有機薄膜太陽電池の電荷損失を防ぐ要因を理論的に解明

2013年11月11日

東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)

有機薄膜太陽電池の電荷損失を防ぐ要因を理論的に解明

-光電変換効率の向上へ大きな進展-

概要

東北大学・原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)の田村宏之助教はドイツ・ゲーテ大学と共同で、有機薄膜太陽電池において有機半導体の結晶性が高いと光エネルギーで励起した電荷が高速移動し損失が抑制される事を計算機シミュレーションによって解明しました。

有機薄膜太陽電池は、現在太陽電池の一般的な材料であるシリコンを用いた場合に比べて、製造コストが低いだけでなく軽さや柔軟性もあわせ持つため、貼り付け式やウェアラブルな用途など様々な応用が期待されています。太陽電池は通常2つの半導体が接合してできており、光エネルギーを吸収してできた正の電荷(正孔)と負の電荷(電子)の結合が、半導体の接合界面で分離してフリーの電荷が移動することで電流が流れます。しかし、有機分子のような誘電率の低い材料を半導体として用いる有機薄膜太陽電池では、界面での静電引力の影響が大きく結合した電荷が分離しにくいため、現時点の光電変換効率注1)が最高でも10%程度と、シリコン太陽電池の20%程度と比べ変換効率が小さいことが課題となっています。変換効率の向上のために、有機半導体の界面で静電引力の障壁に打ち勝ってフリー電荷が生成するメカニズムの解明が求められていました。

本研究グループは、量子力学に基づいた計算機シミュレーションで、有機薄膜太陽電池における光エネルギーを吸収した電子のダイナミックスを解析しました。その結果、有機半導体の接合界面では、分子の結晶性が高くなるにつれて静電引力の障壁が下がるため、光励起エネルギーが熱として失われる前に電荷が分離しやすくなり、フリー電荷が生成することを明らかにしました。

本研究のような計算機シミュレーションは、光電変換機構の理解を助け、より変換効率の高い太陽電池の材料をデザインする際に、有力な手段になっていくことが期待されます。本研究成果は、11月6日に米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載されました。

研究の背景

有機薄膜太陽電池はシリコン太陽電池と比べ製造時に消費する電力が少ないため、エネルギー変換効率が向上できればエネルギーペイバックタイム注2)を短くすることが可能です。しかし、現時点の変換効率は10%程度と、シリコンの20%程度と比べ小さい値に留まります。図1のように有機薄膜太陽電池では、導電性高分子注3)などのドナーと呼ばれる分子が光エネルギーを吸収し励起子注4)と呼ばれる高エネルギー状態をつくります。この励起子からアクセプターと呼ばれるフラーレン注5)分子に高エネルギー電子が移動し、ドナー分子にはプラス電荷を持った正孔注6)が残されます。この電子と正孔が電極へ輸送されることで電流が流れます。世界中の研究グループが変換効率の向上を目指して材料やデバイスの改良に取り組んでいますが、光電変換のメカニズムに未解明な部分が多いのが現状です。

有機分子のような誘電率注7)が低い材料では、電子と正孔が静電引力でドナーとアクセプターの接合界面にトラップされ易い傾向があります。界面にトラップされた電子-正孔ペアが再結合して光を吸収する前の安定状態に落ちてしまうと、フリー電荷の生成が妨げられます。つまり、界面での電子-正孔のダイナミックスは光電変換効率を決定する重要なステップと考えられます。導電性高分子とフラーレンから作られた有機薄膜太陽電池の時間分解分光による実験では、条件によっては10兆分の1秒という超高速なフリー電荷の生成が観察されます。しかし、静電引力に打ち勝ってフリー電荷が生成するメカニズムはこれまで未解明でした。


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図1 光吸収で生じた励起子から電子-正孔が分離する過程のダイアグラム。フリー電荷の生成と電子-正孔の再結合は競合する過程であり光電変換効率を左右する。


研究の内容

本研究では、有機薄膜太陽電池のドナー/アクセプター界面で、光エネルギーを吸収した励起子が電子と正孔に分離しフリー電荷が生成するダイナミックスを量子力学注8)に基づいた計算機シミュレーションで解析しました。

