中性粒子ビームにより無欠陥エッジのグラフェンナノリボンを実現

2013年09月24日

東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)
東北大学 流体科学研究所

超低損傷中性粒子ビーム加工プロセス技術により世界で初めて欠陥のないエッジ構造をもつグラフェンナノリボンを実現

-超高速グラフェンナノデバイスの製造プロセスを提案-

概要

東北大学・原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)および流体科学研究所(IFS)の寒川誠二教授の研究グループは、寒川教授が独自に提案した中性粒子ビーム加工技術を用いてグラフェンシートに損傷を与えず、無欠陥エッジ構造を持つグラフェンナノリボンを作製し、世界で初めて104以上の高いOn/OFF比をもつ電気特性を実現いたしました。

シリコンに代わる次世代トランジスタ材料として注目されるグラフェン(注1)ですが、シートのままではデジタル用途として応用できないため、細線(リボン)化(注2)し、切り口をアームチェア(注3)と呼ばれる形に切り出す必要があります。このグラフェンナノリボンの加工において、従来のプラズマ(注4)等を用いた方法では、荷電粒子や紫外線によりグラフェンシートから切り出したエッジ部分に欠陥(注5)が発生し、理論通りのバンドギャップ(注6)の制御が難しく電気的・光学的特性を大幅に劣化させていました。そこで、寒川教授グループは電子線描画露光装置(注7)と中性粒子ビーム(注8)エッチング加工によるグラフェンナノリボンの作製を試み、従来にない104以上というOn/Off比を持つ電気特性が実現できるグラフェンナノリボンの作製に初めて成功いたしました。本成果によりグラフェンナノリボントランジスタの実用的な製造プロセスが見通せるようになり、2019年以降の超高速デバイスの開発に大きく道を拓くものです。

本研究成果は、2013年9月24日-27日に開催される2013年国際固体材料素子コンファレンス(2013 International Conference on Solid State Devices and Materials:SSDM2013)にて発表されます。

研究の背景

半導体産業は世界的な競争のもと、新材料の導入や微細化研究が盛んです。特にトランジスタは半導体産業の最大の牽引車であり、国際競争を勝ち抜くために、その高性能化の研究は極めて重要です。集積回路の高性能化には回路の微細化が不可欠ですが、現在の2次元平面的広がりを必要とする素子技術では、微細化した回路素子からのリーク電流による発熱が大きくなりすぎて、技術世代22ナノメートル以降の超高集積回路の実現は難しいとされています。

この技術の壁を打ち破るため、シリコンに代わる材料(チャネル材料)に2次元構造であるグラフェンを用いたトランジスタの開発が期待を集めています。グラフェンの材料としての特徴は図1に示すように伝導帯と価電子帯が接する付近でバンド構造が直線に表わされるため有効質量がゼロとなり非常に大きな電子移動度を示すこととなります。理論的にはシリコンの1000倍もの移動度が予想されていて、実験的にもシリコンの10倍程度の移動度が得られています。しかし、そのグラフェンにおける最大の課題は、バンドギャップの大きさが0であるということです。つまりわずかな熱エネルギーで電子を伝導帯に励起できることを示しており、高い電気抵抗の状態にすることができません。デジタル用途への応用は大きな信号のオン/オフ比を得ることが重要であり、信号強度を大きくするために、できるだけ高い電気抵抗にできることが望ましいのです。いくつかの方法でグラフェンのバンドギャップを広げる試みがされていますが、その一つの方法としてグラフェンシートの幅を狭くするグラフェンナノリボンがあります。グラフェンナノリボンのバンド構造についての理論計算から、リボンの方向によって金属的になったり、0以上のバンドギャップを持つ半導体になったりすることが示されています。特にグラフェンナノリボンのエッジ構造がアームチェア型の場合にバンドギャップを持つ半導体的特性になり、ジグザグ型の場合には金属型となることが予測されています。しかし、実際には広いバンドギャップや大きなオン/オフ比は得られておらず、理論と一致していません。これはプラズマ加工時における荷電粒子や紫外線によりグラフェンナノリボンのエッジに欠陥が生成することであると考えられています。

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図1 グラフェン電子特性

研究の内容

今回我々は、図2に示すように電子ビーム露光技術と寒川教授が独自に開発した中性粒子ビーム加工技術を組み合わせて30nm-100nm幅のグラフェンナノリボン構造を作製し、その上にCr/Au電極を形成することでトランジスタ構造試作を行い、電気特性を測定しました。その結果、図3に示すように電流電圧特性のオン/オフ比が従来のプラズマエッチングにおいて形成されたグラフェンナノリボンでは得られなかった104以上を実現することに初めて成功しました。

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図2 電子線リソグラフィと中性粒子ビーム加工を組み合わせたグラフェンナノリボンの形成


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図3 中性粒子ビーム加工によるグラフェンナノリボントランジスタ構造と電気特性

また、このオン/オフ比より算出されたバンドギャップは0.45eVと高い値を示しました。これは、図4に示すように、酸素中性粒子ビームによる加工では基板表面に対して荷電粒子や紫外線の照射が抑制され、表面欠陥の生成が完全に抑制できるためです。カーボン系材料であるグラフェンは紫外線に極めて弱く、加工エッジより10nm程度の深さまで侵入して欠陥を生成し、グラフェンナノリボンのエッジを制御することが極めて難しく、グラフェンを用いた高移動度トランジスタの実現に大きな障害になっていました。しかし、中性粒子ビーム加工を用いて欠陥のないグラフェンナノリボンエッジが実現できたことから、今後グラフェンナノリボントランジスタの開発が大きく前進することとなります。

