セラミックス内に規則的に並んだ電気の通路を発見

2013年01月08日

王中長 助教、着本享 講師、幾原雄一 主任研究者・教授

電気を一方向に流す物質の構造が解明され、高性能化に道

概要

東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)の幾原雄一教授(東京大学教授、財団法人ファインセラミックスセンター主管研究員 兼任)と王中長(ワン チョンチャン)助教らの研究グループは、IBMチューリッヒ研究所(スイス)のヨハネス・ベドノルツ博士(1987年ノーベル物理学賞受賞者)らとの共同で、セラミックス(チタン酸ランタン) 注1)に含まれる酸素成分の割合を変化させることにより、電気の流れ方が劇的に変化するメカニズムを解明しました。すなわち、「電気が一定方向に流れる鎖状構造」が結晶内部に規則的かつ自発的に形成されることが原因であることを明らかにしました。

セラミックスは、金属材料とは異なって複雑な結晶構造(原子配列)をもっており、歪みなどわずかな結晶構造の変化によってその特性(電気や熱の伝わり方など)が著しく変化しますが、この構造変化によって新奇な特性が発現する可能性があります。本研究グループは、これまで難しいとされてきた物質を構成する原子の可視化や種類(元素)識別化、大規模な原子構造や電子状態の理論計算を、超高分解能走査透過電子顕微鏡注2)とスーパーコンピューター注3)を駆使することで可能にし、セラミックスにおいて成分(組成)変化が結晶構造や電気特性に及ぼす役割を明らかにしました。

 今後、本成果を起点にして、組成や構造の制御によってセラミックスの高性能化や多様化などの進展に大きく寄与するとともに、量子細線や高温超伝導、熱電変換などの新たな機能性材料の研究開発につながると期待されます。本研究成果は、平成25年1月11日(ドイツ時間)発行の科学誌「Advanced Materials (アドバンスドマテリアルズ) 25号2巻(2013年)」に掲載されます。

研究背景と経緯

セラミックスは、金属や酸素など複数の種類の原子が結びついて構成され、陶器から耐熱材料や電子部品まで幅広い用途で利用されており、金属材料同様に実用的に用いられている材料です。しかし、セラミックスが金属材料と異なる点は、まず、それに含まれる原子の種類の多さや結合状態(イオン結合性や共有結合性)に起因して、大変複雑で独特な結晶構造をもつことが挙げられます。また、原子の種類や割合(組成)を変えることによって、例えば、「絶縁体のように電気が流れない状態から金属のようにスムーズに電気が流れる状態への変化」のように、金属材料では不可能な特性(電気や熱、光の伝わり方など)の自在な制御が可能になりつつあり、セラミックスは学術と工学の両面から新たな展開や領域開拓、その体系化が期待されています。

 これまでセラミックスは、透明導電性やイオン伝導性、超伝導性などの優れた電気特性(電気の流れやすさ)の観点から活発に研究開発が行われてきました。この電気特性は、セラミックス特有の複雑な結晶構造のわずかな変化(歪みや欠陥など)によって著しく変化します。逆に、歪みや欠陥を意図的に制御すれば、電気特性の向上、さらには新奇な特性の発現が期待できます。本研究では、セラミックスであるチタン酸ランタンに含まれる酸素成分の割合を変化させることで結晶構造を制御し、電気の流れ方が変化する現象を発見するとともに、そのメカニズムを突き止めました。この現象自体は既に知られておりましたが、従来の電子顕微鏡による観察技術では、「原子位置や元素分布、化学状態」までは、その性能(分解能力や元素識別能力)が低かったために観察することは困難でした。本研究のねらいは、最先端の超高分解能走査透過電子顕微鏡技術とスーパーコンピューターによる大規模な構造モデル計算を併用することによって、この現象のメカニズムを原子レベルで解明することにありました。

研究内容と展開

今回、幾原教授と王助教らの研究グループは、ファインセラミックスセンターナノ構造研究所と共同で元素識別可能な分析装置(電子エネルギー損失分光器)注4)を搭載した最先端の超高分解能走査透過電子顕微鏡を用いて、酸素量を自在に制御して合成したチタン酸ランタンの単結晶の内部に電気が流れるまっすぐな通路(鎖状構造)を発見しました。この通路が規則的に配列することが、電気が流れる方向や流れやすさが三次元から一次元に変化する原因であることを突き止めました。

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図1酸素量によるセラミックスの構造変化を捉えた写真:(a) 変化前, (b) 変化後

