インタビュー
材料科学の新境地を切り拓くために

2015年08月31日

ERATOプロジェクトの研究統括を兼ねるAIMRの2人の主任研究者は、それぞれポスト・ナノカーボン時代を切り拓くこと、スピントロニクスを超える新しいスピン科学を打ち立てることを目指している。

ポスト・ナノカーボン時代の材料研究について力強く語る磯部寛之教授
ポスト・ナノカーボン時代の材料研究について力強く語る磯部寛之教授

AIMRの有機化学者、磯部寛之教授と物性物理学者、齊藤英治教授は、いずれもERATOの研究統括である。ERATOは、科学技術振興機構(JST)が支援する戦略的創造研究推進事業の大型プログラムで、「卓越したリーダーによる独創的な課題達成型基礎研究」を特徴としている。実際、両氏の研究はとても独創的だ。2013年に発足した「磯部縮退π集積プロジェクト」では、π電子をもつ新しい有機材料を開発している。π電子とは、ベンゼンなどの芳香族化合物やDNA塩基に見られる電子系のことで、磯部教授のチームは、開発した固体物質を有機デバイス中に組み込むことにより驚くような成果を上げているのだ。一方、2014年に発足した「齊藤スピン量子整流プロジェクト」は、電子のスピンが常に一方向にしか回転しないことを利用して、ナノスケールの機械素子の動力源を開発することを目標としている。目指すはスピントロニクスを超えた新たなスピン科学。

AIMResearchは両氏に、こうした野心的な研究目標と共同研究の重要性について話を聞いた。

AIMResearch磯部教授にお伺いします。「ポスト・ナノカーボン時代」について、ご説明いただけますか?

磯部教授:私の卒業研究は、フラーレンというナノカーボンの単離に関するものでした。当時、フラーレンは発見されたばかりで、私たちはこの球形のナノカーボンに夢中でした。1990年代後半には、カーボンナノチューブという新しいタイプのナノカーボンも発見されました。フラーレンは分子性物質で、より大きなナノチューブはさまざまな構造体の混合物ですが、どちらもユニークな特性を持っています。けれども私は、1つの疑問を持っていました。「ユニークで極端な特性を持つ物質は、フラーレンやナノチューブのような複雑な構造体でなければならないのか」ということです。化学者は、もっと単純な芳香族系を使って、同じような特性を作り出すことができるのではないかと思ったのです。ナノカーボンのさまざまな構造をヒントにして新しい分子をつくりだし、そこからの探索的研究を通じて新しい研究を形作る時代。これが、私の考える「ポスト・ナノカーボン時代」です。

AIMResearch縮退π集積プロジェクトは、どのようにしてこの目標を実現に近づけるのでしょうか?

磯部教授:私たちは最近、芳香族炭化水素を使って有限長カーボンナノチューブ分子を合成することに成功し、研究は大きく進みました。ナノカーボンの曲がったπ系とそのユニークさの起源を、化学の言葉で理解・説明することができるようになってきたのです。けれどもこれは始まりにすぎません。私たちは、さらに有限長カーボンナノチューブ分子の筒の中に球状のフラーレンを「さやえんどう」のように詰められることも発見しました。このナノチューブとフラーレンは、既知の超分子としては最も強い力で会合しているにもかかわらず、内部のフラーレンが筒の中でくるくると回転して分子ベアリングとなるのです。この発見は、私たちが新規の現象や特性を探索する上で第二の重要な段階となりました。今は、第三段階に進むための手がかりを探しているところです。

齊藤英治教授は、スピンする電子は、電気機械系の常時利用可能な動力源となる量子モーターであると考えている。
齊藤英治教授は、スピンする電子は、電気機械系の常時利用可能な動力源となる量子モーターであると考えている。

AIMResearch齊藤教授は、ご自身のスピン量子整流プロジェクトの目標を「物理学と材料の新しいパラダイムの創成」と定め、量子力学の概念を力学の分野に広げることを計画されていますね。

齊藤教授:スピントロニクスという研究分野は、2000年代初頭に、エレクトロニクスの新しいパラダイムとして始まりました。従来の電子機器が電子の電荷を利用するように、スピントロニクスでは電子のスピン(自転のような回転)を利用します。スピンと電荷の両方を組み合わせて用いることもあります。スピントロニクスでは基本的にスピンしている電子を極小の磁石として利用しますが、電子が実際に回転しているという事実は見落とされがちです。私は、スピントロニクスを超えた新しいスピンの科学を開拓したいと考えています。

量子力学によれば、電子にはスピンがあり、永遠に回転し続けます。この回転を止めることはできません。つまり、電子は「極小の永久モーター」だと考えることができるのです。永久に自律回転するモーターですね。これを利用すれば、廃エネルギーを有用なエネルギーに変換するなど、材料中のゆらぎを一方向にのみ流れるようにそろえることができます。有名なワットの蒸気機関を例にとって説明しましょう。蒸気機関では、ボイラーで水を加熱し、その蒸気の力でピストンを動かして運動エネルギーを得ていますが、これは、水分子のランダムなゆらぎをそろえて機械的な運動を作り出しているのです。電子スピンにもともと備わっているこのような整流性をナノスケールの素子に埋め込むことができれば、アクチュエーター(各種エネルギーを機械的な運動に変換する装置)用の常時利用可能な動力源や、エネルギー変換器さえ作り出すことができるのです。

AIMResearchAIMRで研究することの利点は何ですか?

