国際シンポジウム
AIMR10年の歩み―数学による材料研究の変革

2017年04月28日

AIMRの革新的な材料研究が10周年を迎えたことを記念して、5日間に拡張されたAMIS2017が開催された

2017年2月、仙台でAIMR International Symposium (AMIS) 2017が開催され、AIMRの10年にわたる革新的な材料研究に対して、11カ国を代表する271名の参加者から惜しみない賛辞が送られた。
2017年2月、仙台でAIMR International Symposium (AMIS) 2017が開催され、AIMRの10年にわたる革新的な材料研究に対して、11カ国を代表する271名の参加者から惜しみない賛辞が送られた。

画期的な着想が確固たる地位を得るには何十年もかかることがある。既存の体制に挑むようなものなら、なおさらだ。ところが、材料科学高等研究所(AIMR)は、わずか数年で材料科学に数学を取り入れることに成功した。

AIMRの10周年を記念して開催されたAMIS2017では、この素晴らしい業績が称えられた。5日間にわたる会期中、ノーベル賞受賞者のAlbert Fert教授、日本の材料科学界をけん引する細野秀雄教授、世界的に有名な応用数学者Sir John Ball教授をはじめ、多くの参加者が祝辞を寄せた。数学と材料科学の連携を指揮した小谷元子AIMR所長は、「数学の参画により科学の場に変革を起こそうとしているのです」と言う。

ドリームチーム

2007年、東北大学がさまざまな領域の材料科学者を集めて「ドリームチーム」を結成しようと決めたとき、その背景には、従来型の材料研究アプローチが功を奏した1世紀にわたる成功の歴史があった。AIMRは、物理学者と化学者と工学者を世界中から集結し、物質・材料の最小単位である原子・分子の精密制御に立脚した新しい材料科学を構築するために創設されたのである。

その5年後、新たにリーダーに就任した小谷所長は、AIMRの目標を数学の言葉で定義しなおした。小谷所長は、数学が材料科学分野に新たな活力を与えて何らかの結果を出すには、ある程度の時間が必要だろうと予想し、「気の長い投資になることを覚悟」していたという。ところが、それから2年もしないうちに、AIMRの実験研究者と理論研究者は、材料科学者を50年も悩ませたアモルファス材料(ガラスなど)の原子構造に関する問題を解決してみせた。研究者たちは、金属ガラス中の原子が20面体形状をとることを見いだしたのである。20面体は、立方体や4面体とは違って隙間なく規則的に詰め込むことができないので、金属ガラス中では結晶構造が形成されないのだ。

科学者が数学に共通の基盤を見いだすことは昔からあったが、AIMRはこの概念を現代的な文脈においてよみがえらせた。オックスフォード大学のセドリー教授職(Sedleian professor of natural philosophy)で国際数学連合の元総裁のBall教授は、招待講演で、「ニュートン、コーシー、リーマンといった偉大な数学者たちは、純粋数学と応用数学を区別せず、一つの連続的な領域とみなしていました」と語った。ガリレオ・ガリレイも1623年に、宇宙を「数学の言語で書かれた書物」と呼び、数学なしに宇宙を理解することはできないと言っていた。

「20世紀の初めから、学問は純粋と応用に分けられるようになり、それが当たり前になっていました」とBall教授。ところが近年、両者を再統一する動きが出てきて、そうした潮流が材料科学に活気を与えているという。

国際的な存在感

歓迎の挨拶を行った東北大学の里見進総長は、AIMRは材料研究界に大きな国際ネットワークを築き上げ、このネットワークが、地球規模の問題を解決するための現代的なモデルとなったと述べた。「10年足らずで、世界をリードする組織が確立されたのです」。

AIMRの研究者の半数近くが海外出身であり、充実した支援体制の下、英語環境で研究に従事している。AIMRは、15の国際機関と緊密な協力関係を結んできた。そのうち、中国、米国、英国にある四つの海外サテライト機関には、AIMRとのジョイントリサーチセンターが設置されている。毎年仙台で開催されるAMISには、8年間で15を超える国から2,000名近くの科学者が参加した。今年のAMIS2017には、11の国から、23名の招待講演者と98名のポスター講演者を含め、271名の参加者が集まった。

AIMRは今回、WPIプログラムから卒業する初の研究機関の一つとなった。里見総長に続いて挨拶に立った黒木登志夫WPIプログラムディレクターは、「AIMRはWorld Premier Status(世界トップレベルの地位)を達成しました」と語った。これによりAIMRは、WPIの学際的、異分野融合的、国際的ブランドを維持するために創設された「WPIアカデミー」と呼ばれるエリート卒業生の集団に入る資格を得たことになる。

超スマート社会

超スマート社会の実現に向けた日本政府の計画「Society 5.0」において、AIMRは非常に重要な役割を果たすだろう。総合科学技術・イノベーション会議の久間和生議員は、Society 5.0を、「狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会に続く第5世代の社会」と説明する。

Society 5.0では、サイバー空間とフィジカル空間の融合を通じて、経済成長と社会的発展の両立を目指す。日本の素材産業は総輸出額の5分の1以上を占め、2015年だけで76兆円に達する。AIMRには、サイバー・フィジカル・システム(CPS)の開発により、素材産業の競争力を向上させる革新的な方法を見いだすことが期待されている。

AIMRは、基礎研究から応用研究への移行の第一歩として、産業技術総合研究所(AIST)と連携してデータ駆動科学の推進に取り組んでいるほか、エレクトロニクスからスピントロニクスへの変革において先導的な役割を担おうとしている。小谷所長は開会の挨拶で、「近年、スピンに着目した科学がめざましい進歩を遂げていますが、東北大学、特にAIMRは、この領域の世界的リーダーになっています」と述べた。AIMRはまた、アモルファス材料の隠れた秩序に関する研究を数学的に深め、構造と機能と特性の関係の解明を進めることも計画している。