図1はセラミックスに含まれる酸素量の増加による結晶構造の変化を走査透過電子顕微鏡法で観察した写真を示しています。酸素量が増加する前(図1(a))は、均一で周期的な原子配列(白色コントラストが原子位置に対応)が観察できることから、サイコロ(立方格子)を三次元に積み重ねたような単純な構造(等方性)で構成されています。しかし、酸素量を13%程度増加させると原子配列(図1(b))が劇的に変化して、構造が変化し歪んだ領域(青線部)と変化ない部分(赤線部)が一定の割合で交互に積まれた二次元的な構造(異方性)に変移したことがわかります。この酸素量による構造変化にともなって、電気の流れ方(電気伝導)も三次元的から一次元の直線的な流れ(黄矢印の一軸方向)に変化することが明らかとなりました。

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図2 構造変化後のセラミックスの特異な原子配列:(a)電子顕微鏡写真,
(b)元素識別法よる原子分布図(赤:ランタン原子, 緑:チタン原子), (c)結晶構造の模式図

さらに図2に示した元素識別観察法(元素分布図)と電子構造の理論計算から、電気が流れる通路が構造変化による歪みが生じない箇所、つまり、図2(c)の赤線内部のチタン1個と酸素6個でできた八面体ユニットが紙面に対して垂直方向に鎖状につながっていて、この鎖状構造に沿って電流が流れることがわかりました。一方、大きく構造の歪みが生じる箇所では、電気がほとんど流れない状態(いわゆる絶縁体)であることもわかりました。結果として、図3の模式図で示すように、構造変化後の結晶構造は、「身近にある絶縁テープで覆われた導線を規則的に無数に束ねた」かのように、「電気が流れない絶縁体」の中に「電気が流れる通路(鎖状構造)」が原子レベルで規則的に配列した特異な構造である言えます。電気は抵抗が小さい通路(Y方向)に沿って流れやすく、それ以外(特にZ方向)では抵抗が大きい領域を流れる必要があるために電気が流れにくいことがわかります。このことは電気の流れやすさが結晶方向でどう変化するかを調べた実験結果(電気抵抗率の結晶方位依存性)と良く符号します。

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図3 構造と電気の流れ方の関係を示した模式図

本成果は、構成原子の識別可能な最先端の超高分解能走査透過電子顕微鏡法とスーパーコンピューターによる大規模な原子構造計算を駆使して、構造変化したセラミックスの原子構造や化学状態を計測することに成功し、特に結晶中に電気が流れる通路が規則配列した特異な構造を発見した画期的な結果となります。今後、組成構造制御によるセラミックスの高性能化や多様化に関する研究のブレークスルーになることが期待されます。また、構造を自在にコントロールできれば、量子細線や高温超伝導、熱電変換など機能特性の発現も大いに期待されます。

用語解説

注1. チタン酸ランタン
チタンとランタンと酸素を含むセラミックス、化学式はLaTiOx (X:酸素組成)。リチウムを添加したものはリチウム電池用材料(電解質)としても利用される。
注2. 超高分解能走査透過電子顕微鏡
0.1ナノメートル(1億分の1センチメートル)程度まで細く絞った電子線を試料上で走査し、試料により透過された電子線の強度で試料中の原子を直接観察する装置。
注3. スーパーコンピューター
一般的なコンピューターより極めて高速なコンピューターで大規模な原子構造モデルの数値計算やシミュレーションが可能。気象予測でも使われている。
注4. 電子エネルギー損失分光器
電子線が試料を透過する際に原子との相互作用によって失うエネルギーを測定することによって、物質の構成原子やその化学状態を分析する装置。

問い合わせ先

研究に関すること

東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)
助教 王 中長 (ワン チョンチャン)
または、講師 着本 享(ツキモト ススム)

住所 : 〒980-8577  宮城県仙台市青葉区片平2-1-1
TEL : 022-217-5934または5933
FAX : 0791-12-1234
E-MAIL : zcwang@wpi-aimr.tohoku.ac.jp
tsukimoto@wpi-aimr.tohoku.ac.jp

東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR) 主任研究者・教授
東京大学大学院工学系研究科総合研究機構 教授
財団法人ファインセラミックスセンターナノ構造研究所主管研究員
幾原 雄一 (イクハラ ユウイチ)

住所 : 〒113-8656 東京都文京区弥生2-11-16
TEL : 03-5841-7688
E-MAIL : ikuhara@sigma.t.u-tokyo.ac.jp

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