新原理で原子を操作

2015年07月10日

東北大学学際科学フロンティア研究所
国立研究開発法人理化学研究所
東京大学大学院新領域創成科学研究科
千葉大学大学院理学研究科
University College of London
東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)

新原理で原子を操作

-欠陥を自在に操作し光触媒、太陽電池の革新的発展へ-

要点

  • 光エネルギー変換材料の機能を制御する新しい方法を解明
  • 電場と電子のコンビネーションで材料構造の乱れ(欠陥)を操作する新規な機構
  • 欠陥の操作で光触媒、太陽電池などの性能を飛躍的に向上させる可能性を開花

概要

東北大学国際高等融合領域研究所(現 学際科学フロンティア研究所)および国立研究開発法人理化学研究所Kim表面界面科学研究室の湊丈俊(みなとたけとし)助教、(現 京都大学 特定准教授)、国立研究開発法人理化学研究所Kim表面界面科学研究室の金有洙(きむゆうす)主任研究員、東京大学大学院新領域創成科学研究科川合眞紀(かわいまき)特任教授、千葉大学大学院理学研究科の梶田晴司(かじたせいじ)博士(現 豊田中央研究所)、中山隆史(なかやまたかし)教授、University College of London化学専攻のChi-Lun Pang(ち・る・ぱん)博士、東北大学原子分子材料科学高等研究機構の山本嘉則(やまもとよしのり)特別研究顧問および名誉教授、浅尾直樹(あさおなおき)教授の研究グループは、光触媒(注1)、太陽電池、触媒、色材、半導体(注2)などに用いられる二酸化チタン(TiO2)の機能を制御する欠陥を自在に操る新たな方法を構築しました。
TiO2はノーベル賞候補である藤嶋昭東京理科大学学長らによって見出された本多藤嶋効果(注3)などを示す非常に有名な光エネルギー変換材料であり、この成果から欠陥操作によって高性能な光触媒、太陽光発電などの革新的な機能が創成できると期待されます。
近年のエネルギー、環境問題を解決するために、太陽光を中心とした光エネルギーの有効利用が提唱されています。TiO2は光触媒作用、光電気化学反応(注4)、太陽電池電極、光誘起超親水性(注5)など光を有効利用できることが広く知られている材料です。また、光を利用しない場合においても、TiO2は触媒、色材、半導体など様々な場面で利用されている材料です。これらの機能には、TiO2の結晶構造を乱す原子欠陥(注6)(図1:水素イオン、酸素欠損、格子間チタンイオンなど)の配列、量などが強く関わっています。そのため、原子欠陥を操作することによって新たな機能が開拓できると考えられています。これまでは、加熱や光励起といった方法で粗く原子欠陥の量を変化させる方法が知られていました。しかし、量や種類の精密な制御など、原子欠陥を自在に操作する方法はこれまで詳細が解明されておらず、欠陥操作による新規な機能の開拓は未だ達成されていません。
湊助教らは、1986年にノーベル物理学賞を受賞したハインリッヒ・ローラーやゲルト・ビーニッヒが開発した走査トンネル顕微鏡(STM)(注7)を用いて、TiO2の代表的な原子欠陥である水素イオンを原子レベルで一つずつ直接観測し(図2左上)、STMの探針(注8)からの電場(注9)と電子の刺激を用いて単一の水素イオンを選択的に脱離させました(図2右上)。さらに、梶田博士らが開発した新規な計算技術などによって、この反応機構を解明するに至りました。その結果、この反応機構は、電場による水素イオン脱離の反応障壁(注10)の幅の減少と、電子からの励起とが協同することで、量子トンネル効果(注11)が誘発され水素イオンが脱離する、というものであることが分かりました(図3)。これは、これまでに見出されたことがない新しい化学反応であり世界で初めて明らかとなった反応機構です。本研究により、光エネルギー変換材料として最も重要なTiO2の原子欠陥を操作する新たな反応機構が明らかとなったことから、光触媒、太陽電池などの性能を飛躍的に向上させるなど、太陽光の利用の可能性をさらに広げることが期待されます。
本研究の成果は、米国化学会誌ACS Nano(エーシーエス ナノ)に掲載されます。