文部科学省研究振興局長の代理でスピーチを行った研究振興局の渡辺正実基礎研究振興課長(現在は振興企画課長)は、日本はナノテクノロジーと材料科学に強く、これらの分野の研究は国の科学技術政策の中で重要な位置を占めていると語った。「AIMRが設立から10年も経たないうちに日本の材料科学研究の中核的機関に成長したことは驚異的です」。

ナノ電池とフラットパネル

ノーベル賞受賞者Albert Fert教授は、次世代スピントロニクスデバイスの実用化を目指して、材料の幾何学的性質(トポロジー)によって保護された電子特性を研究している。
ノーベル賞受賞者Albert Fert教授は、次世代スピントロニクスデバイスの実用化を目指して、材料の幾何学的性質(トポロジー)によって保護された電子特性を研究している。

AMIS2017のオープニングセッションは、パリ第11大学の物理学者であり、巨大磁気抵抗効果(GMR)の発見で2007年にノーベル物理学賞を受賞したFert教授の講演で始まった。GMRは、ハードディスクのGMRヘッドに応用され、ハードディスクの小型化、大容量化をもたらした。Fert教授は、材料のトポロジーという数学的概念で表される、ある種の幾何学形状によって保護された、極めてロバストな電子特性について講演を行った。

Fert教授はベルトを例にとって説明した。ベルトがねじれた状態でバックルをとめてしまうと、バックルを外さないかぎりねじれを解消することはできない。「バックルをとめたままでは、いくらねじっても、もとの状態に戻すことはできません」。ベルトの幾何学的性質によって規定されるこの頑固なねじれは、トポロジカルに保護された特性の例である。Fert教授が研究しているのは、トポロジカル材料において同様に保護されている、運動量による電子スピンのロッキングだ。今日のコンピューターメモリーデバイスは、こうした特性を利用してスピン-電荷変換を行っている。大抵の研究では、三次元トポロジカル材料が注目されているが、Fert教授は、同量のスピン注入で一桁大きい電流を生成する二次元材料を開発した。この技術はスピンベースのナノ電池に利用できるかもしれない。

材料科学者の細野秀雄教授は、最新のフラットスクリーンディスプレイ向けの透明導電材料を開発したことで知られる。
材料科学者の細野秀雄教授は、最新のフラットスクリーンディスプレイ向けの透明導電材料を開発したことで知られる。

次のテーマもエキゾチック材料だ。AIMR の元准教授、Peter Sushko氏の長年の共同研究者である東京工業大学の細野教授は、次世代フラットパネルディスプレイの開発においてエレクトライド材料が果たす役割の大きさについて講演を行った。

エレクトライドは、負の電荷を持つ電子がアニオンとしてふるまう化合物群である。細野教授は、2003年に、よく知られたセメント化合物12CaO•7Al2O3から室温で安定なエレクトライドを初めて合成して以来、通常とは異なるが潜在的に有用な特性を示すエレクトライド材料を数多く発見している。2011年には、規則正しい結晶構造をとるエレクトライドを、透明で、導電性があり、産業への応用に適した、無秩序なガラス状態へと変化させた。こうしたエレクトライドは、Microsoft社のノートパソコンSurface Pro 4やLG社の4Kテレビに導入されている。

形を変える

数学者のJohn Ball教授は、実験研究者との共同研究により、日常的に使用される金属中の微細構造に突然起こる変化を解明した。
数学者のJohn Ball教授は、実験研究者との共同研究により、日常的に使用される金属中の微細構造に突然起こる変化を解明した。

John Ball教授は、マルテンサイトという合金の結晶構造に起こる変化(変態)について講演を行った。マルテンサイトの結晶格子は、特定の温度で、突然音を立てて変形する(例えば、整列した立方体から伸長した4面体へと変化する)。液体の水が加熱されて気体の水蒸気に変化するのと同じように、マルテンサイトの原子レベルの構造変化は材料全体の特性に影響を及ぼす。そしてこの変化は可逆的である。

Ball教授は、「ナイフやフォークを顕微鏡で調べると、似たような微細構造パターンが見えるでしょう」と言う。こうした変化が起こる仕組みを理解することが、望み通りのふるまいをする材料を作るのに役立つ可能性がある。「日常的に使用されるあらゆる種類の巨視的な金属材料は、その微細構造に左右されているのです」。Ball教授と実験研究者たちは、数学を使って、形状変化が起こるタイミングとその仕組みを理解し、予測してきた。Ball教授は、マルテンサイト変態はわずかな温度変化で起こるため、この現象を利用して、海洋などのわずかな温度変化から機械的運動が得られるかもしれないと言う。「莫大な量のエネルギーを取り出せるかもしれません」。

開催3日目からは、数学と材料科学の連携の将来の展望に関するフォーカスセッションとパネルディスカッションが行われた。さらに、これに続く2日間はAIMRジョイントリサーチセンターでの研究が集中的に取り上げられた。ケンブリッジ大学物理科学系スクール長でAIMR主任研究者のA. Lindsay Greer教授は、「材料科学分野で長年にわたって優れた業績をあげてきた東北大学は、理想的なパートナーです」と言う。ケンブリッジ大学とAIMRの連携は、非平衡材料に焦点を絞った研究から化学や数学へと広がっていて、今後、災害科学の分野にも連携を広げる計画がある。