塗るだけで出来上がる磁気-電気変換素子

2013年05月07日

東北大学金属材料研究所
東北大学原子分子材料科学高等研究機構

塗るだけで出来上がる磁気-電気変換素子

-プラスチックを使った次世代省エネルギーデバイス開発に向けて大きな進展-

概要

東北大学金属材料研究所の安藤和也助教(現在 慶應義塾大学理工学部専任講師)と東北大学原子分子材料科学高等研究機構の齊藤英治教授は、広く普及している導電性プラスチックの中で、磁気の流れ「スピン流(注1)」が電気信号に変換されることを発見し、「磁気-電気変換プラスチック」の作製に成功しました。

電子は電気と磁気両方の性質を併せ持っており、電気のみを利用してきた従来のエレクトロニクスに磁気(スピン)の性質を積極的に取り入れることで、量子コンピュータや超低消費電力デバイスといった新しい機能・特性をもつ次世代省エネルギーデバイスを目指す「スピントロニクス(注2)」が、近年世界的規模で盛んに行われています。スピントロニクスによるデバイス実現のためには、デバイス内に蓄積されたスピン情報の読み出しが不可欠であり、安価に作製可能なスピンを電気に変換する「スピン-電気変換素子」の開発が急務でした。

今回、安藤助教らの研究によって、既に安価に製造されているプラスチックが、磁気-電気変換素子の原料として利用可能なことが明らかになりました。これにより、フレキシブルで大面積化が可能な低コスト「磁気-電気変換プラスチック」の作製が可能となり、環境負荷の極めて小さな次世代の省エネルギーデバイス開拓への大きな推進力となることが期待されます。

この成果はケンブリッジ大学キャヴェンディッシュ研究所の渡邉峻一郎博士、Henning Sirringhaus教授との共同研究によるものです。本研究成果は、英国科学誌「Nature Materials (ネイチャーマテリアルス)」のオンライン版に掲載されました。

背景と経緯

現代の電子機器は電流により動作しています。しかし電子の電気的性質(電荷)の流れである電流を利用した場合、ジュール熱(注3)による巨大なエネルギー損失を避けることが原理的に不可能です。このため近年は素子の発熱・高電力化が深刻な問題となり、この状況を打開する新しい電子技術の開発が急務となっています。このような次世代の省エネルギー電子技術として期待されているのがスピントロニクスです(図1)。エレクトロニクスが電流を利用していたのに対し、スピントロニクスでは電流に代わり電子の磁気的性質(スピン)の流れ「スピン流」が主役となります。このようなスピン流を利用する電子機器の開発にはスピン流を電気信号に変換する技術が不可欠であり、この実現を目指し現在世界的規模で研究が進められています。

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図1 スピントロニクスとスピン流

本研究では、電気を流すプラスチック(導電性プラスチック)の中でスピン流が電気信号へと変換されることを発見しました。今回用いた導電性プラスチックPEDOT:PSSは、電気伝導性と環境安定性に優れており、且つ光の透過性も高いため、液晶ディスプレーや帯電防止コート等に利用されています。多くの他の材料と異なり、導電性プラスチックは溶液を基板に塗るだけで作成できるため、例えばインクジェットプリンタのインクの代わりにこれを用いることで、スピン(磁気)-電気変換素子を「印刷」することができます。これまでこのような材料はスピンの情報を長時間保存できるものの、スピン流の読み出しには利用できないと信じられてきましたが、今回得られた結果はこの常識を打ち破るものです。本研究は、フレキシブルで低コスト且つ大面積化が容易に可能なプラスチックベースのスピントロニクス素子開発に大きな進展をもたらすことが期待されます。

研究の内容

今回の研究では、図2に示した磁性絶縁体と導電性プラスチックから成る素子を作製し、磁気のダイナミクスを利用することで導電性プラスチック中へスピン流を注入しました。スピン流を注入しながら電圧測定を行うことで、導電性プラスチック中を流れるスピン流が電気信号に変換されていることを発見しました。さらにこの電圧信号を精密に調べることで、検出された信号が導電性プラスチック中の逆スピンホール効果(注4)によるものであることを明らかにしました。