先ず、導電性高分子とフラーレンから成るドナー/アクセプター界面の凝集構造が電子-正孔分離の静電障壁に与える影響を調べました。その結果、フラーレンの結晶性が高い界面では構造の乱れた界面より電子が多分子に拡がることで静電障壁が下がることが分かりました。結晶性の高い界面をモデル化したシミュレーションでは10兆分の1秒という超高速でフリー電荷が生成し、構造の乱れた界面よりもフリー電荷の収率が遥かに向上します。また、光励起エネルギーが熱として失われる前に電子-正孔が静電障壁を超えて分離する「ホット励起子機構」がフリー電荷の生成を促進していることを明らかにしました。

光を吸収した高エネルギー電子がドナー分子に在る場合とアクセプター分子に在る場合のポテンシャル差はバンドオフセットと呼ばれます(図1右)。ドナーからアクセプターへ電子が移動するためにはバンドオフセットはある程度大きい必要があります。一方、有機薄膜太陽電池の光電変換効率を高めるためには、太陽光の長波長成分(低エネルギー成分)を効率的に吸収することと出力電圧を高めるという要件を同時に満たす必要があります。この観点からはバンドオフセットは最小限の大きさが望ましいと考えられます。本研究の結果は、界面の結晶性を高めて電子-正孔分離の静電障壁を下げることによって、最小限のバンドオフセットでフリー電荷が効率的に生成することを示しています。


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図2 ドナー/アクセプター界面の電子-正孔ペアからフリー電荷が生成する過程と静電ポテンシャル障壁の概念図。界面の結晶性が高くなるにつれ静電障壁が低くなる。


今後の展開

本研究では有機薄膜太陽電池で重要な役割を果たす2つの効果を明らかにしました。

  • ドナー/アクセプター界面の結晶性が高い部分では電荷が多分子に拡がり易く、このため電子-正孔分離の静電障壁が下がる。
  • 光エネルギーが熱として失われる前にフリー電荷が生成する(ホット励起子機構)。

本研究で解明された効果は、様々な光電変換系で成り立つと考えられます。本研究のような計算機シミュレーションは、実際の有機薄膜太陽電池では観測が難しい光電変換機構の理解を助け、太陽電池の材料をデザインする際の有力な手段になっていくことが期待されます。

用語説明

(注1)光電変換効率
太陽電池の最大出力(電流×電圧)/入射光のエネルギー
(注2)エネルギーペイバックタイム
太陽電池の製造・設置に必要なエネルギー/太陽電池が1年間に発電するエネルギー
(注3)導電性高分子
電流を通すプラスチックの材料
(注4)励起子
物質中の電子が最安定状態より高エネルギーの状態へ励起された状態。マイナス電荷を持つ高エネルギー電子とプラス電荷を持つ正孔が静電引力で結合し空間的に重なっている。
(注5)フラーレン
60個の炭素原子から成るサッカーボール状の分子
(注6)正孔
物質から電子が抜けてプラス電荷が残った状態。
(注7)誘電率
物質中で電荷から働く静電力の強さを決める値。有機分子のような誘電率が低い材料中では強い静電力が働く。
(注8)量子力学
光と物質との間のエネルギーのやり取りや、電子の動力学を記述する理論。本研究では量子力学の波動方程式を数値的に解いて、電子、正孔、励起子のダイナミックスをシミュレートした。

論文情報

Hiroyuki Tamura and Irene Burghardt, "Ultrafast Charge Separation in Organic Photovoltaics Enhanced by Charge Delocalization and Vibronically Hot Exciton Dissociation" Journal of the American Chemical Society (2013) abstract(新しいタブで開きます)

問い合わせ先

研究に関すること

田村宏之
東北大学原子分子材料高等研究機構(AIMR) 助教

TEL : 080-1278-0559
E-MAIL : hiroyuki@wpi-aimr.tohoku.ac.jp

報道に関すること

中道康文(ナカミチ ヤスフミ)
東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR) 広報・アウトリーチオフィス

TEL : 022-217-6146
E-MAIL : outreach@wpi-aimr.tohoku.ac.jp