スピン流-熱流変換現象の可視化に成功

2016年12月13日

東北大学金属材料研究所
科学技術振興機構(JST)
東北大学原子分子材料科学高等研究機構(WPI―AIMR)

スピン流-熱流変換現象の可視化に成功

-スピントロニクスを用いた新たな熱制御技術の実現に道-

発表のポイント

  • 磁気の流れ「スピン流」によって生成される温度変化の可視化を実現
  • 通常の熱源とは全く異なり周囲に広がらない、スピン流特有の温度分布を観測
  • スピントロニクスデバイスの局所的な温度変化調整技術への応用が期待

概要

東北大学金属材料研究所の内田健一准教授(当時。現 物質・材料研究機構 磁性・スピント ロニクス材料研究拠点 グループリーダー)、大門俊介氏(大学院博士課程・日本学術振興会特 別研究員)、井口亮助教、日置友智氏(大学院修士課程)、東北大学原子分子材料科学高等研究 機構・金属材料研究所の齊藤英治教授は、スピン流※1によって生じる独特な温度分布を明らかにしました。
物質中には様々な流れが存在します。電気の流れが電流、熱の流れが熱流、そして磁気の流れがスピン流です。これらの流れは相互に作用し、変換することができます。電流と熱流の相互作用は熱電効果と呼ばれ、熱から電気を作り出すゼーベック効果※2や、電気で加熱・冷却するペルチェ効果※3が知られています。スピン流と熱流の間にも相互作用が存在し、熱からスピン流を生み出すスピンゼーベック効果※4や、スピン流で加熱・冷却するスピンペルチェ効果※5があります。スピン流と熱流の相互作用は新しい熱利用・熱制御の基礎現象として注目されており、スピン流に伴ってどのような温度分布が生じるのか明らかにすることが望まれていました。
本研究では、スピンペルチェ効果によって生じた温度変化を熱画像として可視化することに初めて成功しました。この結果により、スピンペルチェ効果に伴う温度変化は、スピン流のある領域付近のみに局在し、周囲に拡がらないことが見いだされました。この振る舞いは、電流によって生じるジュール熱などによる温度変化が熱流を伴って拡がっていくこととは対照的です。スピンペルチェ効果に伴う独特な温度分布の発見は、スピン流によって局所的に温度を調整できる可能性を示すものであり、スピントロニクスに基づく新たな熱制御技術の発展に繋がることが期待されます。
本研究成果は、日本時間2016年12月12日(月)19時(英国時間12月12日10時)に、英国科学誌「Nature Communications」にオンライン掲載されます。

研究背景

物質における電流と熱流の相互作用は熱電効果と呼ばれ、熱から電気を作り出すゼーベック 効果や、電気で加熱・冷却するペルチェ効果が古くから知られています(図1)。一方で、次 世代電子技術の有力候補であるスピントロニクス分野において、スピン流(磁気の流れ)と熱 流の相互作用が基礎・応用の両面から盛んに研究されています。熱流からスピン流を作り出す 現象はスピンゼーベック効果と呼ばれ、新たな熱電発電原理として注目を集めています。
スピンゼーベック効果の逆効果は、「スピンペルチェ効果」と呼ばれています。従来のペルチェ効果は電流によって温度変化を引き起こす現象であるのに対し、スピンペルチェ効果はスピン流によって温度変化を引き起こす現象です(図1)。これまでスピンペルチェ効果は複雑に微細加工された素子でしか観測できなかったため、スピン流がどのような温度分布を作り出しているのか明らかになっていませんでした。本研究では、スピンペルチェ効果によって生じた温度変化の空間分布を可視化することに成功し、スピン流が作り出す独特な温度分布を初めて見いだしました。

pr_161213_01.jpg図1.スピン流-熱流-電流変換現象とスピンペルチェ効果
スピンペルチェ効果は、スピン流から熱流を生成する現象であり、磁性体と金属の接合構造において発現する。