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図2 今回用いた導電性プラスチックと相対論的効果によるスピン流から電気信号への変換

原理の説明

相対論的座標変換であるローレンツ変換によれば、運動している磁石の一部は図2に示すように電気分極に変換されます。運動している磁石、即ち磁石の流れはスピン流の存在を意味しています。従って、相対性理論はスピン流が流れるとその周りに電気信号が生じることを予言しています。真空中でこの機構によって生じる電気信号は非常に小さいものですが、物質中では物質の特性を反映して同じ対称性をもつスピン流-電気信号変換現象「逆スピンホール効果」が表れます。通常、逆スピンホール効果は白金や金といった原子番号が大きな物質で顕著に表れ、炭素と水素からなる有機物中では極めて小さいというのが常識でした。今回の発見は、これまでごく小さいと信じられてきた導電性プラスチック中のスピン流-電圧変換が予想に反して大きな電気信号を生むことを明らかにしたものです(図3)。

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図3 導電性プラスチック中のスピン流ー電気信号変換の観測

今後の展開

スピン流を電気信号に変換する技術の確立は、省エネルギースピントロニクスデバイス開発の最重要課題の一つです。本研究により発見されたプラスチック中のスピン流から電気信号への変換は、電子のスピンを利用することで省エネルギー化を目指すスピントロニクスと、フレキシブルで且つ低コスト・大面積化が可能な有機エレクトロニクスの両方のメリットを最大限利用した「プラスチックスピントロニクス」の基幹となり、新しい時代の電子技術と省エネルギー社会の実現に大きく貢献することが期待されます。

本研究の一部は内閣府の最先端・次世代研究開発支援プログラム(研究代表者:安藤和也)の一環として実施されました。

用語説明

(注1)スピン流
スピンは電子が有する自転のような性質である。電子スピンは磁石の磁場の発生源でもあり、スピンの状態には上向きと下向きという2つの状態がある。電流が流れることなく、スピンだけが流れているのがスピン流であり、上向き状態のスピンを持った電子と下向き状態のスピンを持った電子がそれぞれ逆方向に流れることによる。
(注2)スピントロニクス
電子の磁気的性質であるスピンを利用して動作する電子デバイスを研究開発する分野である。電子スピンは応答が早く、熱エネルギーの発生も非常に少ないため、これを利用したスピントロニクス素子は、超高速、超低消費電力の次世代電子素子の有力候補と期待されている
(注3)ジュール熱
金属や半導体に電流を流すと電気抵抗により熱が発生する。このジュール熱の存在によりエネルギーの損失なしに電流を流すことはできない。
(注4)逆スピンホール効果
電子のスピンと軌道の相互作用により上向きスピンを持った電子と下向きスピンを持った電子が互いに逆方向に散乱されることでスピン流が電流へと変換される現象。

論文情報

Kazuya Ando, Shun Watanabe, Sebastian Mooser, Eiji Saitoh, and Henning Sirringhaus, "Solution-processed organic spin-charge converter" Nature Materials (2013) abstract(新しいタブで開きます)

問い合わせ先

研究に関すること

安藤 和也(アンドウ カズヤ)
慶應義塾大学理工学部 専任講師(2013年4月1日より)

住所 : 〒223-8522 神奈川県横浜市港北区日吉3-14-1
TEL : 045-566-1582
E-MAIL : ando@appi.keio.ac.jp

齊藤 英治(サイトウ エイジ)
東北大学原子分子材料科学高等研究機構主任研究者
東北大学金属材料研究所 教授

住所 : 〒980-8577 仙台市青葉区片平2-1-1
TEL : 022-215-2021
E-MAIL : saitoheiji@imr.tohoku.ac.jp


報道に関すること

中道 康文(ナカミチ ヤスフミ)
東北大学原子分子材料科学高等研究機構 広報・アウトリーチオフィス

住所 : 〒980-8577 仙台市青葉区片平2-1-1
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E-MAIL : outreach@wpi-aimr.tohoku.ac.jp