光から二倍の電荷を生成する「励起子分裂」のメカニズムを解明

2015年08月26日

東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)

光から二倍の電荷を生成する「励起子分裂」のメカニズムを解明

-太陽電池の高効率化に利用可能な現象-

概要

東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)の田村宏之助教はドイツ・ゲーテ大学およびベルギー・モンス大学と共同で、光を吸収した分子の結晶中で通常の二倍の電荷を生成する「励起子分裂」という現象が結晶の対称性の破れによって起こることを計算機シミュレーションによって理論的に解明しました。
有機半導体注1)の結晶が光を吸収すると「励起子」注2)と呼ばれる「正の電荷(正孔)と負の電荷(電子)の結合体」が生成します。有機太陽電池では、この励起子が異なる有機半導体の接合界面でフリーな電荷になることで光エネルギーが電流へ変換されます。通常の有機太陽電池では、「光子」と呼ばれる光のエネルギー単位から、一つの励起子(電子と正孔のペア)が生成されますが、分子結晶の中には、光吸収で生じた一つの励起子から二つの励起子が生成される「励起子分裂」と呼ばれる現象を起こすものがあります。この現象は近年では特に「有機太陽電池の電流を二倍にできる可能性がある」ということから注目を集めています。通常、光を吸収して生じる励起子は光とエネルギーのやり取りが可能な「一重項励起子」注3)という状態になり、光を放出して元の最安定電子状態へ戻り易い傾向があります。有機太陽電池では励起子が有機半導体の接合界面まで移動してフリーな電荷が生じるので、界面に到達する前に励起子が最安定状態へ戻ってしまうとエネルギー損失になります。励起子分裂で生成する二つの励起子は「三重項励起子」注4)という状態で、「光を放出しにくくエネルギー励起状態の寿命が長い」という特徴があります。三重項励起子は一重項励起子よりも1000倍長く分子結晶中を移動できるため、フリー電荷が生成する接合界面まで到達する効率を高めることが期待されています。励起子分裂の起こり易さは分子構造や温度に依存しますが、そのメカニズムは良く理解されていませんでした。
本研究グループは、量子力学注5)に基づいた計算機シミュレーションにより「隣り合う分子が対称軸をずらして重なった結晶は高速の励起子分裂を起こしやすく、対称に重なった結晶では熱振動による対称性の破れが励起子分裂を促進する」ということを明らかにしました。これは励起子分裂を起こす分子の設計指針として結晶対称性の重要性を示しています。本研究成果は、米国物理学会誌「Physical Review Letters」(オンライン版)に近日中に掲載されます。

研究の背景

有機半導体の結晶が光を吸収すると「励起子」と呼ばれる正の電荷(正孔)と負の電荷(電子)の結合体が生成します。分子結晶の中には、一つの励起子から二つの励起子が生成する「励起子分裂」を起こすものがあります。この現象は近年では特に太陽電池の電流を二倍にできる可能性があることから世界的に活発な研究が展開されています。
通常、光吸収で生じる電子励起状態は光とエネルギーのやり取りが可能な「一重項励起子」という状態になります(図1)。一重項励起子は光を放出して元の電子状態(基底状態)へ戻り易い傾向がありますが、有機太陽電池では励起子が有機半導体の接合界面で電荷生成する前に基底状態へ戻ってしまうとエネルギー変換効率を落とす原因になります。励起子分裂で生成する二つの励起子は「三重項励起子」という状態で、光を放出しにくく励起状態の寿命が長い特徴があります。三重項励起子は一重項励起子よりも1000倍長く分子結晶中を移動できるため、フリー電荷が生成する接合界面まで到達する効率を高めることが期待されます。
励起子分裂が起こるためには、まず二つの三重項励起子のエネルギーの合計が元の一重項励起子のエネルギーより低い必要があります。この条件を満たす分子でも、分子結晶の構造が異なると励起子分裂の起こり易さが変わります。例えば、「TIPSペンタセン」と「ルブレン」という分子は、どちらも炭素の六角形リングが平行に積み重なった結晶構造を取りますが、ルブレンの励起子分裂は温度が高いほど起こり易いのに対し、TIPSペンタセンは温度に依存せずルブレンよりも高速な励起子分裂を起こします。このような違いが生じるメカニズムはこれまで良く理解されていませんでした。

