光パルスを用いた金属磁石表面の磁気の波の発生と検出に成功

2016年07月08日

光パルスを用いた金属磁石表面の磁気の波の発生と検出に成功

-将来の高速・低消費電力情報処理デバイスの開発に寄与-

成果内容のポイントと概要

  • フェムト秒光パルスを用いた時間分解・走査型磁気光学顕微鏡を構築。
  • 光パルスによって金属磁性体の磁気(スピン)の波を発生させ、ピコ秒(10-12秒)の時間領域で磁気の波が伝播する様子を観測し、定量的に解析することに成功。
  • 磁気(スピン)の波を用いた高速かつ低消費電力の情報処理デバイスの開発に寄与。

概要

東北大学大学院工学研究科博士課程後期3年飯浜賢志氏(現日本学術振興会特別研究員、産業技術総合研究所)と東北大学原子分子材料科学高等研究機構(WPI-AIMR)の水上成美教授は、東北大学大学院工学研究科安藤康夫教授らと共同で、金属磁性体表面の磁気の波(スピン波[注1])を光パルスで発生させ、高精度に観測することに成功しました。
磁性体には特異な磁気の波が存在することが古くから知られています。近年、磁気の波を情報の処理や伝達の媒体として用いる技術が提案され、その物理的性質の理解に加え、磁気の波の発生・制御・検出方法の研究が世界的に行われています。これまで、フェライトやガーネット等の磁性絶縁体において、光パルスを用いた磁気の波の発生と観察の研究が進められて来ましたが、金属磁性体ではその明瞭な観察や定量的な解析の報告がありませんでした。
本研究では、二つの光パルスを用いた高時間分解・走査型磁気光学顕微鏡を独自に構築し、光パルスによって金属磁性体に磁気の波を発生させ、ピコ秒の時間スケールで磁気の波が伝播する様子を精密に観測、定量的に解析することを世界に先駆けて達成しました。磁気の波を用いた将来の低消費電力・高速の情報処理デバイスの開発に寄与する成果です。

本研究成果は、7月1日(米国時間)に、米国物理学会「Physical Review B」(フィジカルレビュービー)の「Rapid Communication」(速報版)に掲載されました。また、本研究の一部は、科学研究費補助金、世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)の支援によって行われました。

研究の背景

スマートフォンに代表される小型情報機器の爆発的な普及、モノのインターネット(IoT)、そして人工知能(AI)の開発など、情報の処理や通信に関わる技術は昨今目覚しく発展しています。人類社会を取り巻く情報の量は今後も拡大の一途をたどると予測されており、情報の処理・伝達・記憶を行う物理的な装置やデバイスの高速化や大容量化が必須となっています。これまで半導体技術の不断の開発努力により、情報処理装置を構成する半導体デバイスの高性能化が進められてきました。しかしながら、爆発的に増大する情報量に対応するには、半導体技術の更なる開発のみならず、新しい原理とコンセプトにもとづく情報処理デバイスの基礎研究も強く求められています。特に、情報を高速で処理するにはより多くの物理的エネルギーが必要となるため、高速かつ低消費電力のデバイス技術開発が要求されています。
これまで、様々な新技術が検討されていますが、磁気の波(スピン波)を用いた情報の処理や伝達の技術もその一つです。磁気の波は磁石のような磁性体に固有の波で、電荷の流れを伴わずに情報を伝達できるため、それを高速かつ効率よく発生・制御できれば、高速・低消費電力の情報処理デバイスを創製できる可能性があります。そのような観点から、磁気の波の物理的性質の理解に加え、その発生・制御・検出方法の研究が世界的な規模で行われています。
そのような社会的背景において、ごく最近、ガーネットやフェライト等の磁性絶縁体において、フェムト秒光パルス[注2]を用いて磁気の波を発生できることが実験的に示され、基礎的・応用的観点から多くの研究が行われつつあります。しかしながら、応用上重要となる金属の磁性体においては、光パルスを用いた磁気の波の発生とその明瞭な観察、そしてその定量的な解析の研究はありませんでした。

研究の内容

これまで当研究グループでは、スピントロニクスデバイス用磁性材料の超高速の磁気(スピン)のダイナミクスを、フェムト秒光パルスを用いて評価する研究を進めてきました。本研究では、これまで培った評価技術をベースに、二つの光パルスを用いた高い時間分解能を有する走査型のポンプ・プローブ磁気光学顕微鏡[注3, 注4]を独自に構築しました(図1)。高強度の「ポンプ」光パルスが試料に集光され、光パルスが集光された半径約1ミクロンの領域から磁気の波が発生します。顕微鏡に導入されたもう一つの微弱な「プローブ」光パルスを時間・空間的に走査し磁気の変化を検出することで、発生した磁気の波の伝播を時間分解検出することができます。
20ナノメートル(ナノは10-9)の厚みの鉄ニッケル合金薄膜における磁気の波の観測の結果を図2に示します。「ポンプ」パルス光が照射された領域から約3ミクロン離れた位置で、磁気の波の束(波束)が通過していく様子が明瞭に見られています[図2(a)]。「プローブ」光パルスを集光する位置と時間を走査することで、磁気の波の時空間における振る舞いを知ることができます[図2(b)]。「ポンプ」光パルスで発生した磁気の波は、1500ピコ秒(ピコは10-12)の間に約5ミクロン程度伝播していくことが分かります。これは、光パルスで発生した磁気の波が秒速約3000メートルの速度で伝播することを示しています。
これらの実験の結果は、理論計算で予測される結果と一致し、光パルスがフェムト秒の時間スケールで金属磁性体を瞬間加熱し、その際の超高速減磁現象[注5]が磁気の波を発生させるという物理的メカニズムで説明できることが定量的に明らかとなりました。