成果の内容

1.スピンペルチェ効果の可視化技術の確立
スピンペルチェ効果を測定するために、本研究では金属薄膜(白金もしくはタングステン)と磁性ガーネット※6の接合構造を用いました。金属薄膜に電流を流すと、金属薄膜と磁性ガー ネットの接合界面に、スピンホール効果※7によってスピン流が誘起されます(図1)。スピンペルチェ効果が生じれば、金属と磁性ガーネットの界面を流れるスピンの方向に依存して、加熱もしくは冷却が生じます。今回、この時に生じる温度変化を、サーモグラフィ法を応用することで熱画像として観測しました。
スピンペルチェ効果を観測するためには、金属薄膜中を流れる電流に由来するジュール熱に よる温度変化と、界面を流れるスピン流に由来する温度変化とを分離しなければなりません。通常のサーモグラフィ法では、これら2つの温度変化の重ね合わせを測定してしまうため、スピンペルチェ効果による温度変化のみを純粋に測定することは不可能であると考えられてきました。この問題を解決するために、本研究では、ロックイン・サーモグラフィ法と呼ばれる計測技術を利用しました(図2)。ロックイン・サーモグラフィ法は、赤外線カメラを用いて、ある周波数で時間変化する温度分布だけを選択的に抽出して可視化する手法です。金属薄膜に流れる電流の向きをある周波数で切り替えると、ジュール熱は電流の向きによらず一定になりますが、スピンペルチェ効果に由来する温度変化は電流の向きに依存して変化します。そのため、ロックイン・サーモグラフィ法によって金属薄膜中の電流と同じ周波数を持つ温度変化信号を検出することで、スピンペルチェ効果に由来する温度分布だけを観測することが可能になります。
実験の結果、図3に示したように、金属と磁性ガーネットの接合界面上に明瞭な温度変化が観測されました。温度変化は電流と磁化の向きが直交している領域にのみ現れており、電流の向きに依存して温度変化の符号が反転していることが示されました。これらの結果は、電流が生成するスピンの向きに依存した温度変化が生じていることを表しており、観測された現象がスピン流に由来していることを決定付けるものです。本成果により、スピンペルチェ効果の可視化技術が確立され、スピン流-熱流変換現象の基礎科学や、それを用いた新たな応用技術を開拓するための基盤が整いました。

pr_161213_02.jpg図2.ロックイン・サーモグラフィ法によるスピンペルチェ効果計測の概念図と実際の実験系
金属薄膜と磁性ガーネットの接合試料に電流を流したときの温度応答を赤外線カメラにより測 定した。

pr_161213_03.jpg図3.白金と磁性ガーネットの接合試料におけるスピンペルチェ効果の熱画像計測
左図は試料の赤外線写真である。中央図と右図はそれぞれ、スピンペルチェ効果によって生成 された温度変化の大きさと符号を表す。ロックイン・サーモグラフィ法により、スピン流が作 り出した温度変化を明瞭に観測することに成功した。

2.局在した温度変化の観測
図3より、スピンペルチェ効果による温度変化は、金属薄膜の直上のみに生じており、その周辺には広がっていないことがわかります。この振る舞いは、ジュール熱などの通常の熱源による温度変化が、熱流を伴って周囲に拡がっていくのとは対照的です。
本研究では、スピンペルチェ効果に伴う独特な温度分布は、金属と磁性ガーネットの接合界面を流れるスピン流によって「双極子型熱源」が生じると解釈することにより、説明できることを示しました。双極子型熱源は、等量の発熱源・吸熱源のペアで構成されるものであり、ジュール熱などの通常の発熱源(単一熱源)とは異なり、異方的な温度変化を示します(図4)。特にスピン流によって双極子型熱源を生成した場合には、熱源サイズが界面からスピン拡散長(数ナノ~数マイクロメートル)スケールに制限されることに由来して、熱源位置から離れた領域には温度変化が生じないという独特な温度分布を示すことが明らかになりました。今回、双極子型熱源を仮定した数値計算によって、実験的に観測されたスピン流に伴う独特な温度分布を良く再現できることを確認しました。この局所加熱・冷却効果はスピンペルチェ効果の熱画像計測によって初めて見いだされたものであり、対象の温度のみを(周りの温度に影響を与えず)変調することが可能になるため、全く新しい熱制御技術に繋がる可能性があります。

pr_161213_04.jpg図4.双極子型熱源(スピンペルチェ効果)と単一熱源(ジュール熱)に伴う温度分布
数値計算を用いて、試料内部の温度分布を解析した結果である。双極子型熱源による断面温度分布(中央図)は単一熱源による分布図に比べ z 方向に 10000 倍拡大してあり、熱源近傍に温度変化が局在していることがわかる。実験的にも同様の温度分布の違いが観測されており、スピンペルチェ効果に伴う温度変化は、双極子型熱源に基づく計算結果により良く再現される。

