グラフェンの電子状態を制御することに成功

2015年04月06日

グラフェンの電子状態を制御することに成功

-新たな機能開拓と伝導性の制御に道-

概要

東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)の清水亮太助教、菅原克明助教、高橋隆教授、一杉太郎准教授は、グラフェンを二層重ねた物質(二層グラフェン)の間にカルシウム原子を挿入(サンドウィッチ)した二層グラフェン化合物について、それを形成する下地基板の特性を利用して性質を改変することに成功し、電荷密度波注1)(図1)が生じていることを明らかにしました。
グラフェンは、エレクトロニクス応用に向けて、エネルギーギャップ注2)や超伝導等の様々な性質を付与することが切望されており、その方法が活発に検討されています。本研究では、カルシウム原子を挿入した二層グラフェン化合物を合成し、走査型トンネル顕微鏡/分光法注3)と光電子分光法注4)により評価を行ったところ、電荷密度波が形成していることを見出しました。電荷密度波とは、電子の濃度が周期的な濃淡を作った状態で、エネルギーギャップが生じます。
本成果は、二層グラフェン化合物とそれを保持する基板との相互作用を利用したグラフェンの特性制御の手法を新たに提案するものです。今後、基板との状態を巧みに操ることで、超高速電子デバイスのみならず、超伝導や電荷密度波といった特性をもつ多機能な新奇デバイスの開発が期待されます。
本成果は、平成27年4月4日(現地時間)に米国物理学会誌「Physical Review Letters」オンライン版で公開されました。

研究の背景

グラフェンは、炭素(C)原子が蜂の巣状のネットワークを組んで形成された一原子の厚みを有するシート状の物質です。2010年のノーベル賞受賞を契機として、その基礎および応用研究が精力的に進められており、特に次世代エレクトロニクス素子を形成するための有望な新材料として期待されています。これまで、高い透明性や非常に電子が動きやすい性質に注目が集まっていましたが、エネルギーギャップや超伝導(低温で電気抵抗がゼロになる状態)などの新たな機能を付与するための研究が活発化しています。
このような背景から、グラフェンを二層重ね合わせた二層グラフェン(図2a)に注目が集まっています。すでに、グラフェンが何層にも積層した黒鉛(グラファイト)の層間に金属原子を挿入することにより、超伝導などの新機能が生じることが知られています。この手法を応用して二層グラフェンにも金属原子を挿入して新たな特性を付与する試みがなされており(図2b)、特にカルシウム(Ca)を挿入した二層グラフェン化合物では、グラフェンへの電子の注入により超伝導や金属が絶縁体に変化する現象など、様々な物性発現が期待されています。
したがって、新たなデバイス開発や材料設計の指針の構築のために、二層グラフェンの層間にCa原子を挿入することにより、どのように物性が変化するのかを解明することは基礎研究・応用の両面において重要な課題でした。

研究の内容

本研究グループは、二層グラフェンの層間にリチウム(Li)を挿入したもの(C6LiC6)、およびカルシウム(Ca)を挿入したもの(C6CaC6)の二種類の試料を作製しました。それらについて、走査型トンネル顕微鏡/分光法(図3)と光電子分光法を用いて原子の観察と電子状態の観測を行いました。その結果、C6CaC6において、各Ca原子の並びに加えてその2.5倍の周期で電子密度の濃淡が現れることを見出しました(図4a)。さらに電子状態を精密に評価したところ、エネルギーギャップが形成していることを確認しました。この濃淡模様とエネルギーギャップは電荷密度波の特徴であり、グラフェンにおいては初めて観測されたものです。そして2.5倍周期はCa原子間距離とSiC基板の結晶周期の整合関係と対応していることが分かりました。この模様は同一の結晶構造を有するC6LiC6では観察されないことから(図4b)、グラフェン-SiC基板間の相互作用だけでなく、挿入された金属原子が放出する電子の数も重要な役割を果たしていることが明らかになりました。

今後の展開

本研究成果は、透明電極や超高速電子デバイスへの応用研究が進められているグラフェンの関連物質である二層グラフェンにおいて、エネルギーギャップを伴う電荷密度波が形成されることを新たに見出したものです。その形成機構より、二層グラフェンにおいて超伝導や電荷密度波など多様な特性が競合していることが明らかになり、電子状態の制御についての知見が得られました。今後は、グラフェン層間に放出される電子数の制御や、結晶周期性が異なる基板を使用することにより、グラフェンの伝導性の制御や、超伝導等の多様な特性を付与・制御することが期待されます。

