原子の「坑道」が作る究極のナノ磁石

2013年04月03日

原子の「坑道」が作る究極のナノ磁石

-磁気メモリ等のピン層面積を1万分の1に-

概要

東京大学 大学院工学系研究科の幾原雄一教授(兼 東北大学AIMR主任研究者)、柴田直哉准教授、杉山一生大学院生らの研究グループは、東北大学AIMRの王中長助教および名古屋大学の山本剛久教授と共同で、代表的な反強磁性体(注1)である酸化ニッケルに線上の格子欠陥である転位(注2)を導入すると、転位が4T(テスラ)を超える保磁力を有する硬質な強磁性となり、その強磁性が転位にそって導入されたNi空孔(注3)によるものであることを明らかにしました。

微細なデバイスを開発する際、これまでは非常に薄い膜を作製する、一次元の細線を削りだすなど、より小さな構造を人工的に作り出すための研究開発が世界中で行われてきました。これに対し、本研究では自然界に存在する微細な一次元の構造であり、結晶中で原子が「坑道」を構成したような構造を取っている転位に着目し、これに物性を付与することでデバイス応用へと結びつけることを着想しました。多数の転位を有する酸化ニッケル薄膜を、パルスレーザー堆積法(注4)を用いて作製(特願2012-170951)し、転位一本一本の磁気物性を調べることが出来る磁気力顕微鏡(注5)により観察することで、各転位がそれぞれ強磁性を示していることを世界に先駆けて発見しました。また、転位における強磁性は、磁石のN極とS極を反転させるために必要な力に相当する保磁力が4Tを上回っており、市販されている硬質な永久磁石であるネオジム系磁石の保磁力が1T程度であるのと比較して、非常に硬質な磁性を付与することに成功しました。更に、最先端の収差補正走査透過型電子顕微鏡(注6)による原子構造の観察と、電子エネルギー損失分光法(注7)を用いた電子状態の解析、スーパーコンピューターを用いた理論計算を組み合わせることにより、転位における強磁性が、転位に沿って導入されたNi空孔(注3)によるものであることを明らかにしました。

硬質な強磁性体は、磁気メモリや磁気演算素子のピン層として応用されており、本研究で得られた転位は現在実用されているピン層と比較して、面積が1万分の1程度であることから、磁気メモリや磁気演算素子を含む次世代スピントロニクスデバイスの微細化・高集積化に大きく寄与することが期待されます。

本研究成果は英国科学誌ネイチャー・ナノテクノロジー「Nature Nanotechnology」の掲載に先立ち、2013年3月24日(英国時間:日本時間25日(月))のオンライン速報版で公開されました。本研究は、文部科学省の特定領域研究“機能元素のナノ材料科学”の一環として行われました。

研究の背景

半導体デバイス、スピントロニクスデバイスを始めとして情報社会の根幹を担う演算素子、記憶素子には、恒久的な情報化の進展に伴って常に小型化、省電力化が求められています。このような要請に、従来の半導体プロセス等では、デバイスを「彫り出す」手法の微細化で対応してきました。しかしながら、これらの手法による微細化は限界を迎えつつあり、原子スケールで動作するデバイスの研究開発が急ピッチで進められています。なかでも、東京大学の同グループは過去に、様々な材料中に自然に存在している一次元の線状欠陥である転位(注2)を活用した原子レベルの導線を開発しており、今回の成果はこの技術を発展させ、はじめて磁性細線を実現したものです。

転位は、磁気的性質の観点からは、これを阻害するものとして材料から排除するための努力がなされてきました。しかしながら、個別の転位を見た場合には、周囲と異なる磁気特性を持っているために微細磁気デバイスへと応用できる可能性を秘めています。しかしながら、転位が幾つかの材料で磁気物性の起源となっていることは指摘されていながらも、その物性を直接的に明らかにした報告はこれまでにはありませんでした。

研究の成果

本研究では、結晶の格子間隔が異なる基板上に、パルスレーザー堆積法(注4)を用いて酸化ニッケルの薄膜を成膜することで、精緻に制御した多数の転位を酸化ニッケル単結晶薄膜中に導入することに成功しました(特願2012-170951)。一本一本の転位の磁気物性を、磁気力顕微鏡(注5)を用いて調べたところ、転位が磁石としての性質を持つ、強磁性を示していることが明らかになりました。更に、磁場を逐次印加し、除荷した後に磁気力顕微鏡観察を行ったところ、4Tの磁場を印加した後の測定と、5Tの磁場を印加した後の測定で転位における磁石としての性質が反転していることがわかりました。これは、磁石の極性を反転させるのに必要な外部磁場を示す保磁力が4Tを超えることを意味しており、原子レベルの局所領域においても、バルク領域と同等以上の電子相関に基づく物性が発現可能であることを示した成果であると言えます。

