「つるつる・くるくる」 カーボンナノチューブ分子内部の秘密

2014年05月27日

国立大学法人 東北大学 原子分子材料科学高等研究機構・大学院理学研究科
独立行政法人 科学技術振興機構(JST)

「つるつる・くるくる」 カーボンナノチューブ分子内部の秘密

-化学が解き明かすカーボンナノチューブの筒内平滑構造-

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分子ピーポッドの結晶内構造。内部のフラーレンは固体中でくるくると回転する。フラーレンは、さまざまな配置をとるものの、特異点となる炭素(球で示した原子)が存在する可能性までもが示唆された。

発表概要

国立大学法人東北大学・JST ERATO 磯部縮退π集積プロジェクトの磯部寛之教授の研究グループは、カーボンナノチューブにフラーレンがとり込まれた分子ピーポッドの固体状態の詳細な構造を解明しました。筒状の分子内に球状の分子が、あたかも「さやえんどう」のような形で入った炭素性物質「ピーポッド」は、1998年に初めて発見されて以来、その独特の分子形状や特異な物性に興味をもたれて研究されてきていましたが、原子の配列まで含めた精密な分子構造は未だ解明されておりませんでした。
発表者らは、ごく最近、単純な構造を持つ分子ピーポッドを開発し、分子運動が活発な溶液状態で、中に取り込まれたフラーレンが、抜け出ることができないほど強固に捕捉されていること、またチューブ内部で回転していることを見いだしていました。今回の研究で新たに、(1)通常の分子ならば動きを止めてしまう固体状態であっても、分子ピーポッドの内部にあるフラーレンが「くるくる」と回転していること、(2)分子構造を精密に解明できる高輝度X線回折による分析から、カーボンナノチューブ分子の筒の内部には極めて「つるつる(平滑)」な曲面が存在することを明らかにしました。内部が「つるつる」であることが、内部のフラーレンが「くるくる」と回転するための重要な構造要素であることを明らかにした結果です。固体中でも滑らかに回転するナノサイズの機械(分子機械)の自在設計を可能とするために重要な基盤となる知見です。

本研究成果のポイント

  • 固体状態でも、筒の中でこまのように「くるくる」と回るナノサイズのベアリング(分子ベアリング)を発見
  • 有限長カーボンナノチューブ分子は、内部に「つるつる」な曲面をもつ筒分子であることを解明

 

発表内容

「固体」は、定まった形と体積をもつ点で液体・気体とは異なる物質の三態のひとつで、その形が安定に保たれていることから、私たちの身の回りの「材料」として広く活用されています。とくに結晶固体は、固体内での原子・分子までもが規則正しく整然と並んだ特徴をもち、「堅くて、動かない」イメージそのものの物質です。今回、JST ERATO 磯部縮退π集積プロジェクトと東北大学の磯部寛之教授の研究グループは、この「堅くて、動かない」はずの固体内で「くるくる」と回る分子を発見しました。ボトムアップ化学合成(小さな構造から大きな構造を作り上げる化学合成法)によって長さを短く揃えた筒状のカーボンナノチューブ分子のなかに、球状のフラーレン分子を詰め込んだ、「分子ピーポッド」の固体状態の解析により得られた成果です。以前の研究から分子運動が活発な溶液状態で、フラーレンがカーボンナノチューブ分子の筒の中に極めて強固に捕捉されながら、チューブ内部で回転していることを明らかにしていました。今回の研究成果は、強固に捕捉された上に、さらに固体状態に置かれても「分子ベアリング」の内部のフラーレン回転子が、くるくると回ることを示したものです。研究グループでは、この固体をマイナス30度まで冷やしても、内部の回転子の運動が止まらないことを確認しています。近い将来、分子でできた機械を固体のなかに自在に設計できるようになるのではないかと期待させる研究成果です。研究グループではさらに、高輝度な放射光X線を使うことで、この結晶固体の精密な分子構造を解き明かしました。国内の放射光施設SPring-8および高エネルギー加速器研究機構KEK PF の最先端設備を活用したものです。現代では、電子顕微鏡など、さまざまな新しい分子構造を解析する手法が登場していますが、X線回折を使った構造解析法は、結晶固体内の原子の配置をもっとも精密・精確に決定できる方法です。X線回折から見いだされたのは、筒状分子の内部に「つるつる(平滑)」な曲面が存在することでした。幾何学的手法を用いた解析を活用することで、変曲点のない滑らかな曲面が確認されたものです(図1)。カーボンナノチューブは、筒状の分子構造をもっていることから、その内部には「つるつる」な曲面が存在することは理論的に予測される特徴でしたが、その構造的な特徴を実験的に実証した初めての例となります。このX線回折実験では、マイナス173度での分析を行うことで、内部のフラーレンの回転を停止することができましたが、より高温での回転運動を反映し、いろいろな配置のフラーレンが確認されました(図2~4)。この構造解析からは、不思議なことに、多様な配置のなかでも居場所が変わらない二つの炭素原子が見つかっています。この特異点の生成要因については、今後の解明が待たれます。「つるつる」の曲面をもつカーボンナノチューブ内部に、丸い球状分子を閉じ込めることで、固体状態でも「くるくる」と回る分子ベアリングをつくることができることを明示した研究成果です。

