生きた細胞膜での膜透過性ペプチドの取り込みをナノスケールで可視化

2021年03月26日

国立大学法人 東北大学
国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)
国立大学法人 金沢大学
国立大学法人 京都大学

生きた細胞膜での膜透過性ペプチドの取り込みをナノスケールで可視化

細胞膜で起こる様々な物質のやり取りや反応を直接観察可能に

発表のポイント

  • 細胞にダメージを与えないで微細構造を観察可能な走査型イオンコンダクタンス顕微鏡*1と、焦点面での蛍光像を取得できるスピニングディスク式共焦点レーザー顕微鏡*2の融合装置を開発。
  • ドラッグデリバリーなどに用いられる膜透過性ペプチド*3が細胞に取り込まれる時の形状変化(陥入構造)の直接観察に成功。
  • 蛍光標識が、膜透過性ペプチドによる細胞表面の形状変化に大きな影響を及ぼすことを発見。
  • 本成果は、膜透過性ペプチドの取り込み以外にも、エンドサイトーシス系による物質のやり取りや応答といった様々な反応の観察に有用。

概要

細胞表面を覆う膜(細胞膜)は、光では観察できない微小なスケールで、細胞と外環境の間の物質のやり取りを制御しています。この細胞膜の制御を突破し、ドラッグデリバリーなど特定の薬剤や物質を細胞内に輸送するためのツールの一つとして、細胞膜を透過できるペプチド(膜透過性ペプチド)が利用されています。しかし、ナノスケールで起きる細胞膜での物質の透過に関わる形状変化を観察することは難しく、膜透過性ペプチドの重要性に反して、細胞内に流入する過程の詳細や細胞膜の形態への影響は完全には理解されていません。

東北大学 学際科学フロンティア研究所 井田大貴助教、東北大学 材料科学高等研究所 熊谷明哉准教授、金沢大学 ナノ生命科学研究所 高橋康史教授、京都大学 化学研究所 二木史朗教授らの研究グループは、細胞にダメージを与えないで細胞表面のナノ形状を計測可能な走査型イオンコンダクタンス顕微鏡と、焦点面での標識分子動態を可視化できるスピニングディスク式の共焦点レーザー走査顕微鏡を融合した装置を開発、膜透過性ペプチドの流入領域で生じる形状変化を直接観察し、その詳細を明らかにしました。本研究成果は、分析化学の国際的な学術誌『Analytical Chemistry』にて3月25日(米国東部時間)に掲載されました。

詳細な説明

細胞膜は、物理的な境界として細胞の内と外を隔てる一方、物質のやり取りやシグナルの伝達など、マイクロ~ナノメートルスケールの変動により細胞と外環境を結び付けます。細胞膜を介した物質の輸送は高度に制御されているため、ドラッグデリバリーのように治療などで特定の薬剤や物質を細胞内に輸送するには、この制御を突破しなくてはなりません。膜透過性ペプチドは、ペプチドと輸送対象を結合させることで、細胞膜を透過して高効率に細胞内部へ物質を輸送できるツールの一つです。しかし、膜透過性ペプチドの重要性に反し、流入する過程の詳細や細胞膜の形態への影響は完全には理解されていません。

膜透過性ペプチドの流入のような、微小な形状変化を観察するには特別な手法が必要です。微細構造を測定可能な様々な技術が存在しますが、多くの手法は生きた細胞の観察には不向きで、細胞のナノスケールの自然な動きは未だに不明瞭な点が多いです。その中で、走査型イオンコンダクタンス顕微鏡(SICM)は、ダメージを与えないで細胞のナノスケール形状を観察できる手法の一つです。この手法では、先端が髪の毛の1/1000 (80-100 ナノメートル)程度の非常に細いガラスピペットを用いて、試料表面で阻害されるピペット先端のイオンの流れの変化を検知することで、形状を測定します。本研究グループでは、過去にSICMの高速化(Anal. Chem. 2017, 89, 11, 6015–6020)に取り組み、細胞の素早い動きも観察可能になりました。この高速SICMを用いることで、細胞膜の変動を観察できますが、膜透過性ペプチドの流入を観察するためにはペプチド自体も同時に観察しなくてはなりません。通常、化学物質の細胞への取り込み評価には、輸送対象に蛍光色素を標識し、焦点の合った領域だけの蛍光像を取得できる共焦点レーザー走査顕微鏡が用いられます。そこで、SICMとスピニングディスク式の共焦点レーザー顕微鏡を組み合わせた装置を開発し、ペプチドの流入を観察しながら、流入領域の形状変化を測定可能にしました。

