寒川誠二教授の研究グループ バイオテンプレート極限加工により損傷がなく10倍高密度の量子ドットを作製して発光に成功

2012年08月27日

高速通信用量子ドットレーザーの実現に前進

ポイント

  • 従来のボトムアッププロセスでは量子ドットサイズや密度の制御が困難。
  • バイオテンプレート極限加工により高密度で配置・サイズ制御された無欠陥量子ドットを実現。
  • 量子ドットからの発光を世界で初めて確認、高効率・波長制御量子ドットレーザーの実現へ前進。

JST課題達成型基礎研究の一環として、東北大学 流体科学研究所 (兼原子分子材料科学高等研究機構)の寒川 誠二 教授らは、トップダウン加工を用いて半導体・ガリウムヒ素の高密度・無欠陥の量子ドット注1)を作製し、その量子ドットからの直接発光を世界で初めて確認しました。
量子ドットは、ナノメートル(10億分の1メートル)の微小な半導体のことで、この半導体ナノ構造を用いた量子ドットレーザーは、温度による影響が少なく低消費電力などの特長を持つことから、従来の半導体レーザーを凌駕するものとして注目されています。しかし、これまでの光リソグラフィーとプラズマエッチングを用いた加工技術では、ナノメートルオーダーの加工は難しく、また、量子ドット表面に欠陥が多量に生成し、発光効率が著しく劣化するという問題点がありました。そこで、トップダウン加工による損傷を回避するための手法として自己組織的な結晶成長による量子ドット作製法が開発されましたが、サイズ、位置などの制御が難しく、また、形成される量子ドットの密度が低いため、量子ドットレーザーによる高効率な発光強度の実現は困難でした。
本研究チームはこれまで、バイオテンプレート注2)をマスクに無欠陥ナノ加工を実現する技術を開発し、高密度・無欠陥のガリウムヒ素の量子ドットを作ることに成功していました。今回、そのガリウムヒ素量子ドット上にアルミニウムガリウムヒ素を界面制御してエピタキシャル成長注3)することにより、トップダウンで加工した量子ドットが発光することを初めて確認しました。
本研究により作製されたガリウムヒ素量子ドットは、自己組織的な結晶成長により形成された従来の量子ドットに比べて10倍以上の高密度な量子ドットを簡易に形成できるため、量子ドットレーザー構造として画期的なものです。理論的には、従来に比べて10倍以上のレーザー光強度と単色化が実現でき、高速通信用レーザーとして大いに期待されます。究極のグリーンテクノロジーとして期待される高効率・量子ドットレーザーの実現に向けて前進したといえます。本研究成果は、2012年8月20日~23日まで英国バーミンガムで開催されるIEEE International Conference on Nanotechnology2012で発表されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域
「プロセスインテグレーションによる機能発現ナノシステムの創製」
(研究総括:曽根 純一 物質・材料研究機構 理事)
研究課題名
バイオテンプレート極限加工による3次元量子構造の制御と新機能発現
研究代表者
寒川 誠二(東北大学 流体科学研究所 教授)
研究実施場所
東北大学 原子分子材料科学高等研究機構
研究期間
平成21年10月~平成27年3月

JSTはこの領域で、フォトリソグラフィなどのトップダウンプロセスと自己組織化に代表されるボトムアッププロセスの高度化と統合化を進めることによって、革新的な機能を発現する次世代ナノシステムを創製することを目標としています。上記研究課題では、超低損傷中性粒子ビームエッチングと、球穀状たんぱく質を用いた高密度ナノテンプレート配置技術を組み合わせることで、超高効率量子ドットレーザーおよび超高効率量子ドット太陽電池の実現を目指します。