付記事項

本成果は、科研費・基盤(A)「LaAlO3/SrTiO3ヘテロ構造の原子スケール電子状態」(研究代表者: 一杉 太郎)、基盤研究(S)「超高分解能スピン分解光電子分光による新機能物質の基盤電子状態解析」(研究代表者: 高橋 隆)、若手研究(B)「積層制御グラフェンの新規物性開拓」(研究代表者: 菅原 克明)、新学術領域「原子層科学」(領域代表者: 齋藤 理一郎)などの補助によって得られました。

参考図

pr_150406_01.png図1: 一次元結晶を例とした電荷密度波の形成機構。等間隔に並んだ原子がわずかに近づく(遠ざかる)ことで、電子の密度の濃淡が変化して固まった状態となります。この例では新たに2倍周期の濃淡模様が現れています。

pr_1500406_02.png図2: (a)二層グラフェン、(b)金属挿入二層グラフェン化合物の結晶構造。

pr_1500406_03.png図3: 走査型トンネル顕微鏡/分光法の概念図。探針-試料間に流れる微小なトンネル電流を利用して、表面の凹凸構造や局所的な電子状態を観察します。

pr_1500406_04.png図4: (a) Ca挿入二層グラフェン化合物と、(b) Li挿入二層グラフェン化合物の走査型トンネル顕微鏡像。Ca挿入時には、各Ca原子の凹凸に加え、2.5倍周期をもつ濃淡模様を確認できます。矢印はそれぞれの結晶の単位格子を示します

用語解説

1. 電荷密度波
通常の結晶では、原子やイオンが周期的に並んだ状態に対応した電子密度の濃淡(疎密)が存在します。このような結晶の構造が異方的かつ低次元的である場合、低温では正に帯電したイオンが一部近づき、一部遠ざかるようにわずかに歪んだ状態で固まり、それに伴って電子密度の濃淡が元々の結晶周期よりも長い周期で変化します。この現象を電荷密度波と呼びます。 このとき電荷の濃淡も固まってしまうため、電荷密度波が形成されるとエネルギーギャップが生じ、その物質の導電性は下がります。
2. エネルギーギャップ
シリコンに代表される半導体では、電子が占有する最高のエネルギー準位と、電子が非占有となる最低のエネルギー準位の間にエネルギー差(エネルギーギャップ)が存在します。このエネルギーギャップは、半導体を電界効果等で制御する上での重要なパラメータです。しかしながら、グラフェンではこのエネルギーギャップが存在しないため、いかにエネルギーギャップを導入するか、が今後の応用に向けて大きな課題となっています。
3. 走査型トンネル顕微鏡/分光法
原子レベルで鋭い針を試料表面に数ナノメートルの距離まで近づけ、針と試料間に電圧をかけることにより、量子力学的なトンネル電流が生じます。このトンネル電流を一定に保つように針の高さを制御して、試料表面上で針を動かすことによって原子像を得る装置が走査型トンネル顕微鏡です。トンネル電流は試料の電子状態に依存するので、表面構造だけでなく電子状態も原子レベルの空間分解能で調べることができます。測定装置がコンパクトであるため、液体ヘリウムを用いた極低温での測定を容易に行うことができます。
4. 光電子分光法
結晶に紫外線やX線を照射すると物質の表面から電子が放出されます。放出された電子は光電子と呼ばれ、その光電子のエネルギーや運動量を測定すると、物質中の電子の状態、つまり物質の電子状態が分かります。そのため、物質の示す様々な性質(例えば超伝導や光学的性質など)を明らかにすることができる強力な実験手段です。

論文情報

Ryota Shimizu, Katsuaki Sugawara, Kohei Kanetani, Katsuya Iwaya, Takafumi Sato, Takashi Takahashi, and Taro Hitosugi
Charge-density wave in Ca-intercalated bilayer graphene induced by commensurate lattice matching
Phys. Rev. Lett.

問い合わせ先

研究に関すること

高橋 隆(タカハシ タカシ)
東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(大学院理学研究科兼任)教授

TEL : 022-795-6417
E-mail : t.takahashi@arpes.phys.tohoku.ac.jp

一杉太郎 (ヒトスギ タロウ)
東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(AIMR) 准教授

TEL : 022-217-5944
E-mail : hitosugi@wpi-aimr.tohoku.ac.jp

報道に関すること

東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR) 広報・アウトリーチオフィス

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E-mail : outreach@wpi-aimr.tohoku.ac.jp