研究の内容

本研究では、分子による励起子分裂の起こり易さの違いを説明するため、分子結晶の対称性に着目しました。本研究グループは、高精度の電子状態計算と量子ダイナミックス計算注6)を用いて、TIPSペンタセン結晶中の励起子分裂をシミュレートしました。その結果、結晶中で隣り合うTIPSペンタセン分子が対称軸を僅かにずらして積み重なっていることにより(図2)、一重項励起子と二つの三重項励起子との相互作用が強まり高速な励起子分裂を起こしていることが分かりました。一方、隣り合う分子が対称に積み重なっているルブレン結晶中では、一重項励起子と三重項励起子の間で電子状態の重なりがキャンセルされるため、励起子分裂の速度がTIPSペンタセンより遅くなることが分かりました。この際、ルブレン結晶では熱振動による対称性の破れが一重項励起子と三重項励起子の相互作用を強めるため、温度が高くなるほど励起子分裂が速くなると考えられます。これらの結果により、本研究は、励起子分裂のメカニズムにおいて「分子結晶構造の対称性」が重要な役目を果たすことを明らかにしました。

今後の展開

有機半導体は化学構造の修飾により分子間の積み重ね構造が変化しますが、励起子分裂を起こす新しい分子を設計する上で、本研究により明らかになった「結晶対称性の知見」が活用されることが期待されます。本研究のような計算機シミュレーションは有機半導体の機能を理解し、材料設計の指導原理を得るために、今後、ますます重要性を増していくであろうと思われます。

参考図

 

pr_150826_01.jpg図1.励起子分裂の概念図。
(1)分子結晶が光を吸収し一重項励起子が生成する。(2)電荷が隣の分子へ移動する(中間状態)。(3)二回目の電子移動で二つの三重項励起子が生成する。TIPS-ペンタセン結晶中の励起子分裂は電荷移動状態を経た2ステップ電子移動で起こる。ルブレンの励起子分裂は二電子が同時に移動する1ステップ機構で起こる。

pr_150826_02.png図2.TIPSペンタセンとルブレンの結晶構造と電子状態の模式図。
TIPSペンタセン(上)は結晶中で隣り合う分子が対称軸(黄線)をずらして重なっている。ルブレン(下)は分子が対称に重なっており、この場合、隣り合う分子間の電子状態の重なりがキャンセルされる。ルブレンの励起子分裂は対称性を破る分子間振動(矢印)によって促進されるため、温度が高くなるにつれて効率的に起こるようになると考えられる。

論文情報

論文タイトル:First-Principles Quantum Dynamics of Singlet Fission: Coherent versus Thermally Activated Mechanisms Governed by Molecular π-Stacking
著者:Hiroyuki Tamura, Miquel Huix-Rotllant, Irene Burghardt, Yoann Olivier, David Beljonne
掲載雑誌:Physical Review Letters

用語解説

注1)有機半導体
折れ曲がるディスプレーや太陽電池の材料になる有機分子。
注2)励起子(れいきし)
物質中の電子が最安定状態より高エネルギーの状態へ励起された状態。マイナス電荷を持つ高エネルギー電子とプラス電荷を持つ正孔が静電引力で結合し空間的に重なっている。励起子は一定の寿命を経過するとエネルギーを放出して元の最安定状態へ戻る。有機太陽電池の発電過程では励起子が寿命内に有機半導体の接合界面まで移動する必要がある。
注3)一重項励起子
光と電子とのエネルギーのやり取りが可能な励起子。光エネルギーを放出して元の最安定状態へ戻る寿命が短い。
注4)三重項励起子
一重項励起子と磁気的性質が異なる励起子で、光エネルギーの吸収では直接生成しない。一重項励起子より元の最安定状態へ戻る寿命が長い。通常は、一重項から三重項への変換は遅いが、励起子分裂機構による三重項励起子の生成は高速で起こり得る。
注5)量子力学
光と物質との間のエネルギーのやり取りや、電子の動力学を記述する理論。
注6)量子ダイナミックス計算
本研究では量子力学の波動方程式を数値的に解いて励起子のダイナミックスを計算した。

問い合わせ先

研究に関すること

田村 宏之
東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)助教

TEL : 022-217-5938
E-mail : hiroyuki@wpi-aimr.tohoku.ac.jp

報道担当

清水 修
東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR) 広報・アウトリーチオフィス

TEL : 022-217-6146
E-mail : outreach@wpi-aimr.tohoku.ac.jp