モデルの「見切り」

真鍋さんが昨年ノーベル賞を受賞されたことに伴い,複雑な現象とそのモデル化,さらにその数値実験の役割について,多くの考察が出てきた.数学セミナー2月号でも少し述べたが(「まねる」ことから見る数理モデル」数学セミナー2月号,vol.61, no.2 (2022)),気候現象は階層的かつ複雑であり,どこまでの情報を,どれくらい精密に計算すれば,欲しい結果が出せるのか,前もって判断することは難しい.1960年代は計算機の資源も乏しく,世界でも自由に使える人はかなり限定されていただろう.むしろそのような制約下で,モデルを適切に「見切る」ことにより,定性的に正しい結論を得ることは,多くの示唆と,考え方の方向性を与えてくれる(雑誌「科学」5月号(2022年)に木本昌秀氏の「するどい見切り,真鍋スタイル」という記事があり,そこでの「見切り」という言葉をここで使わせていただいている).再現性のよさ,実際のデータとのズレを最小限にすることを目標にするならば,見切ることで失うものは大きく,受け入れられないだろう.しかしモデルの感度,つまり外的要素が変化したときに,モデルはどう反応するだろうか,を定性的に,かつなるべく仕組みがわかるように理解したければ,この見切りは不可欠になるだろう. 有名な1次元対流モデルは,二酸化炭素が倍増すれば,気温がどれくらい上昇するかを(定性的に)見事に予測している.ある程度丁寧に説明すれば,科学者でなくともそのシナリオは理解できるであろう.ポアンカレは解を厳密に解くのではなく,定性的にかつ長時間挙動を知ることができる力学系的見方を提案した.これにより大域的にロバストな構造を捉えることができ,「予測する」ということの意味をラプラスから大きく飛躍,発展させた.数学・数理科学の様々な手法は,これら一群の「見切りモデル」でその潜在的力がまだまだ発揮できると思われる.さらにより精密かつ大規模モデルの平均化極限がその見切りモデルになっているならば,やはり複雑モデルを扱う上で,大きな指針となるであろう.

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