分子の自己集合現象の解明に迫る物質群の存在を発見

2016年12月22日

東京大学大学院工学系研究科
科学技術振興機構(JST)
高輝度光科学研究センター
東北大学原子分子材料科学高等研究機構(WPI-AIMR)

分子の自己集合現象の解明に迫る物質群の存在を発見

-4価のゴールドバーグ多面体構造の合成に成功-

発表のポイント

  • 世界で初めて、4価のゴールドバーグ多面体構造をとる物質群の存在を発見し、人工的に作ることに成功しました。
  • これらの物質は、分子の自己集合現象における新たな法則性と、これらが与える新たな幾何形状から導き出された新事実です。
  • 自己集合の本質に迫る研究であり、タンパク質の超分子構造、あるいはウイルスの骨格構造などの巨大分子構造の設計に役立つことが期待されます。

発表概要

東京大学大学院工学系研究科の藤田大士特任研究員(科学技術振興機構さきがけ研究者 兼任)と藤田誠教授、およびその共同研究チーム[上田善弘特任研究員(現:京都大学化学研究所助教)、佐藤宗太東北大学原子分子材料科学高等研究機構(WPI-AIMR)准教授、水野伸宏研究員、熊坂崇副主席研究員(高輝度光科学研究センタータンパク質結晶解析推進室)]らは、世界で初めて、4価(それぞれの頂点に4つの辺が接続していること)のゴールドバーグ多面体構造(注1)を有する物質群の存在を発見しました。3価(各頂点に3つの辺が接続)のゴールドバーグ多面体はこれまでにも知られていましたが、4価のゴールドバーグ多面体が分子構造として「意味」を持つ事が明らかになったのは今回の研究が世界で初めてです(図1)。
4価のゴールドバーグ多面体構造を持つ物質群は、「分子が自発的に組み上がり複合体を形成」する「分子の自己集合現象」(図2)を詳細に研究する中で、新しい事実として見つかりました。発見された物質群は、言わば自己集合現象が自然の結論として導き出した分子構造であり、自己集合現象の本質と深く関わっています。
今回の研究成果は、一見複雑な現象もシンプルな原理で説明できるという自然の神秘に迫った基礎研究的な側面と、今後、機能を持った巨大分子構造を自己集合させる設計指針として役立つという応用的な側面の双方を兼ね備えた独創性の高いものです。

背景と課題

「次世代のものづくり」の方法論として研究されている、この自己集合とは、目的の全体構造を、多数のサブユニットの組み合わせにより実現する手法や現象のことをいいます(図2)。生体系においては、巨大な構造体を形作る際に用いられる手法であり、ウイルスの外骨格など多くの例が存在します(図3)。しかしこれに匹敵する人工系は存在せず、設計指針すら立ってないというのが実情でした。
本研究グループでは、金属イオン(M)と折り曲がり有機二座配位子(L)(注2)の自己集合をモデル系として用い、その挙動の理解を試みています(図4)。しかし、一般にその制御は困難で、とりわけ構成成分数が多い系においては、まったく手掛かりが得られていないのが実情でした。同研究グループは、自己集合生成物が受ける「幾何学的な制約」を自己集合制御の鍵と考え、金属イオン(M)中心を頂点、折り曲がり有機二座配位子(L)を辺とする「多面体」と捉えるアプローチにより、この理解と制御を目指しました。
具体的には、上下左右の4方向に結合部位を持つ金属イオン(M)と、金属イオン同士を架橋する湾曲した有機分子(L)を組み合わせて反応させると、用いた有機分子のわずかな構造の違いに応じて、M12L24組成の立方八面体やM24L48組成の斜方立方八面体が、自発的に組みあがることがこれまでに明らかにされています(図4)。しかしこの自己集合現象が、どこまで大きく複雑にしていけるのか、理論上の特定の限界点などは存在するのかなど、基礎的な部分が大きな謎に包まれていました。

成果の要点

本研究グループは今回、金属イオン(m)と有機二座配位子(l)などの金属錯体の自己集合系を単結晶x線構造解析(注3)にて詳細に観察することで、自己集合現象における新たな法則性と、これらが与える新たな幾何形状を発見しました(図5a)。この形状は、8枚の三角形および24枚の四角形から構成される対称性の高い構造で、一見、正多面体や半正多面体などよく知られた多面体群に含まれている形状に思えますが、グラフ理論(注4)に基づいた組み合わせ数学(注5)にてわずかに触れられている程度で、実在する物質としてはこれまで一度も報告のない珍しい幾何形状であることがわかりました。今回得られた形状は、正確には、「4価(各頂点に4つの辺が接続)のゴールドバーグ多面体」の1つとして表現されます(図5b)。
特筆すべきは、エネルギー的に最も低い構造として、この「4価のゴールドバーグ多面体」で分子の自己集合現象が起きた点です。
これより1つ価数を小さくした「3価(各頂点に3つの辺が接続)のゴールドバーグ多面体」は、自然界に現れやすい六角形タイリングをベースとしており、しばしば見受けられます。例えば、身近な製品で見られる構造としてはゴルフボールのディンプル配置や分子の世界の高次フラーレン類の構造などです。これに対し、4価のゴールドバーグ多面体は自然界ではあまり見かけられません。今回、1)平面四配位を好むパラジウムイオンを用いたこと、2)エネルギー的に最安定な構造を解として弾き出す自己集合のメカニズムを用いたこと、これら2点により、これまで注目されていなかった幾何構造が解明されました。
 「4価のゴールドバーグ多面体」は、辺、面、頂点数において、とびとびの値を取ることが知られており、今回観測された構造は、第4列の多面体に相当します(表1)。そこで本研究グループはこの設計指針に基づき、これまで誰も実現し得なかった100成分を超える自己集合に挑戦しました。具体的には、1つ大きい第5列の多面体の合成を目指し、より高い温度での自己集合を試みたところ、狙い通りの多面体形状を持った自己集合生成物が得られることが、X線構造解析により確認されました。
これらの研究を通し、自己集合による分子複合体設計(注6)において理屈上、特定の限界点が存在しない事が明らかになり、自己集合の設計指針確立に向けた原理解明がまた一歩進んだことになります(図6)。