この研究は、JST戦略的創造研究推進事業ERATO「磯部縮退π集積プロジェクト」の一環として文部科学省「科学研究費補助金」の支援とともに実施されたものであり、学術雑誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS; Proceedings of the National Academy of Science of the United States of America)」電子版で公開されます。

研究者の氏名・所属:

佐藤 宗太
(さとう そうた)
JST ERATO磯部縮退π集積プロジェクト グループリーダー
東北大学原子分子材料科学高等研究機構 准教授
山崎 孝史
(やまさき たかし)
東北大学大学院理学研究科化学専攻 博士前期課程学生
磯部 寛之
(いそべ ひろゆき)
JST ERATO磯部縮退π集積プロジェクト 研究総括
東北大学原子分子材料科学高等研究機構 主任研究者
東北大学大学院理学研究科 教授

 

発表雑誌

米国科学アカデミー紀要(PNAS)誌
2014年5月27日の週に電子版公開予定
http://dx.doi.org/10.1073/pnas.1406518111(新しいタブで開きます)

論文名: Solid-state structures of peapod bearings composed of finite single-wall carbon nanotube and fullerene molecules

(和文:有限長単層カーボンナノチューブ分子とフラーレン分子とからなるピーポッド型ベアリングの固体構造)

 

用語解説

カーボンナノチューブ
飯島澄男教授(東北大学大学院理学研究科出身、現名城大学)が1991年に発見した、ダイヤモンド、非晶質、黒鉛、フラーレンに次ぐ5番目の炭素材料。グラフェンシートが直径数ナノ(10億分の1)メートルに丸まった極細チューブ状構造を有している。カーボンナノチューブはその丸まり方、太さ、端の状態などによって、電気的、機械的、化学的特性などに多様性を示し、次世代産業に不可欠なナノテクノロジー材料として、今なお、世界中で最も注目されている材料である。現在、入手可能なカーボンナノチューブは、さまざまな構造をもつものの混合物であり、IUPACにより「分子種」として定義される物質となっている。

フラーレン(C60
60個の炭素原子がサッカーボール状に結合した球状分子。1970年に大澤映二により予言され、1985年にKroto, Curl, Smalley により発見された.日本国内で工業的な大量生産が開始されており、安価・大量に入手可能な「ナノ物質」の代表。より多くの炭素からなる高次フラーレンや、内部に金属を含む金属内包フラーレンが存在する。近年では、さまざまな化学修飾により、性能・性状を特化させた機能性フラーレンの開発が進んでいる。
参考情報[東大式現代科学用語ナビ]

