新構造磁気メモリ素子を開発

2016年03月23日

東北大学 電気通信研究所
東北大学 省エネルギー・スピントロニクス集積化システムセンター
東北大学 国際集積エレクトロニクス研究開発センター
東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)
文部科学省
科学技術振興機構(JST)
内閣府政策統括官(科学技術・イノベーション担当)

新構造磁気メモリ素子を開発

-スピン軌道トルク磁化反転の第3の方式の動作を実証-

ポイント

  • 超高速・低消費電力集積回路の実現に適した新構造磁気メモリ素子を開発
  • スピン軌道トルクを用いた第3の磁化反転方式の動作実証に成功
  • 第3の磁化反転方式は既存の2つを上回る超高速動作を低電流で実現可能
  • 既存方式との比較によりスピン軌道トルク磁化反転の物理の理解を促進

概要

内閣府 総合科学技術・イノベーション会議が主導する革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)の佐橋政司プログラム・マネージャーの研究開発プログラム、および文部科学省「未来社会実現のためのICT基盤技術の研究開発」の一環として、東北大学電気通信研究所の大野英男教授(同大学省エネルギー・スピントロニクス集積化システムセンター(以下、CSIS)・センター長、国際集積エレクトロニクス研究開発センター(以下、CIES)・教授、原子分子材料科学高等研究機構・主任研究者兼任)、電気通信研究所の深見俊輔准教授(CSIS, CIES・准教授兼任)らは、超高速動作が可能な新方式の磁気メモリ素子を開発し、その動作実証に成功しました。
近年、磁性体(磁石)の磁化(N極/S極)の向きで情報を記憶する磁気ランダムアクセスメモリ(MRAM)の研究開発が盛んに行われており、一部で実用化が始まっています。MRAMは高速動作が可能で書き換え回数に制限がないことから、現在広く用いられているSRAM、DRAMなどの半導体ワーキングメモリの置き換えが可能です。この場合、磁性素子は電力を与えなくても記憶情報を保持できるため、システムの消費電力を1/100程度に低減できます。最近新しい情報の書き込み方法(磁化反転手法)として、スピン・軌道相互作用に由来するトルクを用いる方法(スピン軌道トルク磁化反転)が示され、活発な研究が行われています。スピン軌道トルク磁化反転は原理的には従来のMRAMよりも10倍程度速い1ナノ秒レベルでの磁化の制御が可能です。
今回当研究グループは新しいスピン軌道トルク磁化反転方式を考案し、その動作実証に成功しました。従来の2つの方式では書き込み電流と磁化の向きが直交していたのに対し、今回の方式ではこれらの向きが平行になります。これにより従来の方式を上回る超高速動作を低電流で実現できます。本研究では、低電流での磁化反転などの応用上の有用性を確認したほか、スピン軌道トルク磁化反転の物理的理解を促進するためのツールとしての重要性も示しています。今後この新構造を用いた基礎・応用研究により、超高速低消費電力集積回路、およびそれを用いたIoT社会の実現への道が開けていくことが期待されます。
本研究成果は、2016年3月21日(英国時間)に英国科学誌「Nature Nanotechnology」のオンライン速報版で公開されます。

研究の背景と経緯

現在我々が使用しているパソコンやスマートフォンでは、SRAMやDRAM(注1)などの半導体メモリが用いられています。これらのメモリはこれまで構成素子を微細化することで性能を向上させてきましたが、最近では微細化に伴う消費電力の増大が顕在化しています。このような中、磁性体を用いたメモリ(Magnetic Random Access Memory: MRAM)がその代替技術として注目されています。MRAMは微細化特性に優れるうえ、磁化(N極/S極)の向きで情報を記憶するため記憶情報の保持で電力を消費しない不揮発性を有し、かつ現行のSRAMやDRAMと同様な高速性や無限回の書き換え耐性を備えます。従ってMRAMを集積回路(注2)に適用することで、今後も性能を持続的に向上させながら、同時に大幅な消費電力の低減が実現できると期待されます。
MRAMはここ20年に渡る基礎から応用までの幅広い研究開発によって発展を遂げ、一部で実用化も始まっています。初期に開発が行われたMRAMでは、電流が作る磁場によって磁性素子の磁化方向を反転して情報を書き込んでいましたが、最近では電流そのものが運ぶ磁気的な性質によって生じる力や、電流ではなく電圧が誘起する磁性素子の特性変化を利用して磁化を反転するなど、情報の書き込み方法の研究対象も多岐に渡っています。そのような中、2011年に基板面内方向に導入される電流が誘起する基板垂直方向の磁気の流れ(スピン流)を用いた磁化反転が実験で示されました。この方法はスピン・軌道相互作用(注3)が介在していることから、スピン軌道トルク磁化反転と呼ばれています。
スピン軌道トルク磁化反転にはこれまで二つの方式があることが知られており、いずれも長所短所がありました。一つ目の構造(図1(a))は、原理的にはナノ秒付近の高速領域でも低速領域と同程度の電流での磁化反転(書き込み)が可能であるものの、磁化反転に要する電流の絶対値が大きいという課題がありました。一方で二つ目の構造(図1(b))は低速領域では小さな電流で磁化を反転させられるものの、高速領域では磁化反転に要する電流が著しく増大することが分かっていたほか、セル面積の低減が難しいという課題もありました。