 

今後の展開

今回の研究成果によって、ベールに覆い隠された自己集合の謎がまた1つ解明されました。これは、研究者が新たな自己集合を設計する際にひとつの大きな指針となるものです。今後、4価のゴールドバーグ多面体型の構造を持った、タンパク質の超分子構造、あるいはウイルスの骨格構造が発見される可能性もあります。準結晶(注7)の研究が、時を経て一大研究分野となったように、これまでまったく議論されていなかった4価のゴールドバーグ多面体型の分子が、新材料として脚光を浴び、新しい科学の発展につながることが期待されます。

謝辞

本研究のX線データの解析は、公益財団法人高輝度光科学研究センター (JASRI /SPring-8)タンパク質結晶解析推進室の熊坂崇副主席研究員および水野伸宏研究員ら研究グループとの共同研究によりSPring-8(注8)のBL38B1およびBL41XUで行われました。X線データの一部は、東北大学佐藤宗太准教授により高エネルギー加速器研究機構のフォトンファクトリーにて収集されました。

なお本研究は、個人型研究(さきがけ)「超空間制御と革新的機能創成」研究領域(研究総括:黒田 一幸 早稲田大学理工学術院 教授)における研究課題「自己集合が導き出す新規多面体群:物質合成と数学的考察」(研究者:藤田大士)および、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業ACCEL研究開発課題「自己組織化技術に立脚した革新的分子構造解析」(研究代表者:藤田誠(東京大学大学院工学系研究科 教授)、プログラムマネージャー:江崎敦雄(JST))の一環として行ったものです。

発表雑誌

  • 雑誌名:Nature
  • 論文タイトル:Self-assembly of tetravalent Goldberg polyhedra from 144 small components
  • 著者:Daishi Fujita, Yoshihiro Ueda, Sota Sato, Nobuhiro Mizuno, Takashi Kumasaka, Makoto Fujita
  • DOI:10.1038/nature20771(新しいタブで開きます)

用語解説

 

注1: ゴールドバーグ多面体
複数種の多角形を多面体様に規則配置した立体群。面の数が少ないごく一部の場合を除いて、ねじれた面により立体が構成される。通常は、六角形平面中に五角形/四角形/三角形を規則配置した多面体を指すことが多い。特に六角形と五角形の組み合わせは、高次フラーレンに現れる構造として知られている。
注2: 折り曲がり有機二座配位子 (L)
金属中心に配位する部位を二点有する有機分子。特に今回は、これら二点の配位部位が、「く」の字型に折れ曲がった剛直な構造によって接続されているのを特徴とする。(L:リガンド)
注3: 単結晶X線構造解析
均質な結晶にX線を照射し、その回折像から分子の3次元構造を再構築する解析方法。最も信頼性の高い分子構造決定法として知られる。
注4: グラフ理論
点とそれらを結ぶ線によって表される対象をグラフといい、このグラフの性質を分析するもの。多面体も、頂点同士を辺で繋いだグラフとして取り扱うことが可能。
注5: 組み合わせ数学
特定の条件を満たす要素からなる集まりを研究する数学の一分野。
注6: 分子複合体設計
分子の部品同士を組み合わせて全体の構造を構成するためには、車や機械の制作と同様に、前もって個々の部品を細かな部分まで設計する事が求められる。分子の寸法、形状、電子的性質などを、最終構造の実現に適した形で最適化する。
注7: 準結晶
2011年のノーベル化学賞を受賞したトピック。結晶ではないが非晶質でもない、第3の固体状態として注目を集めている。
注8: 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある、理化学研究所が所有する放射光施設で、その運転管理はJASRIが行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来します。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のことです。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究を行っています。

添付資料

pr_161222_01.jpg図1 3価(a)と4価(b)のゴールドバーグ多面体の構造の1例。3価では各頂点に3つの辺が接続するのに対し、4価では4つの辺が接続する。

pr_161222_02.jpg図2 自己集合現象の模式図。多数のパーツが自発的に組み合わさり、1つの大きな構造体を作る。

pr_161222_03.jpg図3 自然界における自己集合の例。ウイルスの骨格は、多数のタンパク質ユニットが自己集合することにより構成される。

pr_161222_04.jpg図4 金属イオンと有機二座配位子の自己集合例。金属イオンが留め金のような役割を果たすことで多面体形状を持った生成物が生成する。

pr_161222_05.jpg図5 a) 新しく見つかった自己集合生成物のX線構造解析結果。b) 8枚の三角形および24枚の四角形から構成される4価のゴールドバーグ多面体。

pr_161222_06.jpg表1 今回新たに見つかった物質は4列目(Q=5)の多面体形状を持った物質。そこでこの理論に基づき、5列目(Q=8)の物質の自己集合を試み、その合成に成功した。

pr_161222_07.jpg図6 4価のゴールドバーグ多面体群。色付きで示した左の5種が、実験で生成が確認された構造。この多面体系列は、特定の限界点はなく無数に存在する。

 

 

問い合わせ先

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藤田 誠(フジタ マコト)
東京大学大学院工学系研究科 応用化学専攻 教授

TEL/FAX : 03-5841-7259/03-5841-7257
E-MAIL : mfujita@appchem.t.u-tokyo.ac.jp

熊坂 崇 (クマサカ タカシ)・水野 伸宏(ミズノ ノブヒロ)
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