研究の背景と経緯

化合物半導体量子ドットレーザーは効率のよい低消費電力レーザー素子として、また超高速光スイッチとして、飛躍的に高まる通信需要に応えユビキタス情報化社会を支える重要な技術であり、広く研究されてきています。このデバイスを実現するにはナノメートルオーダーでサイズや密度、位置などの制御された構造を作製することが求められますが、従来のトップダウンリソグラフィー技術とエッチング技術に依存した微細加工技術では大きな困難が予想されます。現状のリソグラフィー技術では光源やレンズ系の設計において22nmよりも微細なパターン形成することは技術的・経済的に大きな壁があります。また、プラズマエッチングでは、ナノメートルスケールの構造形成においてはプラズマからの紫外線照射による表面欠陥生成が大きな問題となっています(プラズマダメージ注4))。特に化合物半導体はシリコンに比べて不安定な材料でプラズマに対して脆弱であるため、プラズマエッチングによる欠陥のないナノ構造作製は不可能であるといわれてきました。一方、ボトムアップによる量子ドットを形成する手法としては、格子ひずみを利用したStranski-Krastanow(S-K)成長モードによる自己形成量子ドット作製法が一般的ですが、この手法では寸法のばらつきを十分に抑えることができない、ドットの密度に限界(109-1010-2)がある、サイズに制限がある(数十nm程度)、材料を自由に選択することができない、ひずみに伴う格子欠陥が不可避であるなどの問題があります(図1)。十分な性能の量子ドットレーザーの実現には、良好な量子効果注5)を持つ高密度ナノ構造を再現性よく作製可能な、欠陥の発生しない加工技術の確立が急務となっています。
現在、その最有力な手法として、ボトムアップ技術とトップダウン加工技術の融合(プロセスインテグレーション)が注目され、多くの提案がされつつあります。ボトムアップ技術の中でも、バイオテクノロジーは極めて急速に進歩しており、奈良先端技術大学院大学の山下 一郎 教授らは遺伝子操作により改質されたフェリチン変異体などを用いてナノサイズの金属を内包したたんぱく質を作成し、それらの自己組織化によるナノ構造作製を実現しています。一方、トップダウン加工技術では、プラズマから放射される電荷や紫外線を抑制し、超低損傷で高精度のエッチングを可能とする中性粒子ビーム注6)の技術(図2)を世界で初めて東北大学の寒川教授らが開発し、その効果を最先端超LSIを用いて実証しています。

研究の内容

今回、奈良先端科学技術大学院大学 山下教授によるたんぱく質+金属複合体(バイオコンジュゲート)の自己組織化による均一・高面内密度・高均一加工マスク作製(バイオテンプレート)と東北大学 寒川教授によるガリウムヒ素の中性粒子ビーム無欠陥エッチング技術を組み合わせて作製された高密度・配置制御・ガリウムヒ素量子ドット構造(図1)に、東京大学 岡田 至崇 教授の結晶界面構造制御技術によりアルミニウムガリウムヒ素を界面制御してエピタキシャル成長することで、トップダウンで加工した量子ドットで初めて活性層を形成し、発光を観察しました。
今回のガリウムヒ素量子ドットの作製プロセスは、次の通りです。金属微粒子を内包したたんぱく質が、特殊な処理をした表面に自発的に規則正しく配列した構造を作る性質を用いて、金属微粒子を内包したたんぱく質を約20nm程度の間隔で化合物基板の上に高密度(1011-2以上)に等間隔に配置しました(図3、4)。その後、たんぱく質だけを除去して7nm径の均一な金属微粒子を加工マスクとして中性粒子ビームによる無損傷エッチングを行うことにより、室温にて量子効果を示す厚さ数nm、直径を10~20nmに制御した円板構造を、無欠陥、高密度、等間隔(約20nm)でサイズ制御して配置しました(図5、6)。この円板構造を結晶界面構造制御技術を用いてアルミニウムガリウムヒ素(AlGaAs)エピタキシャル成長技術により埋め込み、ガリウムヒ素量子ドット構造による活性層を形成しました。さらに、中性粒子ビーム加工により極表面にだけ残留するダングリングボンド(未結合手)を原子レベルで補修し、北海道大学 村山 明宏 教授グループで蓄積されてきたレーザー分光技術を融合させることによって、世界で初めてトップダウン手法で形成した量子ドットからの強い発光を確認しました(図7)。
本手法を用いることで、量子ドット構造を無欠陥で高密度に配置できることから、従来の量子ドットレーザーに比べて10倍以上高強度でレーザー発振が期待できる画期的な研究成果といえます。

