原子1個の厚みの二酸化チタンシートの作製に成功

2015年08月25日

東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)
国立研究開発法人 物質・材料研究機構(NIMS)

原子1個の厚みの二酸化チタンシートの作製に成功

-グラフェン類似の極薄新材料の誕生-

概要

東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)の大澤健男助教(現 国立研究開発法人 物質・材料研究機構(NIMS)主任研究員)と一杉太郎准教授の研究グループは、同機構の幾原雄一教授、王中長准教授らのグループと共同研究を行い、「原子1個の厚み」の二酸化チタン(TiO2)シートの作製に成功しました。
近年、グラフェン(*1)をはじめとした原子1個の厚みをもつ原子シート(*2)に注目が集まっています。2010年のノーベル物理学賞の対象となったグラフェンは、原子シートの中の電子が非常に高い速度で移動するため、超高速電子デバイスやディスプレイなどへの応用研究が精力的に進められています。他にも、レーザーや発光素子等へ展開ができる興味深い光学的性質を持つ原子シートも知られており、新たな物質の開発競争が起きています。その候補のひとつである「金属酸化物」(*3)は、強磁性、強誘電性、超伝導や触媒効果などの多彩な性質をもつ魅力的な材料です。しかし、今まで「高機能性を有する金属酸化物原子シートを作製し、特異な機能を創出する技術」は確立されていませんでした。
本研究グループは、原子レベルで構造がわかっているチタン酸ストロンチウム(SrTiO3)の基板表面上にアルミン酸ランタン(LaAlO3)を堆積させ、超高分解能走査型トンネル顕微鏡(*4)と走査型透過電子顕微鏡(*5)で観察しました。その結果、「LaAlO3薄膜表面に原子1個の厚みの二酸化チタン(TiO2)2次元シート材料が自発的に形成される」という新事実を発見しました。このTiO2原子シートは、金属酸化物の多彩な物性を活用した電子デバイスや触媒材料など、「新たな酸化物原子シート」としての機能が期待できます。
本研究成果は、8月20日(米国東部時間)に、米科学誌「ACS Nano」オンライン速報版に掲載されており、近日中に正式掲載されます。

研究の背景

グラフェンの発見以降、 原子1個の厚みの平板状物質、すなわち、「原子シート」が注目を集めています。そのような原子シートでは、構造の特異性や対称性によって、通常の3次元結晶とは異なる驚くべき性質を示すことが報告されており、活発な研究が展開されています。しかし、従来は原子シートの種類が限られていたことから、材料のバラエティを広げることが強く望まれていました。 そのような原子シートの新たな材料として有力候補とされているのが「金属酸化物」です。金属酸化物は、電気・磁気・光学特性において多彩な物性を示すことから、新しいエレクトロニクス応用が期待される材料です。元素置換や微量の酸素欠損を導入することによって、多様な組成と機能性を人工的に制御することが可能であり、グラフェンなどの従来型原子シートを超える、新たなブレークスルー材料としての潜在的可能性に注目が集まっています。グラフェンの研究においては、原子シートの形状や、端の原子配列を制御することによって、新機能を発現させるアプローチが進んでいるのに対して、構造を制御した酸化物原子シートを作製する例は過去にありませんでした。
様々な金属酸化物の中で、二酸化チタン(TiO2)は、光触媒材料としてだけでなく、色素増感太陽電池や透明導電体としての利用が期待されています。そのため、グラフェンには存在しない多様な機能性を、原子シート化することによって顕在化させ、新たな電子材料や触媒材料として応用することが検討されてきました。

研究の内容

本研究グループは、原子1つ1つが識別可能な走査型トンネル顕微鏡(STM)と、高品質な薄膜作製手法であるパルスレーザー堆積法(*6)が連結した複合装置(図1)を独自に開発してきました。そして、SrTiO3単結晶基板の再構成表面(*7)上にLaAlO3/SrTiO3ヘテロ接合を作製し、その表面・界面をSTMと走査型透過電子顕微鏡(STEM)を用いて原子スケール空間分解能で観察しました。
図2左がSrTiO3再構成基板表面に成膜したLaAlO3薄膜のSTM像です。中心部のLaAlO3薄膜表面とその周囲のSrTiO3基板表面において、格子状の模様ができています。両者の格子模様の電子状態を精密に調べて比較したところ、ほぼ一致することがわかりました。このことは、TiO2層がLaAlO3薄膜表面に形成していることを示唆しています。さらに、STM像から、このTiO2シートは2次元性を有するだけでなく、「空孔が周期的に配列している」ことがわかりました。
次に、LaAlO3薄膜1層を堆積した後のLaAlO3/SrTiO3界面の STEM像(図2右)を示します。表面に原子が存在しており、SrTiO3再構成基板表面にLaAlO3薄膜を成長させたモデルを基に計算したシミュレーション像と良く一致します。そして、詳細な分光測定を実施した結果、「この最表面原子はTiである」ことがわかりました。
以上より、SrTiO3表面上のTiO2層がLaAlO3薄膜上に浮かび上がり、周期的に穴を有する「TiO2原子シート(ナノメッシュ)」が形成されることを発見しました。さらに、このTiO2原子シートは半導体的な性質をもつことが明らかになり、今後ドーピング(*8) によって電気伝導性や磁性などの物性が制御可能となることが期待できます。今回の研究成果は、金属酸化物原子シート材料群の開発への道を拓き、エレクトロニクスデバイス創製や新触媒材料開発につながることが期待されます。
さらに、本研究により、金属酸化物ヘテロエピタキシャル成長(*9)における第一層目からの初期成長過程が明らかになりました。La, Al, OやTiが混在した物質がまず表面にでき、その後、LaAlO3として結晶化する際に、Tiが最表面に移動するという描像で理解することができます。近年、金属酸化物ヘテロエピタキシャル界面の新物性に関心が集まっており、このような金属酸化物の成長過程の解明は、新たな機能をもつ界面の創出につながります。
本研究成果の最大の特長は「材料科学の世界で『原子シート』が注目されている中、二酸化チタンという触媒や光学特性に特徴のある材料で原子シートが実現できた」という点にあります。様々な可能性を感じさせる「原子シート」の材料バラエティが増え、原子シートを活用した新たな応用や科学の発展に貢献することが期待されます。