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図4 プラズマ加工と中性粒子ビーム加工の違い。

図5に実際にプラズマおよび中性粒子ビームで加工した30nm-100nmのグラフェンナノリボン構造におけるラマン分光における欠陥比率(ID/IG)を示します。中性粒子ビームで加工した場合にはプラズマで加工した場合に比べて圧倒的に欠陥密度が低いことがわかります。更にその欠陥密度はカーボンナノチューブを熱処理による応力で割って形成したグラフェンナノリボン構造のエッジにおける欠陥密度とほぼ同等であり、理想的に近いエッジ構造になっていることが分かります。

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図5 プラズマ加工後および中性粒子ビーム加工後のラマン分光による欠陥形成比率(ID/IG)の違い。

グラフェンは高速トランジスタを中心とした電子デバイス応用に大きな期待のかかる材料として注目されはじめ、論文発表が急増しております。しかし、現実にはまだ実用化に向けた加工技術がほとんど未開発です。具体的には、原子1層分の精度の製膜技術や、グラフェンのエッジ部の化学的状態を制御しながら、原子オーダの精度でデバイスを加工し、しかも特性を劣化させないプロセス技術を研究開発していく必要があります。プラズマを用いたプロセスでは励起されたラジカルやイオンの照射により表面反応が進行するため、従来の熱プロセスに比べて圧倒的に低温のプロセスが実現できます。しかし、プラズマから照射される放射光(特に紫外線)により、基板表面から数十nm以上の深さで欠陥が生成されます。特にナノ構造になりますと、構造全体に欠陥が生成されるためにデバイスとしての機能を果たすことができなくなります。

我々は、実用的なプロセス技術の確立を目指して、2001年より中性粒子ビームの各種先端デバイスへの応用に関する検討及び技術開発の研究に着手してきました。今回は世界で初めてグラフェンナノリボントランジスタへの中性粒子ビーム加工の適用と実際の電気特性の向上を実現し、トランジスタへの展開が期待されるグラフェンナノリボンの超低損傷加工プロセスの有効性を明らかに示すことに成功しました。

今後の展開

中性粒子ビームによる加工・表面改質・材料堆積技術は、現在の半導体業界が直面している革新的ナノデバイスの開発を妨げるプロセス損傷を解決する全く新しいプロセス技術であると考えられます。また、本技術を用いた装置はプラズマプロセスとして実績がありもっとも安定した装置において用いられているプラズマ源をそのまま用い、中性化のためのグラファイトグリットを付加するだけで実現できる事から、今後、サブ10nm以降のグラフェンナノリボンの様な先端ナノデバイスにおける革新的なプロセスとして実用化されてゆく事もおおいに期待されるものです。既に大手装置メーカーで装置化が進んでおり、近い将来、実用化されることとなります。

また、グラフェンはバルク部分を持たず、性質が表面の状態に敏感に影響されます。このため、このプロセス技術は、特性を高く保ち環境に影響されない表面保護技術の研究開発も必要不可欠になります。さらにこれらは電子デバイスを形成しうるだけの均一性がなければ実用化には用いることができません。中性粒子ビーム技術は既に均一大面積プロセスを実現できるプラズマ源を基盤に装置が実現できるため、極めて実用的であり、今後、グラフェンの特性を活かすために、中性粒子ビーム加工技術のみならず、中性粒子ビームを用いた表面改質・修飾技術の研究開発を進めて実用的なデバイス開発を大いに推進していく予定です。

用語説明

(注1)グラフェン
炭素同素体の一種。原子1層分の厚さしかない平面状の物質であり、炭素結合によって形成されたハチの巣状の結晶格子で構成されている。電子移動度が非常に高いため、高速トランジスタなど電子デバイスへの応用が期待されている。
(注2)グラフェンナノリボン
グラフェンを細線(リボン)化したもの。グラフェンを細線化することでグラフェンエッジの寄与が大きくなり、通常のグラフェンとは異なり半導体的性質を示すようになる。
(注3)ジグザグ、アームチェア
グラフェンのエッジ部分は6員環の方向で下図に示すように典型的な2種類に分類することができる。特にアームチェアエッジにおいてはバンドギャップが現れることが理論的に予測されている。

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(注4)プラズマ
固体、液体、気体につづく第4の状態であり、電離した気体のことを一般的に示す。プラズマ中には高エネルギーのイオン、電子、中性粒子が存在する。特に半導体産業においては微細加工の手法としてプラズマを用いたエッチングが使われている。
(注5)欠陥
結晶構造の乱れた箇所や結合が切れた未結合手(ダングリングボンド)のこと。
(注6)バンドギャップ
バンド構造における電子に占有された最も高いエネルギーバンド(価電子帯)の頂上から、最も低い空のバンド(伝導帯)の底までの間のエネルギー準位。
(注7)電子ビーム露光装置
電子銃から発せられた電子線を電子レンズやアパーチャー、デフレクタなどを通し、ステージを微細に制御しながらサンプルへ電子線を照射して目的のパターンを露光する装置。光リソグラフィよりも微細なパターン形成に適しており、数ナノメートルのパターン形成が可能である。
(注8)中性粒子ビーム
寒川が開発したエッチング技術であり、プラズマからの高エネルギーイオン・紫外線照射を大幅に抑制することで、様々な材料の超低損傷エッチングに実績を持つ。

問い合わせ先

研究に関すること

寒川誠二(サムカワ セイジ)
東北大学原子分子材料高等研究機構
東北大学流体科学研究所未到エネルギー研究センターグリーンナノテクノロジー研究分野 教授

TEL : 022-217-5240
E-MAIL : samukawa@ifs.tohoku.ac.jp

報道に関すること

中道康文(ナカミチ ヤスフミ)
東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR) 広報・アウトリーチオフィス

TEL : 022-217-6146
E-MAIL : outreach@wpi-aimr.tohoku.ac.jp