ニューロンとシナプスの動作を再現する変幻自在なスピントロニクス素子を開発

2019年04月17日

東北大学電気通信研究所
東北大学先端スピントロニクス研究開発センター
東北大学スピントロニクス学術連携研究教育センター
東北大学国際集積エレクトロニクス研究開発センター
東北大学材料科学高等研究所

ニューロンとシナプスの動作を再現する変幻自在なスピントロニクス素子を開発

~脳を模した革新的情報処理への応用に期待~

発表のポイント

● 電気抵抗を多様に制御できる新型スピントロニクス素子を開発
● 脳において高度な情報の処理・記憶・学習を可能としているニューロンとシナプスの動的な振る舞いを開発した新型スピントロニクス素子で再現
● 脳を模した柔軟性とエネルギー効率に優れた情報処理が可能なコンピュータへの発展に期待

概要

国立大学法人東北大学電気通信研究所の大野英男教授(現総長)、深見俊輔准教授、アレクサンダー・クレンコフ学術研究員、堀尾喜彦教授らは、脳の神経回路網を構成するニューロンとシナプスに似た動作を示す新型のスピントロニクス素子を開発しました。この素子を用いることで生体の神経回路の機能を人工的に実現でき、それを発展させることで人間の脳のように柔軟な認識や判断、学習や記憶ができ、かつ常に変化する環境への適応性やエネルギー効率に優れた全く新しいコンピュータの実現へと繋がっていくものと期待されます。

東北大学は、電子の持つ電気的性質と磁気的性質の二つを高度に利用するスピントロニクスと呼ばれる学術分野を重点分野としています。今回、研究グループはスピントロニクスの原理を駆使することで、電気的な入力に対して従来にはない変幻自在な挙動を示す材料系を開発しました。そしてこの材料系からなるスピントロニクス素子によって、脳神経回路の重要な基本構成要素であるニューロンとシナプスの振る舞いを再現することに成功しました。

本研究成果は2019年4月16日(日本時間)に欧州の科学誌「Advanced Materials」のオンライン版で公開されました。

詳細な説明

パソコンや携帯電話などの電子機器の頭脳である集積回路は長年に渡って飛躍的な発展を遂げ、今日の高度情報化社会の基盤となっています。一方で人間の脳は、現在普及している集積回路とは全く異なる構造と情報処理様式を用い、極めて小さなエネルギーによって認識や判断、学習や記憶など高度な情報処理機能を実現しています。そこで、情報処理装置に脳の神経回路網(ニューラルネットワーク)(注1)の構造や動作機構を取り入れることでその性能を向上させようとする取り組みが近年活発になっています。

脳の模倣の仕方には様々な方法が考えられます。脳の情報処理様式にヒントを得たプログラムを既存のハードウェアで実行するディープニューラルネットワーク(注2)などの人工知能と総称される技術は、すでに社会の多くの場面で利用されています。一方で、その対極に位置する模倣形態の一例が本研究の対象であるスパイキングニューラルネットワーク(注3)です。ここでは、脳の基本構成要素であるニューロン(注4)とシナプス(注5)の時間的な応答までをも再現できる新概念のハードウェアユニットが必要となります。ニューロンとシナプスを同じ材料で同時に形成できれば、スパイキングニューラルネットワークハードウェアの実現が容易になりますが、ニューロンとシナプスはその機能が互いに大きく異なっているため、これまでは全く異なる材料を用い、それらに似た挙動を示す素子の開発が別々に行われてきました。

本研究では、当研究グループが以前に開発した反強磁性材料と強磁性材料を積み重ねた材料系を用い、それを微細加工することで、ニューロンに必要な機能を発現する素子とシナプスに必要な機能を発現する素子を同時に形成できることを示しました。そしてニューロンの典型的な機能である積分発火(注6)(図1)や、学習と記憶におけるシナプスの特徴的な機能であるスパイクタイミング依存可塑性(注7)(図2)に似た動作を、スピン・軌道相互作用と呼ばれる量子相対論的効果を利用することで実現できることを実証しました。

スパイキングニューラルネットワークは、現在の人工知能と比べて、時間的な変化が重要な情報の処理や予測などに特に有用であると考えられています。今回の研究によって、スパイキングニューラルネットワークの基本構成要素である人工ニューロン素子と人工シナプス素子がスピントロニクスの原理を用いて実現できることが示されました。今後、これらの基本構成要素を組み合わせた回路ユニット、ブロック、システムへと発展させていくことで、音声や動画などに代表される時間的に変動する情報を低消費電力で高速に処理できるシステムや、学習と記憶によって使えば使うほど賢くなっていく、使う人や環境への適応性に優れた情報処理端末などの実現へと繋がっていくことが期待されます。

