国際シンポジウム
材料-数学コラボレーションの新たな地平

2015年04月27日

世界各国からAMIS2015に参加したトップクラスの研究者たちは、融合研究がもたらす科学的恩恵について議論した

2月17日から19日にかけて開催されたAMIS2015には、34人の招待講演者を含め、14カ国・36の研究機関から268人の研究者が参加した。
2月17日から19日にかけて開催されたAMIS2015には、34人の招待講演者を含め、14カ国・36の研究機関から268人の研究者が参加した。

東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)が毎年開催している「AIMR International Symposium(AMIS)」。今年は2月17日から19日にかけて仙台国際センターで開催され、例年と同様に著名な物理学者、数学者、材料科学者が世界中から集まり、活発な議論が展開された。「材料科学と数学とのコラボレーションの新たな地平」というテーマの下、トポロジカル絶縁体の理論的予言から実験的発見に至る経緯や異方性結晶の光学的特異点など、数学と材料科学の有益な相互作用の実例が多数紹介された。

世界最高レベルの科学

開会の挨拶に立った東北大学の里見進総長は、温かい言葉で参加者を歓迎するとともに、小谷元子機構長が率いるAIMRの研究レベルの高さと国際的連携の強さに触れて、「AIMRの経験が東北大学全体の組織改革と国際化の原動力になりました」と語った。東北大学は2014年7月、AIMRをモデルにした高等研究機構(Organization for Advanced Studies:OAS)を設立し、AIMRをOASの最初の研究機関としている。

続いて挨拶を行った宇川彰WPIプログラムディレクター(PD)代理は、2007年度の世界トップレベル研究拠点(WPI)プログラム開始時に採択された、AIMRを含む5つの研究拠点の2014年度フォローアップ結果について報告した。WPIプログラムは各拠点に対し、「世界最高レベルの研究水準」「国際的な研究環境の実現」「融合領域の創出」「研究組織の改革」という4つの目標を達成することを求めている。宇川PD代理は、5拠点すべてが、これらの困難な目標を完全に達成したことで、世界トップレベル研究拠点という地位を獲得したと説明した。そして、トムソン・ロイターの調査で被引用回数が上位1%に入った2007年~2013年の論文の本数(5拠点全体で平均4.6%)などを例に挙げて、「WPIプログラム委員会は、5つのWPI拠点が実現した科学レベルの高さに感銘を受けています」と述べた。特にAIMRについては、小谷機構長のリーダーシップの下、数学と材料科学の連携が深まったこと、組織改革を通じて国際的な研究環境を作りあげたことなどを高く評価した。

最後に、小谷機構長自身が、AIMRの研究機関としての特徴と研究目標を紹介した。「私たちは2011年に、自らのアイデンティティを明確にしました。それは、数学と材料科学の連携を通じて材料の機能を予想し、構造をデザインすることにより、新しい材料科学の基礎を構築する研究機関になるということです」と語った。さらに、「数学と材料科学のコラボレーションを研究所レベルで組織的に進めることは前例のない取り組みであり、数学界と材料科学界の両方が強い関心を寄せています」と述べ、100件近いポスターセッションの発表の多くがAIMRのアプローチの長所を立証していると話した。

物性物理学と国際光年

続くオープニング・セッションでは、プリンストン大学(米国)の物理学者であるDuncan Haldane教授が最初の講演を行った。Haldane教授は、表面でしか電流が流れないトポロジカル絶縁体という興味深い材料に関する研究が評価されて、2012年にディラック・メダルを受賞している。Haldane教授は、トポロジカル絶縁体が最初に理論的に予言され、その後実験的に観察され、やがて物性物理学で最もホットなトピックになるまでの経緯を語った。「トポロジカル絶縁体は、材料科学者の鼻先、研究室の棚の上にあったのです」とHaldane教授は言う。「けれども、そこに面白いものがあるから探してみるべきだとは誰も言わなかったのです」。

物性物理学者Duncan Haldane教授は、トポロジカル絶縁体が実験的に発見される前に、その存在が理論的に予言された経緯について語った。
物性物理学者Duncan Haldane教授は、トポロジカル絶縁体が実験的に発見される前に、その存在が理論的に予言された経緯について語った。

その後、2次元材料や3次元材料でユニークな量子現象を示すトポロジカル絶縁状態が観察されるようになり、スピントロニクスデバイスや実用的な量子コンピューターが実現する望みがでてきた。Haldane教授の説明によると、「中央分離帯のある高速道路のように」さまざまな方向に運動する電子を物理的に分けて、情報を一方通行に流すことのできる材料も発見されているという。