今後の展望

本研究の方法を用いることで、様々な金属磁性材料の磁気の波の性質を調べることができます。それにより、より効率よく磁気の波が発生する材料の開発や、磁気の波がより高速で伝播する材料の開発など、磁気の波を用いた低消費電力・高速の情報処理デバイスの基盤となる新材料の開発に貢献すると考えられます。

論文情報

  • “Quantification of a propagating spin-wave-packet created by an ultrashort laser pulse in a thin film of a magnetic metal”
    (超短レーザーパルスによって発生する金属磁性体薄膜のスピン波の波束伝播の定量化)
  • S Iihama, Y Sasaki, A Sugihara, A Kamimaki, Y Ando, and S Mizukami
  • Physical Review B 94, 020401(Rapid Communication) (2016)
  • DOI : 10.1103/PhysRevB.94.020401(新しいタブで開きます)

参考図

pr_160708_01.jpg図1 二つの光パルスを用いた走査型のポンプ・プローブ磁気光学顕微鏡と磁気の波(スピン波)の概念図。高強度「ポンプ」パルス光が薄膜に集光され、集光位置から磁気の波が発生します。微弱な「プローブ」パルス光は、「ポンプ」パルス光より遅れて磁性体表面に到達し、その反射光の磁気光学効果から磁気の変化を読み取ることができます。「プローブ」パルス光の遅延時間と照射位置を走査することで、磁気の波の伝播を時間分解計測することができます。

pr_160708_02.jpg図2 磁気の波(スピン波)の観察。「ポンプ」パルス光の到達した時刻と集光位置を座標原点としています。(a)は、約3ミクロンの位置における観測例です。「ポンプ」パルス光が到達してから約1000ピコ秒後に磁気の波の波束が通過していく様子を表しています。(b)は、磁気の波の時間・空間的な伝播の様子です。「ポンプ」パルス光が照射された位置(原点付近)では、強い磁気の振動が見られます。磁気の波は波束として伝播し約1500ピコ秒の間に約5ミクロン程度伝播しています(点線の矢印)。

用語解説

[注1] 磁気の波(スピン波)
磁石や鉄のように磁気を帯びる物質を磁性体と呼び、その磁気の最小構成単位が「スピン」です。スピンは電子の自転運動にたとえられる一種の「回転」のことを指し、磁性体ではたくさんの電子が同じ方向に自転しているため、強い磁気を帯びます。磁性体の中では、磁気の揺らぎが発生し、磁性体の中を伝播します。これが磁気の波で、矢印で概念的に表されるスピンが波のように伝わることを指します。
[注2] フェムト秒光パルス
レーザーポインタのような連続的なレーザー光線ではなく、波長の数倍から数十倍程度の長さをもつレーザー光の波束です。時間的には10-100フェムト秒(フェムトは10-15)程度の広がりをもち、チタンサファイアパルスレーザー等で発生できます。
[注3] ポンプ・プローブ法
パルス光を用いた物理現象の超短時間領域の時間分解観測手法です。例えば、フェムト秒光パルスを強い強度と弱い強度の二つの光パルスに分割し、強い強度の光パルス(「ポンプ」光パルス)を物質に照射して発生した現象を、弱い強度の光パルス(「プローブ」光パルス)に対する光学応答の変化で検出します。その際、プローブ光パルスの遅延時間を制御することで、時間分解測定ができます。
[注4] 磁気光学効果
磁性体に固有の光応答現象です。本研究では、光が反射した際に磁性体の磁気によって、光の偏光方向が回転する現象(カー効果)を用いています。
[注5] 超高速減磁現象
金属磁性体にフェムト秒光パルスを照射すると、光パルスが磁性体に到達した後、ピコ秒よりも短い時間で磁気の強さが減少する現象です。

問い合わせ先

研究に関すること

水上 成美 (ミズカミ シゲミ)
東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(AIMR) 教授

TEL : 022-217-6003
E-mail : mizukami@wpi-aimr.tohoku.ac.jp

報道に関すること

皆川 麻利江
東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR) 広報・アウトリーチオフィス

TEL : 022-217-6146
E-mail : aimr-outreach@grp.tohoku.ac.jp