研究の内容

今回東北大の研究グループは、これまでに知られていた二つの方式とは異なるスピン軌道トルク磁化反転の第三の方式(図1(c))を考案し、その動作実証に成功しました。またこの新構造が既存の2構造の有する課題を解決できる応用上有用なものであることを明らかにしました。
本研究では理論計算をもとに材料・素子構造を設計し、続いて微細加工技術を用いてSi基板上にナノメートルスケールの素子を作製し、その特性を室温で電気的に評価しました。電流を導入する重金属チャネル層にはタンタル(Ta)を用い、また磁化が反転する強磁性層にはコバルト鉄ボロン(CoFeB)合金を用いました。作製した素子の磁化反転特性を評価したところ、当材料系におけるスピン・軌道相互作用から予測された通りの磁化反転が観測されました(図2)。磁化反転に要した電流密度は1011 A/m2台の前半であり、これは実用上十分に小さい値と言えます。また実験に加えて行われた理論計算から、今回の新構造素子は従来のMRAM素子よりも10倍程度高速な1ナノ秒レベルでの磁化反転を低電流で実現できることも示されました。さらに、これらの応用上の有用性の実証に加えて、本研究ではこれまで知られていた2つの方式の素子も作製・評価し、新構造素子の特性と詳細に比較しました。その結果、スピン軌道トルク磁化反転を誘起するのに必要な電流密度の閾値を決める因子についても、これまで知られていなかった知見を得ることができました。
本研究成果は、応用・基礎の両面で意義深いものと言えます。応用上の意義としては、MRAMのGHzクラスの超高速動作に向けた道が開けたということが挙げられます。スピン軌道トルク磁化反転素子を含めて従来のMRAM素子は、低電流動作や高速動作などの応用上の要件を高いレベルで両立することが難しかったのですが、今回の新構造素子ではこれが可能です。実際に今回示されたスピン軌道トルク磁化反転に必要な電流密度の大きさや、「0」「1」の情報を記憶した状態での抵抗変化の大きさはMRAMや集積回路において必要とされるレベルに近い値となっています。このことから今後の技術開発によって応用上の指標を十分に達成でき、低消費電力かつ高性能なメモリや集積回路の実現に向けた道が開けていくものと期待されます。一方基礎的な意味では、本研究によってスピン軌道トルク磁化反転に新しい方式が加わったことで、当磁化反転の物理をより詳細に調べられるようになったという点が挙げられます。具体的には、本研究においてもその可能性の一端が示されているように、従来の2構造を評価するだけでは解明が困難であった物理が、今回の新構造を効果的に用いることによって明らかにできると考えられます。

今後の展開

上述の通り磁性素子は不揮発性を有するため、集積回路の消費電力を劇的に低減することが可能です。またその効果は特にIoT社会において重要な役割を果たすセンサー端末などの比較的待機時間の長いアプリケーションにおいて大きくなります。一方で今回の研究によって、超高速での動作が期待できるスピン軌道トルク磁化反転の新たな方式が示され、かつ試作した磁性素子において優れた特性が確認されました。これらのことから、今後この新構造の技術開発が進むことによって、高性能性と低消費電力性を併せ持つ集積回路、およびそれを用いた利便性の高いIoT社会の実現への道が開けていくことが期待されます。
また、図1から分かるように本研究によってX-Y-Z直交座標系において考えられる全てのスピン軌道トルク磁化反転方式が出揃ったことになります。今後は基礎研究レベルでもこれらの3方式の磁化反転を精密に比較することによって、スピン軌道トルク磁化反転の物理や材料科学、およびその根底にあるスピン・軌道相互作用に関する理解が一層促進されることが期待されます。