齊藤教授:高い自由度です。ここでは制約がほとんどないので。

磯部教授:齊藤教授のような聡明な人物に出会えることですね!彼のように優れた研究者たちが我々が知らない概念や研究について話しているのを聞くのは、大いに刺激になります。

齊藤教授:同感です。私たち2人はときどき意見交換するのですが、研究の方向性にどこか似たものがあると感じます。磯部教授が研究しているフラーレンとカーボンナノチューブのベアリングは分子回転子で、私が研究しているスピンする電子は量子回転子です。偶然の一致かもしれませんが、面白そうでしょう?

AIMResearch近年、学際研究の重要性が広く語られるようになりました。異なる分野の研究者との共同研究はどのくらい重要ですか?

齊藤教授:私の研究チームのメンバーは、物理学、材料科学、数学から宇宙論まで、実に多様な背景を持っています。私は、AIMRに来るまでは物理学に集中していて、数学は、物理現象を合理的に説明したり定式化したりするためにしか使っていませんでした。そんな私がAIMRに来て初めて、数学が多くのことを教えてくれることに気がついたのです。数学を使うことで、それまでまったく違ったものに見えていた2つの物理現象の間に類似性を見出すことができたのです。まさに数学による発想の転換です。

量子力学では、時間の向きを反転させることができないものは2つしかありません。ひとつはブラックホールで、もうひとつはスピンしている電子です。電子が一方向にだけスピンするように、ブラックホールは大きくなるだけで、小さくなることがありません。数学的には、この2つの概念は非常によく似ています。電子と、その電子が存在する物体との角運動量が保存される理由を理解するためには、基本的に、一般相対性理論と同じ対称性概念を用いる必要があります。これはきわめて新しい考え方で、これまで誰も思いついたことのないものです。数学は、私たちが別々の現象を同じ土俵で論じることを可能にし、自然について新しい洞察を与えてくれます。

こうした概念を現実のものにするためには、材料科学と工学が必要です。私たちの出発点は、理論物理学とナノテクノロジーが交わるところにある微小電気機械システム(MEMS)という最先端技術です。MEMSは工学者には非常に人気がありますが、物理学者にはあまりよく知られていません。私たちは、理論的に予想した現象がMEMSを使って実現できるかどうか検証するため、情報交換を始めています。

新たな時代を創る二人の研究者は「異なる専門分野を持つ研究者同士が深く交流できること」がAIMRに来てよかったと思うことのひとつだと言う。
新たな時代を創る二人の研究者は「異なる専門分野を持つ研究者同士が深く交流できること」がAIMRに来てよかったと思うことのひとつだと言う。

磯部教授:たとえて言うならば、良い共同研究は、川の向こう岸とこちら岸で相手に向かって叫ぶようなことではなく、双方が川に入って、より自由にやりとりするようなことでなければなりません。今、実際にこのような理想的な共同研究が、私たちのグループ内で進んでおり、そこから新たな分子デザインが生み出されています。

コダックの研究者が1980年代に最初に有機発光ダイオード(OLED)を開発したとき、従来の発光ダイオードと無機材料の知識に基づいて、有機半導体材料を「p型」の正孔輸送体と「n型」の電子輸送体の2種類に分けました。現在ではそこからさらに発展し、市販の高効率OLEDは、別々の機能を担う異なる種類の材料を5層から6層重ねたものからできています。

けれども、ある種の炭化水素は電子輸送体としても正孔輸送体としても機能しうることが明らかになりました。この発見は、私のグループの材料科学者と有機化学者の間の意見交換から生まれました。化学者が材料科学者に、「有機分子には『n』も『p』もないのに、本当にn型やp型が必要なのだろうか?」と問いかけたのです。この化学者には、他の研究分野で当たり前になっている前提を疑う大胆さがあったのです。ごく最近の結果として、私たちはさらに1分子の単層からなるOLEDデバイスを開発することができました。このような画期的な成果はAIMRが推進する融合研究の賜物であり、従来の共同研究のスタイルでは実現しなかったでしょう。

新境地は、研究者と研究者の限りなく自由なやりとりから切り拓かれていくものなのです。