今後の展開

これらの結果を基に実際にクラッド層注7)および電極層を積層して量子ドットレーザーを試作し、従来に比べて発光効率が高く単色化されたレーザー発振を実現する予定です。この構造を用いることで理論的には、従来に比べて10倍以上のレーザー光強度と単色化が実現でき、高速通信用レーザーとして大いに期待されます。

参考図

従来法(S-K法)の場合:格子定数の異なる物質を堆積→格子定数の違いに起因するひずみにより、平らな膜とならず、量子ドットが作製される。格子定数の差異やひずみを利用しているため…・物質を自由に運べない・間隔、密度、サイズを自由に選べない。新しい方法の場合:・量子ドットの厚さは、層構造により自由制御可能・量子ドットの間隔、密度、サイズは、バイオテンプレートにより制御可能・中性粒子ビームエッチングにより実際に量子ドットを作製
図1 本研究におけるバイオテンプレート極限加工による量子ドット作製技術の利点と 従来用いられている自己組織的結晶成長技術(S-K法)による量子ドット作製技術の欠点


図2 中性粒子ビームエッチング装置

プラズマ生成室とプロセスで構成され、その間に高アスペクトグラファイトグリットが設置されている。そのグリットによりプラズマからの紫外線および電荷を遮り、運動エネルギーを持った中性粒子ビームのみを基板に照射できる。