X線回折による構造解析法
原子・分子が整然と並んだ結晶固体にX線を照射すると、回折現象が起こる。回折後のX線を解析することで、回折格子となった原子の配置を精密に決定される。この手法を使うことで、金属や無機塩、有機分子のみならずタンパク質など多くの結晶固体の構造を解明されてきている。なお、2014年は、国際結晶学連合(IUCr)・ユネスコ(UNESCO)・国際科学会議(ICSU)により世界結晶年(International Year of Crystallography 2014)に制定されている。マックス・フォン・ラウエ博士によるX線回折現象の解明(1914年ノーベル物理学賞)、ヘンリー・ブラッグとローレンス・ブラッグ親子により初めての結晶内原子配列の解明(1915 年 ノーベル物理学賞)からおおよそ100年経ったことを記念するものである。
参考情報[http://www.iycr2014.jp/(新しいタブで開きます)

放射光(X線)
加速した電子の進路を磁場で曲げた際に生じるX線。輝度と指向性が高く、たんぱくなど複雑な分子の原子の配置を精確に決めるのに活用される。本研究では、回転停止後のフラーレンが4種の配置をとる複雑な分子構造をもっていたため、放射光を用いた解析が必須であった。
参考情報[http://www.spring8.or.jp/ja/about_us/whats_sr/(新しいタブで開きます)

変曲点
曲線が凸の状態から凹の状態に、または凹の状態から凸の状態に、変わる点。変曲点がない曲線・曲面は、曲がる方向が変わらない線・面であり、滑らかな曲線・曲面となる。

有限長カーボンナノチューブ分子
磯部寛之教授らの有限長カーボンナノチューブ分子に関する先行研究については、以下のプレスリリースをご参照ください:

カーボンナノチューブの有限長指標(ものさし)について(2014 年1 月22 日)

顔料からの伸長型有限長カーボンナノチューブの合成について(2013 年5 月22 日)

有限長カーボンナノチューブ分子を活用した溶液中のナノベアリングについて(2013 年1 月9 日)

世界初ジグザグ型カーボンナノチューブ分子の化学合成について(2012 年7 月18 日)

世界初らせん型カーボンナノチューブ分子の選択的化学合成について(2011 年10 月12 日)

添付図版

*電子ファイルのご要望は報道機関名とともにisobe@m.tohoku.ac.jpまでご連絡ください

pr_140527_04.bmp図1 幾何学的手法を用いたカーボンナノチューブ内の空間形状の分析結果。有限長カーボンナノチューブ分子が棒状分子模型で示され、内部の空間形状が色つき図で示されている。有限長カーボンナノチューブ分子に囲まれた部分(中央部分)は、一様に赤い表面となっており、変曲点(緑)が存在しない「つるつる」の曲面となっていることが明らかとなった。



pr_140527_05.bmp図2 急速冷却することで内部のフラーレンの回転を停止した結果、得られた分子ピーポッドの構造。くるくると回転していたフラーレンが急速に回転を停止させられたため、さまざまな配置のフラーレンが観測された。青い部分が有限長カーボンナノチューブ分子の壁。中央のフラーレンは配置の違いにより色分けされている。



pr_140527_06.bmp図3 急速冷却することで内部のフラーレンの回転を停止した結果、得られた分子ピーポッドの結晶構造。くるくると回転していたフラーレンが急速に回転を停止させられたため、さまざまな配置のフラーレンが観測された。青い部分が有限長カーボンナノチューブ分子の壁。中央のフラーレンは配置の違いにより色分けされている。(図2を上から見たもの)

pr_140527_02.jpg図4 分子ピーポッドの結晶内構造。結晶内では、有限長ナノチューブ分子の筒を揃えるように分子が一列に整列している。内部のフラーレンは、さまざまな配置をとるものの、場所が固定され特異点となる炭素(球で示した原子)が存在する可能性までもが示唆された。

問い合わせ先

磯部 寛之
東北大学大学院理学研究科 化学専攻 教授

TEL : 022-795-6585
E-MAIL : isobe@m.tohoku.ac.jp
Lab HP : http://www.orgchem2.chem.tohoku.ac.jp/(新しいタブで開きます)
http://www.jst.go.jp/erato/isobe/(新しいタブで開きます)

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