サメの歯の原子構造の可視化に成功

2014年01月29日

東北大学原子分子材料科学高等研究機構

サメの歯の原子構造の可視化に成功

-フッ素が歯を強くする原理を解明-
東北大・東大・東京医科歯科大の共同研究

概要

東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)の幾原雄一教授(東京大学教授併任)と陳春林助手および東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科の高野吉郎教授の共同研究グループは、世界最先端の超高分解能走査透過型電子顕微鏡注1)を駆使して、生体材料として最高硬度を持つサメの歯の最表面に存在するエナメル質注2)(フッ化アパタイト注3))の原子構造を、世界に先駆けて可視化することに成功しました。さらにサメの歯の原子構造に基づいて、スーパーコンピューターを用いた計算注4)を行い、エネメル質内部に入り込んだフッ素が強固な化学結合を形成することで、高い機械強度と優れた脱灰性を持った虫歯になり難い構造が自己形成されていることを発見しました。

研究背景と経緯

サメは、地球上の全ての生物の中で最も健康的な歯を持っていると言われています。特に歯の最表層は、エナメル質という生体材料の中で最も硬度が高い部分があり、小柱状のフッ化アパタイト(Ca5(PO4)3F)の結晶が規則的に配列して、多結晶体を形成して存在しています。歯学の分野では、エナメル質内に存在するフッ素が、歯質を強化し、脱灰(カルシウムが溶け出すこと)を阻止することで、虫歯予防に効果が認められると言われています。しかしながら、フッ素の役割は、経験則によって理解されていましたが、原子スケールでの直接的な挙動に至るまでの解明はここまでされてきませんでした。このようなフッ素添加による効果自体は既に知られておりましたが、フッ素が「どの場所に安定的にとどまり」、「どのように特性に影響を及ぼすか」など原子レベルでの理解が、フッ素による強化機構解明に必要となっていました。
これまでも特に電子顕微鏡法(TEM)によってその解析がなされてきましたが、フッ素の強化機構の鍵を握る「原子位置や元素分布、化学状態」までは、その性能(分解能力や元素識別能力)が低かったために観察することは困難でした。しかし、近年の球面収差補正器の発明や走査透過型電子顕微鏡(STEM)の技術および各種イメージングの技術革新によって、高輝度かつ1Å(0.1nm)を切る極細プローブを実現するだけでなく、高い原子直視性、優れた組成識別能を持った電子顕微鏡像が得られるようになってきました。さらに、最先端の走査透過電子顕微鏡法では、原子の散乱能の低い軽元素のイメージングなど、究極的には水素(H)さえも捉えることができるようになってきました。生体材料の主要な成分は軽元素であり、イメージングのハードルは徐々に低くなりつつありました。
このような背景の下、本研究では、最先端の超高分解能走査透過電子顕微鏡技術とスーパーコンピューターによる大規模な構造モデル計算を併用することによって、このような軽元素を主成分に持つサメの歯に存在するフッ素の原子位置を同定し、フッ素による強化メカニズムを原子レベルで解明することにありました。