付記事項

本成果は、以下の事業・研究プロジェクトによって得られました。
 ・内閣府 革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)
プログラム・マネージャー : 佐橋政司
研究開発プログラム : 無充電で長期間使用できる究極のエコIT機器の実現
研究開発課題 : スピントロニクス集積回路を用いた分散型ITシステム
研究開発責任者 : 大野英男
研究期間 : 平成26年度~平成30年度
本研究開発課題では、超低消費電力スピントロニクス集積回路の開発に取り組んでいます。

・文部科学省「未来社会実現のためのICT基盤技術の研究開発」
研究代表者 : 大野英男
課題名 : 耐災害性に優れた安心・安全社会のためのスピントロニクス材料・デバイス基盤技術の研究開発
研究期間 : 平成24年度~平成28年度
本研究開発課題では、微細スピントロニクス材料・素子・回路技術の開発に取り組んでいます。

■ ImPACTプログラム・マネージャーのコメント ■
大野先生が牽引するプロジェクトは、ImPACTプログラム「無充電で長時間使用できる究極のエコIT機器の実現」の要となるもので、IoE (Internet of Everything)時代の革新的情報処理システムの実現を目指すものです。
現在のIT機器には、揮発性メモリであるDRAMやSRAMが多く使用されていますが、IoE時代にはこれらを不揮発性メモリに置き換える必要があり、そのためには超高速で低消費電力の不揮発性メモリが不可欠です。今回の成果は、高速性と低電流動作特性を両立が可能な「スピン起動トルク磁化反転方式」を動作実証したものであり、これまでの基礎的な物性の確認から、デバイスの実現に向け一歩踏み出したものです。従って、ImPACTの目指すメモリの全不揮発性化に向けて、大変にインパクトのある成果と考えています。

参考図

pr_160323_01.jpg図1:3種類のスピン軌道トルク磁化反転素子の構造。(a),(b): 既存構造。(c): 本研究で示されている新構造。(a):磁化は基板垂直方向(Z軸方向)を向く。2011年にスペイン/フランスのグループによって動作が実証された。(b):磁化は基板面内で電流と直交する方向(Y軸方向)を向く。2012年にアメリカのグループによって動作が実証された。(c):磁化は電流と平行方向(X軸方向)を向く。

pr_160323_02.jpg図2:電流による磁化反転の測定結果。垂直方向に-15 mTの磁場を印加した時(a), +15 mTを印加した時(b)の素子抵抗の印加電流密度依存性。垂直方向の磁場の方向に応じて磁化反転方向が変わっていることから、スピン軌道トルクが磁化反転に作用していることが分かる。

用語解説

注1)SRAM, DRAM
SRAM (Static Random Access Memory)とは、主に6個のMOSトランジスタで形成されるメモリセルからなる高速のメモリである。主にCPU(中央演算処理装置)内において情報の一時的な記憶を担うキャッシュメモリとして用いられる。DRAM(Dynamic Random Access Memory)とは、主に1個のトランジスタと1個のコンデンサからなる中速のメモリである。SRAMよりもアクセス頻度は少ないが容量は大きく、メインメモリとして使われることが多い。SRAMもDRAMも電源がOFFの状態では記憶情報を保持できない揮発性のメモリである。通常はDRAMの下層にフラッシュメモリやハードディスクなどの不揮発性の補助記憶装置が設けられ、一つのコンピュータシステムが形成される。
注2)集積回路
トランジスタ、メモリ、コンデンサなどが配線によって接続された状態で1枚の半導体基板上に作りこまれ、ある機能を果たすように設計された回路。あらゆる電子機器において用いられており、現在の情報化社会の根幹をなしている。典型的な集積回路は、情報の処理を担当するプロセッサと、一時的、ないしは中期的な情報の記憶を担当するキャッシュメモリ、メインメモリ、および長期的な情報の記憶を担当するストレージによって構成されている。
注3)スピン・軌道相互作用
電子のスピン(自転運動)と軌道運動(並進、公転運動など)の間の量子相対論的な相互作用。例えば電場中を運動する電子にはスピン・軌道相互作用を介して実効的な磁場が働き、電子のスピンの方向に応じて異なる方向に散乱される。これによって電流と直交する方向にスピンの流れが生じる現象のことをスピンホール効果と言う。

論文情報

“A spin–orbit torque switching scheme with collinear magnetic easy axis and current configuration”
(電流と磁化容易軸が平行な構造におけるスピン軌道トルク磁化反転)
Nature Nanotechnology (2016)
DOI: 10.1038/nnano.2016.29 (新しいタブで開きます)

 

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東北大学 省エネルギー・スピントロニクス集積化システムセンター 准教授

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E-mail : s-fukami@csis.tohoku.ac.jp

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科学技術振興機構 革新的研究開発推進室

住所 : 〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
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