メタマテリアル微粒子による超高感度な分析技術を開発

2018年08月30日

東北大学材料科学高等研究所

メタマテリアル微粒子による超高感度な分析技術を開発

- 生きた細胞や化学反応溶液の局所的な化学分析の実現に期待 -

発表のポイント

  • 近赤外光を吸収して電磁場増強する金ナノ粒子シェルを持つサブミクロンサイズのメタマテリアル微粒子分散液「メタフルイド(メタマテリアル流体)」を実現。
  • 電磁場増強作用により微粒子に吸着した分子のラマン散乱を超高感度に検出。
  • メタマテリアル微粒子と磁性ナノ粒子とコンポジット化することで特定の部位に移動・集積させ、局所的かつ三次元的なラマン散乱分析が可能に。

概要

東北大学材料科学高等研究所の藪浩准教授(ジュニアPI)、平井裕太郎(東北大学大学院工学研究科大学院生・日本学術振興会特別研究員)、および北海道大学電子科学研究所松尾保孝教授のグループは、金ナノ粒子が配列したシェルを持ち、磁場により移動・集積可能なメタマテリアル注1)微粒子の分散液、「メタフルイド」の開発に成功し、可視〜近赤外光照射により生じる散乱光を増強する表面増強ラマン分光(Surface-enhanced Raman Spectroscopy: SERS)注2)により、超高感度に物質を検出することに成功しました。

光の波長よりも小さいナノメートルサイズの構造を用いて、自然界の物質では実現できない光学特性を持たせた人工物質をメタマテリアルと呼びます。金属ナノ構造の形状や配列を制御して特定の波長の光を吸収させたり、そのエネルギーを利用して、表面に吸着した分子のSERSシグナルを増強させる試みがなされてきました。しかしながら従来の金属ナノ構造は半導体微細加工技術などを使用して、二次元平面上に作製されているため、二次元的な情報しか得ることができず、三次元的な分析を可能にするメタマテリアルを作るのは困難でした。

今回、研究グループはプラスに帯電し、中心部に磁性ナノ粒子を封入したポリマー微粒子に、マイナスに帯電した金ナノ粒子を静電的に吸着させることにより、金ナノ粒子が表面に密に配列したメタマテリアル微粒子を化学的に作製することに成功しました。得られた微粒子は水中に分散させることが可能であり、用いる金ナノ粒子のサイズを変えることにより、可視光〜近赤外光を吸収し、吸着した分子のラマン散乱シグナルを著しく増強できることを見いだしました。さらに、磁性ナノ粒子が入っているため、磁石を用いることで特定の位置に移動・集積させることが可能であることを証明しました。

研究グループが開発したメタマテリアル微粒子分散液である「メタフルイド(メタマテリアル流体)注1)」は、生体を透過する近赤外光で超高感度なラマン散乱分析が可能なことから、生きた細胞内部の特定の部位における化学分析や、化学反応を溶液中で三次元的かつ超高感度にその場分析するなどの応用が期待されます。

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研究の背景

生きた細胞の接着・増殖・分化などの挙動と細胞内の局所的な化学動態の関連を解明することは、細胞生物学や組織工学注3)の分野でますます重要となっています。また、生体組織だけでなく、化学反応一般においても、進行する化学反応をその場で非破壊に分析することは非常に重要です。

そのような化学反応を分析する上で、照射した光の散乱光成分に含まれる分子の振動情報から化学分析を行うラマン散乱注2)は、非破壊で様々な対象物質に応用できることから、有用な分析技術として期待されています。しかしながら一般的にラマン散乱シグナル強度は、入射光に対して非常に微弱であり、充分な強度を得るためには照射する光の強度を上げなければならないため、サンプルダメージが起こるというジレンマが生じていました。

近年、金属表面において吸着した分子のラマン散乱シグナル強度が増強される表面増強ラマン散乱(Surface-enhanced Raman Spectroscopy: SERS)を用いることで、飛躍的に検出感度が向上することが知られています。中でも、光の波長よりも小さいナノメートルサイズの構造を用いて、自然界の物質では実現できない光学特性を持たせた人工物質であるメタマテリアルを用いて、その金属ナノ構造の形状や配列を最適化することで、表面に吸着した分子のSERSシグナルを増強させる試みがなされてきました。特に細胞培養基板にこのような金属ナノ構造を施すことで、細胞と基板界面のラマン散乱分析が実現されつつあります。しかしながら、細胞内で起こる化学反応は基板界面だけに起きているわけではないため、細胞内部の化学反応を三次元的にモニタリングすることは困難でした。

東北大グループでは、異なる2種のポリマーの溶液に、貧溶媒(ポリマーが溶けない溶媒)を加え、良溶媒(ポリマーを溶かす溶媒)を蒸発除去することにより、ポリマーの疎水性を制御することでコア-シェル型の構造を持つ微粒子が得られること、微粒子作製時に無機ナノ粒子を溶液に分散しておくことで、無機ナノ粒子が微粒子中に取り込まれることを見いだしています(Self-ORganized Precipitation, SORP法)。さらに、その表面の電位を制御することで、様々な材料を微粒子表面に吸着できることを見いだしています。