図3 フェリチンによるバイオテンプレート作製と直径7nmの鉄コアをマスクに中性粒子ビームによりガリウムヒ素井戸構造に円板構造を転写するプロセス


図4 ガリウムヒ素表面に配置された鉄コア

フェリチン表面に修飾された高分子ポリマーにより間隔を20~30nmに制御できている。この時、面密度:1.3×1011cm-2である。


図5 鉄コアをマスクに塩素中性粒子ビームにより
ガリウムヒ素/アルミニウムガリウムヒ素量子井戸構造を加工した形状


図6 ガリウムヒ素量子ナノ円板構造の直径制御

中性粒子ビームエッチング前の水素ラジカルによる表面酸化膜除去時間により直径を制御可能である。


図7 ガリウムヒ素量子ナノ円板構造からの発光スペクトル

加工前の量子井戸からの発光と波長が異なる。

用語解説

注1)量子ドット
主に半導体において、電子の持つド・ブロイ波長(数nm~20nm)程度の大きさの粒状の構造を作ると、電子はその領域に閉じこめられる。閉じ込め方向を1次元にしたものを量子井戸構造、2次元のものを量子細線、そして3次元全ての方向から閉じ込めたものを、量子ドットと呼ぶ。量子ドットは、その特異な電気的性質により、単電子トランジスタ、量子テレポーテーション、量子コンピューターなどへの応用が期待されている。また、大きさを変えることでバンドギャップエネルギーが制御でき、光の吸収や発光の波長を変化させることができるため、量子ドット太陽電池や量子ドットレーザーへの応用も期待されている。これらを実現するためには大きさのそろった量子ドットを作製する必要があり、本研究ではバイオテンプレート法を用いた円板アレイ構造を提案している。
注2)バイオテンプレート
生体超分子を用いて無機材料を配置したり合成する手法。これまでに奈良先端技術大学院大学の山下教授と寒川教授は生体内で鉄量調整たんぱく質・フェリチンを用いて、光リソグラフィー技術の限界22nmより微小なナノ粒子配列を加工マスクとする超微細エッチング加工に成功している。フェリチンは外径12nm、内径7nmで、鉄酸化物ナノ粒子を持つ。自己組織化能を利用してフェリチンをシリコンあるいは化合物半導体基板上に2次元配置し、たんぱく質殻部分を熱処理またはオゾン処理で除去すると、2次元配置された7nm径鉄ナノ粒子の分散配列ができる。この鉄ナノ粒子をマスクとして中性粒子ビームエッチング加工すると無欠陥でサイズの揃った高密度で等間隔なナノメートルオーダーの量子ナノ円板構造が作製できる。今回は開発したバイオテンプレート技術をガリウムヒ素に応用した。
注3)エピタキシャル成長
エピタキシャル成長(Epitaxial Growth)とは、薄膜結晶成長技術のひとつである。基板となる結晶の上に結晶成長を行い、下地の基板の結晶面にそろえて配列する成長の様式である。基板と薄膜が同じ物質である場合をホモエピタキシャル、異なる物質である場合をヘテロエピタキシャルと呼ぶ。結晶成長の方法として分子線エピタキシー法や有機金属気相成長法、液相エピタキシー法などがある。エピタキシャル成長が起こるには格子定数のほぼ等しい結晶を選ぶ必要があり、温度による膨張係数の近い物でなくてはならない。
注4)プラズマダメージ
半導体デバイス製造工程においてプラズマプロセスにより入るダメージが大きな問題となっている。ダメージには、(1)物理的なダメージ、(2)電荷蓄積によるダメージ、(3)放射光によるダメージ、の3種類がある。物理的ダメージは基板に入射するエネルギーを持ったイオンの衝撃により基板に欠陥などのダメージが入ることをいう。電荷蓄積によるダメージはプラズマから基板に入射する電荷(正イオン、電子)が絶縁膜上に蓄積することで、MOSトランジスタにとって極めて重要であるゲート絶縁膜などを絶縁破壊することをいう。放射光によるダメージは、プラズマから基板に入射する紫外光やX線のような波長の短い放射光が基板に堆積されているシリコン酸化膜注にホール・電子対を生成し、絶縁性を劣化させることをいう。
注5)量子効果
量子サイズ効果やトンネル効果などがあり、いずれもナノメートルオーダーの構造で発現する。ナノ微粒子の直径を電子のド・ブロイ波長(数nm20nm)程度まで小さくすると、電子はその領域に閉じこめられ、とびとびのエネルギー準位をとる。さらに電子の運動の自由度が極端に制限されるために、その運動エネルギーは増加する。従って、粒子径が小さくなるにつれてバンドギャップエネルギーが増加する。この現象を量子サイズ効果と呼ぶ。この量子サイズ効果により、半導体ナノ結晶では光の吸収・発光波長を粒子径により制御することができる。一方、トンネル効果とは、微小な構造において、エネルギー的に通常は超えることのできない領域(ポテンシャル障壁)を粒子が一定の確率で通り抜けてしまう現象のことをいう。例えば、2種類の金属や半導体の間に薄い絶縁物の層(障壁)を挟み、両端に電圧を印加する時、絶縁層の厚さが極めて薄く、ナノメートル(nm)の桁になると、トンネル効果により電流が流れるようになる。
注6)中性粒子ビーム
プラズマ中に存在する正イオンあるいは負イオンは、電界により加速されると、原子分子、電子、壁などとの衝突で電荷交換して中性化される。この時、運動エネルギーは保存され、方向性を持った中性粒子ビームを生成する。寒川教授はフッ素・塩素負イオンを直流電圧により加速することで電荷放出を促し、世界で初めて超高効率・低エネルギー高密度中性粒子ビームを形成した。この中性粒子ビームでは、プラズマからの電荷や紫外線が一切基板に到達しないので、プラズマダメージは完全に抑制される。
注7)クラッド層
半導体レーザチップでは半導体基板の上にダブルヘテロ構造が形成されています。電子と正孔が結合して光を出す中心の層を活性層と呼び、その上下の層をクラッド層と通常呼んでいます。基板がn型の場合、下側のクラッド層はn型、上側のクラッド層はp型になります。活性層で発生したレーザ光は活性層内に閉じこめる必要があります。ダブルヘテロ構造はその役割も兼ねています。光を閉じこめる、いわゆる光導波路においては光が閉じ込められる層をコア層といい、それを挟む外側の層をクラッド層といいます。

論文名

"High-density and Sub-20-nm GaAs Nanodisk Array Fabricated Using Neutral Beam Etching Process for High Performance QD Devices"
(中性粒子ビームによる高密度sub-20nmガリウムヒ素ナノ円板アレイ構造の作製)

問い合わせ先

研究に関すること

教授 寒川 誠二(サムカワ セイジ)
東北大学 流体科学研究所
〒980-8577 宮城県仙台市青葉区片平2-1-1
TEL : 022-217-5240
FAX : 022-217-5240
E-MAIL : samukawa@ifs.tohoku.ac.jp

JSTの事業に関すること

古川 雅士(フルカワ マサシ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部
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