意義・課題・展望

本研究成果は、スピン流-熱流変換現象の基礎研究を飛躍的に進展させる結果です。これま でスピンペルチェ効果は、その測定手法すら十分に確立されていませんでしたが、本研究によ ってその原理を詳細に探求することが可能になりました。スピンペルチェ効果によって生成さ れる温度変化は現状では小さな値に留まっていますが、更なる材料探索・開発や素子の熱設計 の最適化などによって、飛躍的にスピン流-熱流変換効率を向上できる可能性があります。 応用面における本成果の重要な点は、スピン流によってスピントロニクスデバイスの局所温度変調を実現できる可能性を示したことにあります。今後、全く新しい原理に基づく熱制御技術の創出が期待されます。

発表論文

  • 雑誌名:Nature Communications
  • 英文タイトル:Thermal imaging of spin Peltier effect
  • 著者:Shunsuke Daimon, Ryo Iguchi, Tomosato Hioki, Eiji Saitoh, and Ken-ichi Uchida
  • DOI:10.1038/ncomms13754(新しいタブで開きます)

用語解説

※1 スピン流
電子が持つ自転のような性質はスピンと呼ばれる。スピンの状態には上向きと下向きの 2つがあり、スピンが一方向に揃った物質が磁石になる。電流が流れることなくスピンだけが流れている状態がスピン流であり、上向きスピンを持った電子と下向きスピンを持った電子がそれぞれ逆方向に流れることによって生じる。
※2 ゼーベック効果
金属や半導体に温度差を与えることによって電流が生成される現象。熱を利用した発電 素子や温度センサーとして利用されている。
※3 ペルチェ効果
2種類の金属や半導体の接合に電流を流すことによって、接合界面に発熱または吸熱が 生じる現象。電流を流す方向で加熱/冷却を選択できるため、温度制御素子として利用されている。
※4 スピンゼーベック効果
磁性体に温度差を与えることによってスピン流が生成される現象。汎用性の高いスピン流源としての応用が期待されるとともに、スピンホール効果(※7)と組み合わせることで、熱電変換素子としての応用が検討されている。
※5 スピンペルチェ効果
金属と磁性体の接合界面にスピン流を流すことによって熱流が生成される現象。2014年 にオランダ・フローニンゲン大学の Flipse(フリプセ)らによって実験的に初めて観測されたが、その起源は十分に明らかになっていない。
※6 磁性ガーネット
組成式が RFe5O12(R:希土類元素、Fe:鉄、O:酸素)で表される化合物。本研究では希土類元素をイットリウムとしたイットリウム鉄ガーネットを用いた。イットリウム鉄ガーネットはフェリ磁性を有する絶縁体材料である。
※7 スピンホール効果
電流と垂直な方向にスピン流が生成される現象。電子のスピンと軌道の相互作用により、 上向きスピンを持った電子と下向きスピンを持った電子が互いに逆方向に散乱されることによって生じる。電気情報とスピン情報を繋ぐ現象として、スピントロニクスにおいて重要である。

付記事項

本研究の一部は、日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤研究(A)「スピンフォノニクスの 創生」(研究代表者:内田健一)、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「エネルギー高効率利用と相界面」(研究総括:花村克悟)の研究課題「スピン流を用いた革新的エネルギーデバイス技術の創出」(研究代表者:内田健一)の一環として実施され ました。

問い合わせ先

研究に関すること

内田 健一
物質・材料研究機構 磁性・スピントロニクス材料研究拠点 スピンエネルギーグループ グループリーダー

TEL/FAX : 029-859-2062/029-859-2701
E-MAIL : UCHIDA.Kenichi@nims.go.jp

齊藤 英治
東北大学 原子分子材料科学高等研究機構・金属材料研究所 教授

TEL/FAX : 022-215-2021/022-215-2020
E-MAIL : saitoheiji@imr.tohoku.ac.jp

JST事業に関して

鈴木 ソフィア沙織
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ

TEL/FAX : 03-3512-3525/03-3222-2066
E-MAIL : presto@jst.go.jp

報道担当

横山 美沙
東北大学 金属材料研究所 情報企画室広報班

TEL/FAX : 022-215-2144/022-215-2482
E-MAIL : pro-adm@imr.tohoku.ac.jp

科学技術振興機構 広報課

TEL/FAX : 03-5214-8404/03-5214-8432
E-MAIL : jstkoho@jst.go.jp

皆川 麻利江
東北大学原子分子材料科学高等研究機構(WPI-AIMR)広報・アウトリーチオフィス

TEL : 022-217-6146
E-MAIL : aimr-outreach@grp.tohoku.ac.jp