研究内容と展開

今回、幾原教授と陳助手らは、東京大学および東京医科歯科大学のグループと共同で元素識別可能な、球面収差補正器搭載走査透過型電子顕微鏡を用いて、サメの歯の最表面層であるエナメル質のフッ化アパタイト(Ca5(PO4)3F))結晶の原子構造解析を試みました。
サメの歯に含まれるフッ素の割合は5~8wt%と微量ですが、低倍で組成分析(エネルギー分散型X線分光)を行ったところ、表面層の薄いエナメル質の領域にフッ素が局在し、表面層領域に極めて高密度で存在していることがわかりました。さらにこのエナメル質の内部では、図1のように、低倍の電子顕微鏡像観察で、長さが数ミクロンサイズの柱状構造の結晶を持って、それぞれの長軸方向が平行になるように配列して、多くの結晶が集合した多結晶体を形成していることがわかりました。この長軸方向は六方晶構造を有すCa5(PO4)3F結晶のc軸([0001]軸という)に対応し、歯による咀嚼方向とほぼ一致して、構造的に高い機械強度を保っている様子がわかります。
この一つの小柱状エナメル結晶(Ca5(PO4)3F)内部の原子構造観察を、球面収差補正器搭載走査透過型電子顕微鏡を用いて行いました。しかしながら、極微細プローブが得られる最先端電子顕微鏡の利点とは裏腹に、収束電子ビームによる試料損傷の問題が生じてしまいました。80kV程度の低加速電圧に下げることで、損傷の低減が可能ですが、分解能の低下の問題が生じてしまいます。この生体材料では、構造的に200kVの加速電圧で得られる空間分解能が必要でありました。このように困難であった生体材料の構造観察を、高速計測および低ドーズイメージング手法を適用することで、世界に先駆けて可視化することに成功しました。結果として、結晶を構成するフッ素原子や酸素原子などの軽元素をほぼ試料損傷なく捉えられ、サメの歯のエナメル質内の微細構造を同定することに成功しました。その結果を図2に示します。図2(a)は、高角度環状暗視野法(HAADF)によるSTEM像(以降HAADF-STEM像と呼びます)ですが、このコントラストは比較的に重い原子であるカルシウム原子のコントラストが白い輝点として捉えられ、サイトによって異なる原子密度を持って存在していることがわかります。一方、図2(b)は、環状明視野法(ABF)によるSTEM像(以降ABF-STEM像と呼びます)ですが、このコントラストでは、軽元素のフッ素原子、酸素原子やカルシウム原子の位置までが黒い点として観察できました。図のCaで構成される六角形の中心に位置する黒い点がフッ素原子カラムです。図(d)の計算像では、その位置がより明確に観察できます。このように得られた構造から、原子構造モデルを構築し、その化学結合状態の様子をスーパーコンピューターによる理論計算によって解析しました。その結果、カルシウム原子が形成する六角形の中心にフッ素原子が存在することで、フッ素が共有結合的な強固な化学結合を形成していることが明らかとなりました。この共有結合の形成により、サメの歯の機械的強度を強固にしているだけでなく、脱灰を阻止し、虫歯を予防しているというメカニズムが明らかになりました。
上述したような構造は、生体材料内部で歯を構成するアパタイトの結晶が作られる際に、フッ素原子がその結晶内に取り込まれていくことにより形成されるものと推定されます。スーパーコンピューターによる理論計算の結果は、この構造はエネルギー的にも非常に低く、安定構造であることも判明しています。これが、歯に一番負担のかかる最表面層に自己形成されるという今回の発見は、「フッ素原子が自ら意志を持っているかのように移動して、結晶構造内に入り込む現象」であり、まさに自然の神秘を再認識させられる結果といえます。
本成果を起点に、人体の歯の研究にも応用し、歯質強化や虫歯予防の今後の研究に活かせることが期待されます。また、今回のような最先端電子顕微鏡法と理論計算による解析手法が、生体材料についても広く応用されることも期待できます。
本成果は、2014年1月20日(ドイツ時間)に独科学誌「Angewandte Chemie (アンゲワンドテ・ケミー)」オンライン版で公開されました。なお、本研究は、文部科学省によるナノテクノロジープラットフォーム事業の一環として実施されました。

参考図

pr_140129_02.png図1 (a)サメの歯. (b-c)柱状に配列したエナメル質の明視野TEM像と電子回折像(小柱の長軸断面方向から観察). (d-e)長軸方向から観察したエナメル質の明視野TEM像と電子回折像



pr_140129_03.png図2小柱状結晶の長軸方向から観察した(a)HAADF-STEM像: Ca1サイトはCa2より2倍原子密度が高くなっている. (b)ABF-STEM像: FサイトはCa2サイトで形成される六角形の中心に位置する. (c)計算HAADF像. (d)計算ABF像

用語解説

注1) 超高分解能走査透過電子顕微鏡
0.1ナノメートル(1億分の1センチメートル)程度まで細く絞った電子線を試料上で走査し、試料により透過散乱された電子線の強度で試料中の原子を直接観察する装置
注2) エナメル質
歯の最表面を覆う生体材料で最も硬い石灰化組織。柱状のアパタイト結晶が、それぞれの長軸を並行に配列するように成長している多結晶体。
注3) フッ化アパタイト
エナメル質を構成する、柱状の結晶。六方晶構造。燐酸塩鉱物の一種(Ca5(PO4)3F)で、火成岩や変成岩と同様の構造。
注4) スーパーコンピューター
一般的なコンピュータより極めて高速なコンピュータで大規模な原子構造モデルの数値計算やシミュレーションが可能。気象予測でも使われている。

論文情報

タイトル : “Fluorine in Shark Teeth: Its Direct Atomic-Resolution Imaging and Strengthening Function”
(サメの歯のフッ素原子の直接観察と強化機構解析)
著者 : Chunlin CHEN, Zhongchang WANG, Mitsuhiro SAITO, Tetsuya TOHEI, Yoshiro TAKANO, and Yuichi IKUHARA
雑誌名 : Angewandte Chemie、2014年1月20日 電子版

 

問い合わせ先

研究に関すること

幾原 雄一 (イクハラ ユウイチ)
東京大学大学院工学系研究科総合研究機構 教授
東北大学原子分子材料科学高等研究機構 教授

住所 : 〒113-8656
東京都文京区弥生2-11-16
TEL : 03-5841-7688
E-MAIL : ikuhara@sigma.t.u-tokyo.ac.jp

王 中長 (ワン チョンチャン)准教授
斎藤 光浩 (サイトウ ミツヒロ)助教
東北大学原子分子材料科学高等研究機構

住所 : 〒980-8577
宮城県仙台市青葉区片平2-1-1
TEL : 022-217-5933
E-MAIL : zcwang@wpi-aimr.tohoku.ac.jp
saito@wpi-aimr.tohoku.ac.jp

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