顔料からの有限長カーボンナノチューブ分子の合成に成功

2013年05月22日

国立大学法人東北大学

顔料からの有限長カーボンナノチューブ分子の合成に成功

-らせん型有限長カーボンナノチューブ分子の選択的合成実現-

概要

国立大学法人東北大学(原子分子材料科学高等研究機構・大学院理学研究科)の磯部寛之教授の研究グループは、顔料を原料とした有限長カーボンナノチューブ分子の製造法を開発しました。らせん型選択的合成法およびらせん型・アームチェア型の混合合成法の二種の手法の開発により、大量工業生産されている有機顔料を有限長カーボンナノチューブ分子へと変換する新製造法の開発に至ったものです。ボトムアップ化学合成された有限長カーボンナノチューブ分子のなかでも最長となる三倍長ナノチューブ(0.75 ナノメートル)の合成が達成されました。量産型ナノテクノロジーの実現に向け、現代有機合成化学による新たな展開がもたらされた成果となります。

発表内容

私たちの身の回り・日常は、さまざなま「色」に飾られています。この「色の素」となっているのが、化学染料・顔料です。1856 年に英国人ウィリアム・パーキンが最初の合成染料を発明して以来、有機合成に基づいた合成染料・顔料が化学染料の主役となり、現代では化学染料・顔料の工業的な大量製造が行われるに至っています。化学合成によって、容易かつ大量に入手できるようになったことで、化学染料・顔料が私たちの生活を豊かに彩るようになりました。

国立大学法人東北大学(原子分子材料科学高等研究機構・大学院理学研究科)の磯部寛之教授の研究グループは、顔料を原料とした有限長カーボンナノチューブ分子の製造法を開発しました。らせん型選択的合成法およびらせん型・アームチェア型の混合合成法の二種の手法を開発し、大量に工業生産されている有機顔料を有限長カーボンナノチューブ分子へと変換する新しい製造法を開発したものです。現在、有限長カーボンナノチューブ分子のボトムアップ化学合成法の開発研究が始まっていますが、本研究では、最短長カーボンナノチューブ分子(0.25 ナノメートル)の三倍長 (0.75 ナノメートル)となる有限長カーボンナノチューブ分子の製造法が開発されました。磯部教 授らのグループにより、昨年と一昨年に二倍長までの有限長カーボンナノチューブ分子のボトムアップ化学合成が実現されていましたが、本研究により実現された三倍長が有限長カーボンナノチューブ分子のなかでの新しい世界最長記録となります。この研究では同時に、らせん型有限長カーボンナノチューブ分子が筒をならべた空間充填構造をもつことが発見され、カーボンナノチューブの新しい集積法としても注目されます。キロ・トン単位で入手可能な顔料を原料とすることで、量産型ナノテクノロジーの実現にまた一歩、大きな進展がもたらされた成果となります。

この研究は、磯部寛之教授、松野太輔氏(博士後期課程学生)、鎌田翔氏(博士前期課程学生)、 一杉俊平助教が、文部科学省「科学研究費補助金」などを使って行ったものであり、英国化学会発行の「ケミカル・サイエンス」誌で公開されます。

添付図版

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図1 化学顔料からのらせん型有限長カーボンナノチューブ分子の合成
原料となった赤色顔料「Pigment red 168」(上図)と合成されたらせん型有限長カーボンナノチューブ分子の分子構造(下図)。赤色は炭素原子、黄色はケイ素原子。


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図2 本研究で同時に発見されたらせん型有限長カーボンナノチューブ分子の筒を連ねた集積構造を
上から見た図。


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図3 本研究で同時に発見されたらせん型有限長カーボンナノチューブ分子の筒を連ねた集積構造を
横から見た図。


用語解説

(注1)カーボンナノチューブ
飯島澄男教授(東北大学大学院理学研究科出身、現名城大学)が1991年に発見した、ダイヤモンド、 非晶質、黒鉛、フラーレンに次ぐ5番目の炭素材料。グラフェンシートが直径数ナノ(10 億分の 1)メートルに丸まった極細チューブ状構造を有している。カーボンナノチューブはその丸まり方、太さ、端の状態などによって、電気的、機械的、化学的特性などに多様性を示し、次世代産業に不可欠なナノテクノロジー材料として、今なお、世界中で最も注目されている材料である。
(注2)有限長カーボンナノチューブ分子
有限の長さをもつカーボンナノチューブ分子。有限長カーボンナノチューブ分子は、カーボンナノチューブの基本構造要素を備えていることから、その分子性物質としての物理・化学的な基本特性の解明につながると期待されている。一方でその合成の試みは、ごく最近ようやく始まったばかりであり、ナノチューブの最大の特徴となる「炭素の円筒形の壁」の化学合成がようやく2011年に実現された。
磯部寛之教授らによる世界初の帯状構造をもった有限長カーボンナノチューブ分子の化学合成法および関連成果については、以下のプレスリリースを参照:
(注3)ボトムアップ化学合成
小さな構造体から、大きな構造体をつくりあげる方法がボトムアップ法と呼ばれる。とくにナノスケールの構造体の構築法に用いられることが多く、なかでも化学的手法を用いた化学合成法に、大きな期待が寄せられている。本研究では、「カップリング反応」という有機合成手法を活用することでボトムアップ化学合成が実現された。
(注4)顔料・染料
さまざまな着色用途に使用される粉末で、水や油に不要なものは顔料と呼ばれ、水や油に溶けるものは染料と呼ばれる。関連産業は、今なお国内外での成長を続けており、2015年には9,000,000トンの総生産量、240 億ドルの市場規模に達することが予測されている。

論文情報

T. Matsuno, S. Kamata, S. Hitosugi and H. Isobe , "Bottom-up synthesis and structures of π-lengthened tubular macrocycles" Chemical Science (2013) abstract(新しいタブで開きます)

問い合わせ先

磯部 寛之(イソベ ヒロユキ)
東北大学大学院理学研究科 化学専攻 教授

TEL : 022-795-6585
FAX : 022-795-6589
E-MAIL : isobe@m.tohoku.ac.jp
Lab HP : http://www.orgchem2.chem.tohoku.ac.jp/(新しいタブで開きます)