本研究の一部は、日本学術振興会・科学研究費助成事業・特別推進研究17H06093「スピントロニクスを用いた人工知能ハードウェアパラダイムの創成(代表:大野英男)」、国際共同研究強化(B)18KK0143「反強磁性ヘテロ構造におけるスピン軌道トルク磁化反転の空間・元素・時間分解観察(代表:深見俊輔)」、日本学術振興会・研究拠点形成事業「新概念スピントロニクス素子創製のための国際研究拠点形成」、科学技術振興機構・産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム(OPERA)「世界の知を呼び込むIT・輸送システム融合型エレクトロニクス技術の創出(領域統括:遠藤哲郎)」、東北大学電気通信研究所共同研究プロジェクトの助成を受けて行われたものです。また本研究で用いた試料は東北大学電気通信研究所附属ナノ・スピン実験施設にて作製されたものです。

図面

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図1) ニューロン(左下)とその特徴的な機能である積分発火(左上)の模式図。入力されるスパイク信号の頻度や数が多い場合にスパイクを発生(発火)する確率が非線形に増大する。右側の2つのグラフは、今回開発したスピントロニクス素子での実験結果。磁化反転確率の変化の様子がニューロンの積分発火特性と類似した振る舞いを示していることが分かる。

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図2) シナプス(左上)とその特徴的な機能であるスパイクのタイミングに依存した信号伝達効率の変化(可塑性)(左下)の模式図。右側のグラフは、今回開発したスピントロニクス素子での実験結果。抵抗変化量がシナプスのスパイクタイミング依存可塑性と類似した振る舞いを示していることが分かる。

用語解説

注1)神経回路網(ニューラルネットワーク)
脳を構成する神経細胞(ニューロン(注4))のネットワーク。ニューロンの出力端子である軸索が、接続部であるシナプス(注5)を介して別のニューロンの入力部である樹状突起と接続されている。また、このような脳の構造や情報処理様式を模した数理モデルやハードウェアのことを人工神経回路網(人工ニューラルネットワーク)と言い、単にニューラルネットワークという場合もある。
注2)ディープニューラルネットワーク
入力情報を非常に多数のステップ(ニューロンからなる層)により順次処理する形式のニューラルネットワーク。現在では、既存の、あるいは、特別な構造のコンピュータハードウェアで処理されることが多い。
注3)スパイキングニューラルネットワーク
ニューロン(注4)が発生するスパイク状の出力(活動電位)を信号として用いるニューラルネットワーク。このニューラルネットワークでは、ニューロンやシナプス(注5)の時間的な応答、例えば、後述するLeaky integrate-and-fire特性やSpike-timing-dependent plasticityなどが重要になる。これらの機能を実装することで、既存のデジタルコンピュータのようにクロックを用いず、非同期的に情報の処理や状態の更新が可能となる。
注4)ニューロン(神経細胞)
神経回路網を構成する細胞の一つ。例えば、入力されるスパイク列の積分発火(注6)機能などを有する。人間の脳には1011個以上のニューロンがあると言われている。活動状態を大きく分けると発火(出力スパイクを出している状態)と非発火(それ以外の状態)の二つの状態がある(全か無かの法則)。
注5)シナプス
神経回路を構成する神経細胞間の接合部の構造のこと。シナプスの信号伝達特性の変化により、ニューロン間の信号の伝達のしやすさ(結合強度)がアナログ(連続)的に変化する。人間の脳には1015個以上のシナプスがあると言われている。
注6)積分発火
ニューロンの持つ機能の一つであり、英語ではIntegrate-and-fireと言われる。接続されている他のニューロンからの信号の時間的な総和(時空間積分)がある閾値を超えるとスパイクを生成(発火)し、軸索からシナプスを通して他のニューロンの樹状突起へと伝わる。ニューロンの細胞膜にはリーク(漏れ)があるので、積分は漏れ付きの積分となる(Leaky integrate-and-fire)。この積分動作のため、スパイク発火の起こりやすさは、入力されるスパイクの総数やその頻度、あるいは強度(シナプス結合の大きさ)に依存する。
注7)スパイクタイミング依存可塑性
シナプスの結合強度の変化特性一つであり、英語ではSpike-timing-dependent plasticityと言われる。シナプスの前後に位置する二つのニューロンの発火のタイミングに依存してシナプスの結合強度が更新される機能。多くの場合、前側に位置するニューロンが発火した後で後側に位置するニューロンが発火した場合、シナプスの結合強度は強化される。逆の順番で発火が起こった場合にはシナプスの結合強度は弱くなる。結合強度は一定期間保持される。

論文情報

Title: “Artificial neuron and synapse realized in an antiferromagnet/ferromagnet heterostructure using dynamics of spin-orbit torque switching”
Authors: A. Kurenkov, S. DuttaGupta, C. Zhang, S. Fukami, Y. Horio, and H. Ohno
Journal: Advanced Materials
DOI: 10.1002/adma.201900636(新しいタブで開きます) (2019)

問い合わせ先

● 研究に関すること

東北大学電気通信研究所
准教授 深見 俊輔

電話: 022-217-5555
E-mail: s-fukami@riec.tohoku.ac.jp

● 報道に関すること

東北大学 電気通信研究所 総務係

電話: 022-217-5420
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