用いることで、磁気抵抗効果を増大させることが可能となる。
※2 スピン流
スピン角運動量の流れ。電子スピンは自転しており、(スピン)角運動量を持っている。この電子スピンを上向きスピンと下向きスピンに区別すると、上向きスピンの流れJと下向きスピンの流れJを用いて電流はJ+ Jと表すことができる。一方で、スピン流はJ- Jで表されます。JとJが異なる強磁性体では電荷の流れを伴うスピン流が生じ、上向きスピンと下向きスピンが同数存在する非磁性体ではJとJが逆方向に流れることによりJ- (- J)の純スピン流を生成することができる。
※3 スピン分極
上向きスピンと下向きスピンの伝導電子の数にアンバランスが生じる現象。多くの強磁性体の中では、上向きスピンと下向きスピンの数に差が生じる。その差の大きさをスピン分極率と呼ぶ。スピン分極率が高い材料は大きな磁気抵抗効果を発現したりするため、スピン分極率の大きさはスピントロニクス材料として重要な指標となる。
※4 ホイスラー合金
ドイツのF. Heuslerによって発見された金属間化合物。図1に示すように、XYZのハーフホイスラー合金とX2YZのフルホイスラー合金がある。ここでXYは遷移金属元素、Zは13族または14族元素となる。ホイスラー合金の多くはハーフメタルになる可能性があり、注目を集めている。
※5 スピンポンピング
ある磁性層において磁化の運動が緩和する時、隣接する強磁性層や非磁性層と角運動量のやりとりをする。その際、隣接する層にスピン流が流れ込む。この現象をスピンポンピングと呼び、スピン流を注入する手法として広く用いられている。
共同研究機関および助成

本成果は、東北大学金属材料研究所の温振超特任助教(現 物質・材料研究機構・主任研究員)、関剛斎准教授、窪田崇秀助教、高梨弘毅教授の研究グループと、東北大学AIMRの齊藤英治教授(現 東京大学)のグループ、中国大連理工大学、独アウグスブルク大学、および独レーゲンスブルク大学との共同研究により得られたものです。

本研究は、科学研究費助成金・基盤研究(S)(課題番号:18H05246)、挑戦的研究(萌芽)(課題番号:18K19012)、情報ストレージ研究推進機構(Advanced Storage Research Consortium)、および東北大学金属材料研究所共同利用(課題番号:19K0042)の一部として行われました。

参考図

図1 ホイスラー合金の結晶構造の模式図。(a)ハーフホイスラー合金および(b)フルホイスラー合金。

図2 C1b型NiMnSbホイスラー合金と磁性絶縁体であるY3Fe5O12結晶(YIG)とを接合させた試料における実験結果の例。スピンポンピングによってYIGから注入されたスピン流が、NiMnSb内でスピン変換されて電圧信号として現れており、電圧信号の符号が室温(300K)と低温(10K)で反転している。

図3 ハーフメタルホイスラー合金では界面とバルクで電子状態に大きな違いが生じる可能性があることを示した模式図。

問い合わせ先

研究内容に関して

東北大学金属材料研究所
磁性材料学研究部門
関 剛斎

Tel: 022-215-2097
E-mail: go-sai@imr.tohoku.ac.jp

報道に関して

東北大学金属材料研究所 情報企画室広報班
冨松 美沙

Tel: 022-215-2144
Fax: 022-215-2482
E-mail: pro-adm@imr.tohoku.ac.jp