本研究の結果、ペプチドを添加後に細胞表面で形成される数µmのコブ状構造の周辺からペプチドが細胞内に直接透過して広がる様子が蛍光から確認でき(左図)、そのコブの横に200 nm程度の陥入構造が見つかりました(右図)。この陥入構造は細胞内にペプチドが流入していない細胞ではほとんど観察されず、陥入構造と流入の間の強い相関が示されました。また、形状変化から流入を評価できることが示されたため、非標識のペプチドによる表面形状への影響を評価しました。その結果、細胞実験時に取り込みの評価を行うために広く使用される蛍光標識が、膜透過性ペプチドによる細胞表面の形状変化に大きな影響を及ぼすことが明らかになりました。他にも、低濃度時のペプチド流入経路であるマクロピノサイトーシス*4による取り込みも本手法によって形状変化を直接観察できました。

本研究で獲得した知見は、膜透過性ペプチドの流入機構のさらなる理解を深めるだけでなく、創薬などへの応用も期待されます。また、開発した装置は、膜透過性ペプチドに限らず、化学物質の取り込みや、細胞膜で生じる種々の現象を観察・評価できます。

図 本研究の模式図(左)とSICMによる形状測定結果(右)。
コブ状構造の脇に陥入構造があり、ペプチド流入との相関が示された。

なお本研究は、科学技術振興機構(JST)さきがけ(JPMJPR14FA, JPMJPR18H1)、CREST (JPMJCR18H5)、日本学術振興会 JSPS KAKENHI(17K19135、18H04403、18H04017、19H00993、19K23643、20H02582)、日本学術振興会 特別研究員、公益財団法人クリタ水・環境科学振興財団、公益財団法人三谷研究開発支援財団、一般財団法人イオン工学振興財団、公益財団法人 中谷医工計測技術振興財団、公益財団法人ノバルティス科学振興財団、公益財団法人 カシオ科学振興財団の支援を受けて行われました。

掲載論文

論文名: Nanoscale Visualization of Morphological Alteration of Live-Cell Membranes by the Interaction with Oligoarginine Cell-Penetrating Peptides
著者: Hiroki Ida, Yasufumi Takahashi, Akichika Kumatani, Hitoshi Shiku, Tomo Murayama, Hisaaki Hirose, Shiroh Futaki and Tomokazu Matsue
掲載誌名: Analytical Chemistry
DOI: 10.1021/acs.analchem.0c04097新しいタブで開きます
用語解説
*1 走査型イオンコンダクタンス顕微鏡
細胞への標識・接触を伴わない走査型プローブ顕微鏡技術。一般的な顕微鏡(光学顕微鏡)は光の性質上、200 nm以下の分解能で物体を観察できない。しかし、走査型イオンコンダクタンス顕微鏡はナノスケールに先鋭化したピペットで試料表面を走査することで、数十nmオーダーの空間分解能で形状測定できる。
*2 スピニングディスク式共焦点レーザー顕微鏡
共焦点顕微鏡は、焦点面の蛍光を限定的に取得可能な蛍光顕微鏡の一種。本研究では、スピニングディスクによってレーザーを走査するタイプの共焦点顕微鏡を使用した。
*3 膜透過性ペプチド
細胞と外環境を隔てる細胞膜を透過することができるペプチドであり、創薬などに応用されている。膜透過性ペプチドの流入は、大別すると高濃度時に起こる細胞膜を直接透過する経路(直接膜透過)と、低濃度時に起きる細胞の取り込み機構(マクロピノサイトーシス)を利用した経路の二つに分かれており、本研究ではその両者とも形状変化を可視化した。陥入構造はこのうち、直接膜透過による取込で観察された。なお、本研究では、アルギニンというアミノ酸が連なったペプチドを使用した。
*4 マクロピノサイトーシス
アクチン骨格が関与するエンドサイトーシスの一種。

問い合わせ先

研究に関すること

東北大学 学際科学フロンティア研究所
助教 井田 大貴(いだ ひろき)

Tel: 022-217-6160
E-mail: ida@tohoku.ac.jp

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東北大学 学際科学フロンティア研究所
URA 鈴木 一行(すずき かずゆき)

Tel: 022-795-4353
E-mail: suzukik@fris.tohoku.ac.jp

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米田 洋恵(よねだ ひろえ)

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保田 睦子(やすだ むつこ)

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E-mail: presto@jst.go.jp