pr_150710_01.png図1.二酸化チタンの表面構造と原子欠陥

pr_150710_02.png図2.走査トンネル顕微鏡を用いた二酸化チタンの原子欠陥の操作反応

pr_150710_03.png図3.今回明らかとした新規な反応機構の概念図

詳細な説明

TiO2は、光触媒、光電極、太陽電池電極、光誘起超親水性、触媒、色材、半導体など様々な機能を示す金属酸化物であり、工業的に広く用いられています。これらの機能は、水素イオン、酸素欠損、格子間チタンイオンなどの原子欠陥(図1)に強く関わっており、原子欠陥を自在に操作することで、既存の機能を飛躍的に向上させることや、これまでにない新規な機能を開拓することが出来ると考えられています。TiO2の機能における原子欠陥の効果は古くから知られており、これまでは真空中での加熱により酸素欠損や格子間チタンイオンを導入する方法、水との反応により表面を水素イオンで被覆する方法、光や電子線を照射によって生じたTiのホール(注12)をOの電子が埋めることによって生じるイオン反発を利用し(Knotek-Feibelman機構)、酸素や水素イオンを脱離させる方法などが見いだされてきました。しかし、これらの方法はいずれも原子欠陥の量を粗く変化させるものであり、精密な配列や量の制御に用いることは出来ませんでした。そのため、原子欠陥操作による新規機能の開拓は夢のものであると考えられてきました。
本研究では、原子レベルの空間分解能を持つSTMを用いて、TiO2表面に存在する代表的な原子欠陥である水素イオンの操作に取り組みました。STMは、金属製の探針とTiO2の間に電場を印加し、その距離を1 nm程度までに近づけることによって生じるトンネル電流(注13)を一定に保つようにTiO2表面を走査することで、固体表面を原子レベルで観察できる手法です(図2左下)。湊助教らの研究グループはこれまでに、STMを用いてTiO2の原子欠陥の電子状態などを調べ、30年以上に渡って一般的に信じられてきたモデルとは異なる新しい電子状態を解明する成果や、単一の原子欠陥を導入する方法を開発する成果などを残してきました。本研究では、このSTMを用いて一つずつの水素イオンを観測しました。さらに、探針とTiO2の間の電場や電子を用いることで、単一の水素イオンを取り除き、探針から水素イオンに注入した電子1個当たりの反応確率を調べ反応機構を解析しました。その結果、STMを用いた原子レベルでの操作反応でこれまでに提案されている5つの反応機構(1)電子状態励起(注14)による反応(2)振動状態励起(注15)による反応(3)局所昇温による反応(4)探針と試料の間のファンデルワールス力(注16)による反応(5)電場によって反応障壁の高さが下がり誘起される反応 のそれぞれ単独の機構では、今回の反応は説明できないことが分かりました。そこで、詳細を検討するために、水素原子の同位体である重水素(注17)イオンをTiO2表面に吸着させ、その反応確率を調べました。その結果、重水素イオンの脱離確率は水素イオンの脱離確率よりも約10-4低いことが分かり、この結果を理論的に解析したところ、TiO2上の水素イオンの脱離は量子トンネル効果による反応であることが見いだされました(図4)。さらに、STMを用いたTiO2の原子欠陥の励起をシミュレーションするために、梶田博士らが独自に開発した電場印加時の状態を解析する密度汎関数(DFT)計算(注18)により、探針からの励起時には、電場によって水素の脱離の反応障壁の「高さ」は変わらないものの、「幅」が減少することが明らかとなりました(図5)。以上の結果から、この反応は、電場によって反応障壁の幅が狭まり、そこに電子による励起が加わることで、量子トンネル効果が誘発され化学反応が進行するという、電場誘起トンネル反応(Field induced Tunneling Reaction)というこれまでにない新しい反応であることが明らかとなりました(図3)。
以上の結果は、TiO2という様々な機能を示す金属酸化物の機能を制御する原子欠陥を自在に操作する新規な反応機構を解明したものであり、原子欠陥操作による新規機能の創成を実現する道を開いたものと考えられます。

pr_150710_04.png図4.水素イオンと重水素イオンの入射電子1個当たりの脱離確率

pr_150710_05.png図5.密度汎関数計算で求めた二酸化チタン表面からの水素イオン脱離における電場効果

今後の展望

TiO2は触媒、光触媒、太陽電池、光誘起超親水性、色材、半導体など様々な用途で工業的に利用されています。今回の原子欠陥の操作法を用いれば、非常に活性の高い光触媒や、飛躍的に高い発電効率を持つ太陽電池など、性能を著しく向上させた製品の開発や、これまでにない革新的な機能の創成に発展することが期待されます。

論文情報

著者:Taketoshi Minato, Seiji Kajita, Chi-Lun Pang, Naoki Asao, Yoshinori Yamamoto, Takashi Nakayama, Maki Kawai, and Yousoo Kim
表題:Tunneling Desorption of Single Hydrogen on the Surface of Titanium Dioxide
雑誌:ACS Nano(アメリカ化学会発行)
DOI: 10.1021/acsnano.5b01607(新しいタブで開きます)