そこで今回、磁性酸化鉄ナノ粒子を導入したコア-シェル型のポリマー微粒子表面に、金ナノ粒子を静電相互作用により吸着させることにより、三次元的な構造を持ち、水中に分散可能で、任意の場所に移動・集積できる高SERS活性なメタマテリアル微粒子を東北大グループで作製し、北海道大学のラマン分光技術により分析することにより、細胞などの生体を透過できる近赤外光照射により表面に吸着した分子のラマン散乱による高感度検出を実現しました。

研究内容と成果

本研究では、まず磁性酸化鉄ナノ粒子と正電荷を持つ疎水性ポリマーからサブミクロンサイズの微粒子を作製しました。ポリマーとナノ粒子の溶液を調製し、SORP法を用いて水中に析出させることにより、微粒子の水分散液を得ました。得られた微粒子は正に帯電しており、この分散液に負に帯電した金ナノ粒子を混合することで、金ナノシェルと酸化鉄ナノ粒子からなるメタマテリアル微粒子を得ました(図1)。

 用いた金ナノ粒子はサイズに応じて500 nm〜600 nmの可視光を吸収しますが、メタマテリアル微粒子表面で配列することにより、金ナノ粒子同士の電場がカップリングすることにより、吸収波長が近赤外領域まで長波長化しました(図2)。さらに50 nmの金ナノ粒子を用いて、近赤外光である785 nmの光を照射したときに、吸着した分子のラマン散乱が著しく増強されることを見いだしました(図3)。

さらに得られたメタマテリアル微粒子は磁場により任意の部位に移動可能であることを証明しました(図4)。

以上の結果から、水中に分散可能で、可視-近赤外光照射により吸着分子のSERSシグナルを著しく増強できるメタマテリアル微粒子およびその分散物であるメタフルイドの実現に成功しました。

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図1 メタマテリアル微粒子の走査型電子顕微鏡(SEM)像

pr_20180824_2.jpg図2 金ナノ粒子(点線)とメタマテリアル微粒子(実線)の可視-近赤外吸収スペクトル

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図3 メタマテリアル微粒子に吸着した分子のラマン散乱スペクトル

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図4 磁場を使ったメタマテリアル微粒子の移動

今後の展開

本研究成果により、生きた細胞の三次元的な化学分析や、溶液中での化学反応のその場モニタリングなどが実現できると期待されます。

なお、本研究成果の一部は、以下の助成により得られたものです。
・日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤研究(A) 「弾性率制御ハニカム多孔膜とラマン計測による幹細胞のメカノトランスダクション解明」 (課題番号:17H01223)
・日本学術振興会 科学研究基金 挑戦的萌芽研究 「バイオミメティックブロック共重合体を用いた3次元可視光メタマテリアルの創製」 (課題番号:16K14071)

掲載論文

【著者名】Yutaro Hirai, Yasutaka Matsuo, and Hiroshi Yabu*
【論文題名】 Near Infrared Excitable-SERS Measurement Using Magneto-Responsive Metafluids for In Situ Molecular Analysis
【掲載論文】 ACS Applied Nano Materials 
【DOI】 10.1021/acsanm.8b01093(新しいタブで開きます)

用語解説

注1)メタマテリアル、メタフルイド(メタマテリアル流体)
光の波長よりも十分小さな金属構造により、光の透過・反射・吸収・屈折を自在に制御する光学材料。通常の物質が示さない負の屈折率など、特徴的な光学特性を示し、透明マントの部材としても注目されている。共振型メタマテリアルは光と共振する共振器を金属の微細構造で実現するものであり、共振器一つをメタ原子、メタ原子を液体に分散した物をメタフルイドと呼ぶ。
注2)ラマン散乱分光、表面増強ラマン散乱分光(SERS)
入射光に対して散乱した光の成分には、入射光と異なる振動数を持つ物質の構造に特有の情報が含まれており、入射光と散乱光の振動数の差(ラマンシフト)を取ることでどのような構造が物質に含まれているか非破壊で分析することができる。1928年にラマンにより発見された。金属表面では金属表面の電場増強効果によりこのラマン散乱強度が増強されることから、表面増強ラマン散乱分光(Surface-enhanced Raman Spectroscopy: SERS)と呼ばれ、物質の高感度検出に用いられている。
注3)組織工学
傷病で傷んだ生物の組織を改善あるいは置換するために、細胞を組み合わせたり、人工材料と組み合わせることにより代替組織を構築する手法。

問い合わせ先

研究に関すること

藪 浩 (やぶ ひろし)
東北大学材料科学高等研究所 准教授

住所: 〒 980-8577 宮城県仙台市青葉区片平2-1-1
TEL : 022-217-5996
E-MAIL : hiroshi.yabu.d5@tohoku.ac.jp


報道に関すること

東北大学材料科学高等研究所
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