更に、電子線エネルギー損失分光(注7)により、転位コアにおいてのみ、Ni空孔(注3)の存在が確認され、図3(c)-(e)に示すように、Ni空孔を転位にそって導入することで、転位における強磁性をよく説明できることがわかりました。原子分解能で構造解析を行うことが出来る手法である、最先端の球面収差補正装置を搭載した走査透過型電子顕微鏡(注6)を用いて転位の構造を決定し、この構造を元にスーパーコンピューターを用いて理論計算を行ったところ、前述のモデルで強磁性となることが確認されました。

展望、社会的意義

直径1nm(1万分の1mm)以下の領域において反強磁性相によって拘束を受けた硬質な強磁性相の作製に成功したことで、磁気メモリを始めとする様々な磁気デバイスで用いられている「ピン層」の面積を現行プロセスの1万分の1程度にまで微細化することが出来ます。また、本研究成果は電子相関を必要とする物性を、自然界に存在する欠陥である転位において発現させることに成功した初めての例であり、他の物性を必要とするデバイスを、転位を用いてナノメートルオーダーにまで微細化出来る可能性を示しています。

用語説明

(注1) 反強磁性体
電子の磁性に相当する「スピン」が、隣り合う原子同士で必ず反対方向となるように配列することで磁石としての性質を打ち消し合い、材料全体として磁気的な性質を示さないものを指します。
(注2) 転位
結晶中一次元の格子欠陥。通常、結晶中では原子が周期的に配列していますが、この周期的な配列が乱れる領域があり、これを格子欠陥と呼びます。転位は、この格子欠陥のうちで一次元あるいは線状であるものを指します。図1(a)の模式図のように、格子の乱れが奥行き方向に連なり、局所的に空間が広がった「坑道」のような構造をとります。
(注3) 空孔
格子欠陥の一種で、結晶中の本来原子があるべき位置に原子がない欠陥。
(注4) パルスレーザー堆積法(PLD)
強力なレーザーをターゲット物質に照射し、ターゲット物質をプラズマ化して対面に設置した基板上に堆積させる薄膜成膜手法のこと。融点が高い酸化物等の薄膜を組成の再現性よく成膜することが出来ます。
(注5) 磁気力顕微鏡(MFM)
先端が数nm以下にまで先鋭化された針を用いて、表面を撫でるように走査して凹凸情報を取得する原子間力顕微鏡(AFM)の派生手法で、前述の針に強磁性体のコーティングを施すことで、試料から漏れ出る磁場の勾配を力として検出することができます。試料中の磁気分布を観察する手法としては、空間分解能の高さに特徴があります。
(注6) 走査透過型電子顕微(STEM)
0.1 nm以下にまで収束した電子プローブを試料に照射・走査し、原子による散乱を利用して原子像を取得する電子顕微鏡のこと。特に試料を透過しかつ高角度に散乱された電子のみを用いたZコントラスト法は原子位置に加え原子種の情報が同時に得られるため、最も広く利用されている顕微鏡法のひとつです。
(注7) 電子エネルギー損失分光(EELS)
電子が試料中を透過する際にエネルギーの一部が原子に吸収されるため、エネルギーを失います。これを計測することによって各原子の原子種に加え電子状態を分析することが出来る手法です。

添付資料

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図1 (a)転位の模式図と(b)結晶中に導入された線状の磁石を模式的に示すアクリル製模型の写真。実際には、各磁石は直径1ナノメートル(1万分の1ミリメートル)に満たない大きさです。

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図2 (a)格子定数が異なる基板上に薄膜を成膜することで、自発的に転位が導入されることを示す模式図。(b)図2(a)の薄膜上方向から、図中矢印方向にわずかに傾けて撮影した透過型電子顕微鏡像。図中に多数観察されている黒い点が転位に相当します。(c)薄膜表面の原子間力顕微鏡像。表面の高さを観察しており、明るいところが周囲と比べて高く、暗いところが低い領域を表します。暗い点がいくつも観察されており、表面に多数のくぼみがあることがわかります。これらの窪みが転位に相当します。(d)図2(c)の原子間力顕微鏡像と同時に取得した磁気力顕微鏡像。図2(c)に観察されている転位の位置で周囲と異なる磁気応答が観察されていることがわかります。この像より、転位が強磁性(磁石としての性質)を示していると判断できます。

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図3 (a)転位における原子分解能HAADF-STEM像。各輝点がNiとOが重なった原子カラムを表しています。図1(a)の模式図に似た構造が観察されていることがわかります。(b)転位直上とバルク領域における電子線エネルギー損失分光スペクトル。転位においてのみ、矢印で示したNi空孔を表すピークが観察されています。(c)-(e)転位におけるスピン配列の模式図。紫で示したバルク領域では上向きスピンと下向きスピンが交互に配列し、磁石としての性質を持ちませんが、オレンジで示した転位コアにおいては下向きスピンのNiサイトに空孔が導入され、下向きスピンよりも上向きスピンの数が多くなることで強磁性を発現しています。

 

論文情報

Issei Sugiyama, Naoya Shibata, Zhongchang Wang, Shunsuke Kobayashi, Takahisa Yamamoto, Yuichi Ikuhara, "Ferromagnetic dislocations in antiferromagnetic NiO" Nature Nanotechnology 8, 266–270 (2013) (Abstract)(新しいタブで開きます)

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