グラフェンの超伝導化に成功

2016年02月04日

東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)
東京大学大学院理学系研究科
東北大学大学院理学研究科
東北大学学際科学フロンティア研究所

グラフェンの超伝導化に成功

-“質量ゼロ”の電子が“抵抗ゼロ”で流れる-

概要

東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)の高橋隆教授および東京大学大学院理学系研究科の一ノ倉聖大学院生と長谷川修司教授の研究グループは、グラフェンを超伝導にすることに成功しました。グラフェンは内部に“質量ゼロ”の高速電子を持つことから、高速電子デバイス材料として大きな注目を集めていますが、今回の超伝導化の成功により、その電子を“抵抗ゼロ”で流すことを可能にしたことで、超高速超伝導ナノデバイスへの応用開発がさらに進むものと考えられます。
本成果は、平成28年1月29日(米国東部時間)に、米化学会誌「ACS Nano」オンライン速報版に掲載されました。

研究の背景

グラフェンは、炭素原子が6角形の蜂の巣状に結合した原子1層の極薄シート状の構造を持っています(図1a)。グラフェン中の電子は、ディラック・コーン(図2)と呼ばれる特殊な電子状態(運動量とエネルギーの関係)を形成し、その結果“質量ゼロ”の状態を取ることが知られています。このため、グラフェン中の電子は非常に速い速度で移動することができ、グラフェンに非常に高い電気伝導性を与えています。実験からは、グラフェン中を移動する電子の速度は、半導体のシリコン中に比べ200倍以上速いことが分かっています。また、原子1層程度の厚さしかないということから、高い光透過性も持ちます。これらの優れた性質を利用して、現在、グラフェンを用いた高速電子デバイスや大面積ディスプレイなど、様々な応用が進められています。しかし、究極の高い電気伝導性である超伝導注1)がグラフェンで発現するのかどうかは不明のままでした。もしそれが実現すれば、“質量ゼロ”の超高速電子を“電気抵抗ゼロ”でグラフェン中を移動させることが可能となり、まさに究極の超高速ナノ電子デバイスを実現することができます。グラフェンの超伝導化の研究は世界中で精力的に行われており、“超伝導発見”の報告もいくつかはありましたが、それらの報告では、試料におけるグラフェンの積層数が不確定で、試料がグラフェンなのかあるいは従来から良く研究されているグラファイトなのか不明であったり、また超伝導の直接的証拠である“電気抵抗ゼロ”の確認が成されていないなど、実験的検証が不完全で、グラフェンにおける超伝導発現は未解決のままでした。グラフェンにおける超伝導発現の真偽を明らかにするためには、積層数を1枚ずつ精度良く制御した純正なグラフェンを用いて、超伝導の直接的証拠である“電気抵抗ゼロ”を確認する事が望まれていました。

研究の内容

このたび、東北大学および東京大学の研究グループは、シリコンカーバイド(SiC)単結晶上にグラフェンを1枚ずつ制御して作製する方法を開発しました。この方法を用いて、炭素原子2層からなるグラフェン薄膜を作製し、その層間にカルシウム (Ca)原子を挿入したサンドイッチ状の2層グラフェン層間化合物(C6CaC6)を作製しました(図1b)。その電気抵抗をマイクロ4指針電気伝導測定法(図3)注2)を用いて測定した結果、温度4K(-269℃)注3)で超伝導が発現している事(図4)を世界で初めて観測しました。また、層間に何も挿入していない純正2層グラフェンや、カルシウムの代わりにリチウム(Li)を挿入したリチウム層間化合物(C6LiC6)では超伝導が発現しないことも見出し、超伝導がカルシウム原子からグラフェン層への電子供給により引き起こされていることを見出しました。