次に講演を行ったブリストル大学(英国)の数理物理学の教授であるMichael Berry卿は、微視的物理過程で広く見られるベリー位相という効果を発見したことで1995年にディラック・メダルを受賞している。Berry教授は幾何学の観点から2015年国際光年を記念する講演を行った。結晶の特性を調べる際には、しばしば偏光(電場が単一の方向にのみ振動する光)が用いられており、Berry教授は「これは、鉱物学者なら誰でも知っている古い手法です」と話す。Berry教授は逆に、結晶を利用して光の偏光構造を探ることを思いつき、研究に応用した。「結晶光学は19世紀のテーマですが、まだ明らかになっていないことがたくさんあります」と語るBerry教授。偏光した光波同士が出会うときには、特異点と呼ばれる特殊な点を形成する。Berry教授は結晶モデルを用いて数種類の特異点を特定しており、「これらの特異点は光にとって根本的なものなのです」と説明した。

数理物理学者Michael Berry教授は、2015年の国際光年を記念して、結晶中に生じうる各種の偏光特異点の研究について講演を行った。
数理物理学者Michael Berry教授は、2015年の国際光年を記念して、結晶中に生じうる各種の偏光特異点の研究について講演を行った。

国際高等研究所(イタリア)のErio Tosatti教授は物性物理学の話題に戻り、物質の特性を探る物理学分野の2つの理論陣営が協力関係を深めることの利点について語った。一方の陣営には、ごく単純なモデルを考案する人々がいるとし、Tosatti教授は彼らをピノキオに例えた。もう一方の陣営にいるのは、現実的な計算やシミュレーションにより「ピノキオを人間の少年にする」人々である。Tosatti教授は、「どちらのアプローチも重要であることは明らかです」と言い、自身の研究チームが行っている強相関超伝導、ナノ接点での電流輸送、摩擦の3つの研究を例にとって、両陣営を近づけるための努力について語った。「私たちの世代は、モデルと現実的な計算を一緒にする公式を見つけなければならないのです」。

水素脆化、形を保持する液体、量子脳

続いて、九州大学のカーボンニュートラルエネルギー国際研究所(I2CNER)のPetros Sofronis所長とAIMRのThomas Russell主任研究者が、それぞれ最新の材料科学研究について講演を行った。

WPI拠点のひとつであるI2CNERは現在、水素の生産から輸送と貯蔵、燃料電池自動車まで、水素エネルギー社会を実現するための研究を進めている。「これらの応用のすべてにおいて材料は水素にさらされるため、両者の相互作用には十分気を配らなければなりません」とSofronis所長は指摘する。特に、水素を吸収した材料の強度が低下する水素脆化という現象は、以前から大きな問題になっているものの、いまだに解明されていない。Sofronis所長はこの問題に関する暫定的な見解を述べ、「水素脆化の問題を克服する方法について、予測モデルを構築する必要があるでしょう」と語った。

Russell主任研究者は、液体と固体の境界にある、まったく新しい種類の材料について紹介した。彼の研究チームは、水と油など違いに反発する2種類の液体を機能性ナノ粒子やポリマーと混合して液滴を作り、これに外場を加えて、細長い涙形など任意の形をとらせることに成功した。構造化された液体は、外場を除去した後も、変化した形と、もとの2種類の液体の特性を保持している。Russell主任研究員は、この特異な性質を利用すれば、液体回路や全液体電池などを作れるだろうと述べ、「1足す1を2以上にすることができるのです」と語った。

オープニング・セッションの最後を飾ったのは東京大学の合原一幸教授だった。数理生命情報学を専門とする合原教授は、量子人工脳に寄与しうるニューラルネットワークの数理モデル開発の研究について講演を行った。合原教授はその例として、貯蔵された画像を連続的、断続的、さらにカオス的にも取り出すことのできる200万次元のカオス的ニューラルシステムを紹介した。「人類が鳥を模して飛行機を作ったように、脳をヒントにして強力な情報処理マシンを作ることができるでしょう」と合原教授は話す。

小谷機構長はAMIS2015を振り返って、「各分野をリードし、その歴史を語る上で欠かすことのできない研究者を招待できたことを誇らしく思います」と話す。シンポジウムには34人の招待講演者を含め、14カ国・36の研究機関から268人の研究者が参加し、オープニング・セッションに続いて、広範にわたるテーマをカバーしたセッションとパラレル・セッションが3日間にわたり開催された。小谷機構長は、「AIMRは今後も、世界をリードする材料科学研究として社会貢献の努力を続けることを誓います」と、AIMRを持続的に成長させる決意を新たにした。