今後の展開

「ナノ構造化された酸化物原子シートの創出」は原子シート研究をさらに活発化させ、新たな酸化物原子シート群の創製や新機能の付与が期待されます。今後は、本研究で得られた知見と、原子スケールで設計されたヘテロ接合の物性との相関を明らかにすることが望まれます。また、同様の酸化物原子シートが強相関酸化物La0.7Ca0.3MnO3薄膜の上にも形成することをすでに実証しており、SrTiO3基板の電子状態が原子シートの電子状態に影響を与えるなどの相互作用も含め、多彩な物性が期待できます。

参考図

 

pr_150824_01.jpg図1:走査型トンネル顕微鏡とパルスレーザー堆積装置が連結したシステム全体の構成図。

pr_150824_02.jpg図2:(左)SrTiO3再構成表面に成長したLaAlO3薄膜の走査型トンネル顕微鏡像(15 nm × 15 nm)。(右)LaAlO3/SrTiO3界面の走査型透過電子顕微鏡。シミュレーション像(挿入図)と良く一致している。

pr_150824_03.jpg図3:ナノ構造制御された2次元TiO2原子シート(Ti: 赤, O: オレンジ)。格子状の模様が周期的に形成されている。

論文情報

著者:Takeo Ohsawa, Mitsuhiro Saito, Ikutaro Hamada, Ryota Shimizu, Katsuya Iwaya, Susumu Shiraki, Zhongchang Wang, Yuichi Ikuhara, Taro Hitosugi
表題:A Single-Atom-Thick TiO2 Nanomesh on an Insulating Oxide
雑誌:ACS Nano
DOI: 10.1021/acsnano.5b02867(新しいタブで開きます)

用語解説

(*1)グラフェン
炭素原子1個分の厚みしかない平面状の2次元物質。炭素原子同士の結合からできた蜂の巣状の六角形格子構造をとっている。
(*2)原子シート
原子1個の厚みで構成される2次元物質。ナノサイズ化された構造的特徴から、特異的な物性や機能が注目されている。
(*3)金属酸化物
金属原子と酸素原子が結合して得られる化合物。構成元素と構造が多様であることから、幅広い物性を示す。次世代の電子素子への応用が期待されている。
(*4)走査型トンネル顕微鏡(STM)
原子レベルで鋭い針を試料表面に1ナノメートル程度の距離まで近づけ、針と試料間に電圧をかけると、量子力学的なトンネル電流が流れる。このトンネル電流を一定に保つように針の高さを制御して、試料表面上で針を動かすことによって原子像を得る装置が走査型トンネル顕微鏡である。トンネル電流は試料の電子状態に依存するので、表面構造だけでなく電子状態も原子レベルの空間分解能で調べることができる。
(*5)走査型透過電子顕微鏡(STEM)
0.1ナノメートル(1オングストローム)以下にまで細く収束させた電子線を試料上で走査し、試料により透過散乱された電子線の強度で、試料中の原子位置を直接観察する装置。
(*6)パルスレーザー堆積法
集光した紫外レーザー光を原料ターゲットに照射し、化学結合が分断された原子種を基板上に薄膜として蒸着する方法。原料ターゲットの組成を薄膜に転写することができるため、薄膜の組成制御が容易となる利点がある。 また、1層ずつ堆積していくため、望みの原子を望みの順序で積み上げ、新しい物質を合成することが可能となる。
(*7)再構成表面
固体表面の原子は、より安定なエネルギー状態になるために、固体内部の原子配列とは異なる配置をとることが多く、このような表面を再構成表面と呼ぶ。本研究では、SrTiO3-(√13×√13)-R33.7º再構成表面を利用している。
(*8)ドーピング
母体結晶には存在していない不純物元素を、意図的に少量添加すること。結晶の構造や物性を制御するための重要な技術である。
(*9)ヘテロエピタキシャル成長
ある結晶の上にそれとは異なる結晶を一定の結晶方位関係をもって成長すること。両者の結晶構造や格子定数をうまく組み合わせることによって、良質なエピタキシャル薄膜が成長する。

問い合わせ先

研究に関すること

一杉太郎 (ヒトスギ タロウ)
東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)准教授

TEL : 022-217-5944
E-mail : hitosugi@wpi-aimr.tohoku.ac.jp

大澤健男 (オオサワ タケオ)
国立研究開発法人 物質・材料研究機構(NIMS) 主任研究員

TEL : 029-860-4806
E-mail : OHSAWA.Takeo@nims.go.jp

幾原雄一 (イクハラ ユウイチ)
東京大学大学院工学研究科 教授
ファインセラミックスセンター ナノ構造研究所 客員主管研究員
東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)教授

TEL : 03-5841-7688
E-mail : ikuhara@sigma.t.u-tokyo.ac.jp

報道担当

東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR) 広報・アウトリーチオフィス

TEL : 022-217-6146
E-mail : outreach@wpi-aimr.tohoku.ac.jp

国立研究開発法人 物質・材料研究機構(NIMS)企画部門 広報室

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