今後の展望

今回のグラフェンの超伝導化の成功は、グラフェンの基礎・応用にわたる広い研究・技術分野に大きなインパクトを与えるものです。基礎研究としては、“質量ゼロ”のディラック電子が“抵抗ゼロ”の超伝導となった時に、どのような特異な現象が起きるのか未だよく分かっていません。今後、今回の成果に基づいた超伝導グラフェンの物理的特性の解明や、その理論的研究が急速に進むものと考えられます。また、今回観測したカルシウム層間化合物での超伝導転移温度は4Kとまだまだ低温であり、今後、カルシウム以外の金属原子や2種以上の金属との化合物の作成、さらにグラフェン積層枚数を変化させるなどして、超伝導転移温度の上昇を目指す研究が進むものと考えられます。一方、応用の立場からは、超伝導グラフェンを集積演算回路に用いた量子コンピュータへの応用など、超高速超伝導ナノ電子デバイスの開発へ大きく道を開くものです。

付記事項

本成果は、科研費基盤研究(A)「スピンARPESによる機能性薄膜ハイブリッドの創出」(研究代表者: 高橋 隆)、科研費基盤研究(A)「ミリケルビン・マイクロ4端子プローブ法の開発とモノレイヤー超伝導の探索」(研究代表者: 長谷川 修司)、新学術領域「原子層科学」(領域代表者: 齋藤理一郎)、「分子アーキテクトニクス」(領域代表者: 多田博一)、および東北大学学際研究重点プログラム「原子層超薄膜における革新的電子機能物性の創発」(研究代表者: 高橋 隆)などの援助によって得られました。

参考図

pr_160204_01.jpg図1:(a)1層グラフェンと(b)2層グラフェン層間化合物の結晶構造。カルシウム原子がグラフェン層間に入り込むことで超伝導が発現する。

pr_160204_02.jpg図2: グラフェン中の電子が形成するディラック・コーン電子状態。横軸は運動量、縦軸はエネルギー。ディラック・コーン上の電子は、“質量ゼロ”の状態を取る。

pr_160204_03.jpg図3: マイクロ4指針電気伝導測定法の概念図

pr_160204_04.jpg図4: 2層グラフェン層間化合物の電気抵抗の温度変化。温度4K付近から電気抵抗が下がり始め、2K付近で電気抵抗ゼロを示している。

用語解説

注1) 超伝導
温度を下げることで電気抵抗がゼロになる現象。電気抵抗がゼロなため、ロスすることなく電気を送ることができ、エネルギーの損失がありません。
注2) マイクロ4指針電気伝導測定法
電気抵抗測定で用いられる4端子法をミクロンサイズまで小さくすることで実現した局所電気伝導測定法。ミクロンサイズの間隔で並んだ4つの針を試料表面に接触させることで、様々な半導体材料の表面や2次元原子層物質の電気的性質を明らかにすることができます。さらに真空槽内で測定することが可能なため、試料表面の劣化を抑えて測定することができます。
注3) K ケルビン
温度の基本単位。T(K)=T(℃) + 273.15で換算されます。

論文情報

“Superconducting Calcium-Intercalated Bilayer Graphene”
ACS Nano (2016)
Satoru Ichinokura, Katsuaki Sugawara, Akari Takayama, Takashi Takahashi, and Shuji Hasegawa,
(DOI: 10.1021/acsnano.5b07848 (新しいタブで開きます))

 

問い合わせ先

研究に関すること

高橋 隆
東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(AIMR) 教授

TEL : 022-795-6417/022-795-6477
E-mail : t.takahashi@arpes.phys.tohoku.ac.jp

長谷川 修司
東京大学 大学院理学系研究科 教授

TEL : 03-5841-4167
E-mail : shuji@surface.phys.s.u-tokyo.ac.jp

報道に関すること

清水 修
東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR) 広報・アウトリーチオフィス

TEL : 022-217-6146
E-mail : aimr-outreach@grp.tohoku.ac.jp

武田 加奈子 / 横山 広美
東京大学 大学院理学系研究科・理学部広報室

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