専門用語の説明

(注1)光触媒
光を当てることによって、それ自身は変化しないが、接触している物質の化学反応を引き起こす材料。TiO2は、大気中で光を照射すると、有機化合物や細菌などの有害物質を分解できる作用を持ち、環境浄化材として、ガラスコーティング材、エアコンのフィルターの塗布材などに用いられている。
(注2)半導体
電気を流す導体と、電気を流さない絶縁体の中間の性質を持った物質。TiO2は絶縁体であるが、原子欠陥を導入すると半導体の性質を示す。
(注3)本多藤嶋効果
TiO2と白金を電極として水に浸け、TiO2に光を当てると水が分解され、TiO2極から酸素、Ptから水素が発生し、両電極間に電流が生じる現象。本多健一氏と藤嶋昭氏によって1972年にNature誌に発表された。
(注4)光電気化学反応
電極に光を照射することで進行する電気化学反応。本田藤嶋効果などがこの代表例である。
(注5)光誘起超親水性
光を照射することによって、完全な濡れ性を示す現象。TiO2はこの性質を持ち、自動車のフロントガラスのコーティング材などに使用されている。
(注6)原子欠陥
物質は原子の周期的な並びで構成されており、この原子の並びを乱す、異原子、空間(欠損)などのこと。
(注7)走査トンネル顕微鏡(Scanning Tunneling Microscope)
金属製の針(探針)と試料の間に電圧を加え、探針と試料の距離を徐々に近づけると、接触する前に量子的な効果により電流が流れる(トンネル電流)。このトンネル電流を一定にしながら、探針で表面を走査することで、表面の構造や電子状態を原子レベルで直接観察できる装置。ハインリッヒ・ローラー氏やゲルト・ビーニッヒ氏によって開発され、両氏はこの装置の開発の成果により、1986年にノーベル物理学賞を受賞した。
(注8)探針
走査トンネル顕微鏡で用いる金属製の尖った針で、原子を探知できる。
(注9)電場
電荷により生じる電気力の働く空間。走査トンネル顕微鏡では、金属製の針(探針)と試料の間に電場が生じる。
(注10)反応障壁
化学反応を引き起こすために越えなければならないエネルギー。
(注11)量子トンネル効果
通常は超えられない反応障壁を量子的な効果により突き抜ける現象。
(注12)ホール
電子の移動により物質中に生じた正の電荷。
(注13)トンネル電流
量子トンネル効果により流れる電流。走査トンネル顕微鏡では、探針と試料の間にこの電流が流れる。
(注14)電子状態励起
物質を構成する電子のエネルギー状態に刺激を加えること。
(注15)振動状態励起
物質を構成する原子の位置の振動状態に刺激を加えること。
(注16)ファンデワールス力
原子核周りの電子分布の揺らぎによって生じる力.原子、分子、イオン間で生じ、静電気力に比べると弱い。
(注17)重水素
T水素(軽水素)よりも、中性子が1つ多く、重量がおよそ2倍のもの。量子トンネル効果は重量により大きく変化するため、本研究では水素と重水素で反応効率を比較するために使用した。
(注18)密度汎関数計算
電子のエネルギーや軌道をコンピューター内で再現し,それにより材料の特性を正確に予測できる計算方法。本研究では、TiO2から水素が脱離していく状態を計算していくために、梶田博士らが開発した特殊な密度汎関数計算を用いた。

問い合わせ先

研究に関すること

湊 丈俊
東北大学 国際高等融合領域研究所(現 学際科学フロンティア研究所)助教
理化学研究所 Kim表面界面科学研究室 基幹研究所研究員/客員研究員
(現所属 京都大学産官学連携本部 特定准教授)

住所 : 611-0011 京都府宇治市五ヶ庄 先端イノベーション拠点施設
TEL/FAX : 0774-38-4942/0774-38-4996
E-mail : minato.taketoshi.5x@kyoto-u.ac.jp

金 有洙
理化学研究所 Kim表面界面科学研究室 主任研究員

住所 : 351-0198 埼玉県和光市広沢2-1
TEL/FAX : 048‒467‒4073/048‒462‒4663
E-mail : ykim@riken.jp

川合 眞紀
東京大学 大学院 新領域創成科学研究科 特任教授

住所 : 277-8561 千葉県柏市柏の葉5-1-5
TEL/FAX : 04-7136-3787/04-7136-3792
E-mail : maki@k.u-tokyo.ac.jp

梶田 晴司
千葉大学 大学院 理学研究科
(現所属 株式会社豊田中央研究所)

住所 : 480-1192 愛知県長久手市横道41−1
TEL/FAX : 0561-71-7258/0561-63-6920
E-mail : fine-controller@mosk.tytlabs.co.jp

Chi-Lun Pang
Laboratory Manager, University College London

住所 : Department of Chemistry, University College London, London WC1H 0AJ,
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E-mail : chi.pang@ucl.ac.uk

 

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