主任研究者インタビュー
実を結んだ数学的アプローチの成果

2014年01月27日

2007年にWPI拠点のひとつとして設立されたAIMRは、2011年末に数学との連携により材料科学研究を推進するという大胆な研究戦略を新たに採用し、早くも目覚ましい成果をあげ始めている

東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)が進めている「Mathematics-driven approach(数学の視点を材料科学に取り入れるアプローチ)」は、世界に類を見ない研究文化を確立し、AIMRをほかのWPI(世界トップレベル研究拠点プログラム)拠点と大きく異なるものにしている。この戦略はまだ初期の段階にあるが、すでにいくつかの興味深い結果が得られている。バルク金属ガラスグループのMingwei Chen(陳明偉)主任研究者と、数学ユニット主任研究者である小谷元子AIMR機構長の二人に、最近「Science」に論文として掲載された共同研究について話を聞いた。

Mingwei Chenバルク金属ガラスグループ主任研究者
Mingwei Chenバルク金属ガラスグループ主任研究者

AIMResearchお二人の研究グループが共同発表された論文「Geometric Frustration of Icosahedron in Metallic Glasses(金属ガラスにおける20面体の幾何学的フラストレーション)」は、数学に基づく予見を材料研究に役立てるアプローチの好例です。この論文のおもな知見を要約していただけますか?

Chen主任研究者:私たちの研究は、ガラス状態では金属原子が20面体の幾何学的な歪み構造をとることを示す決定的な証拠を提出しました。このことは以前から提案されていましたが、私たちは、(局所構造を観察した)実験の結果を広範囲の構造を扱うモデルやシミュレーションと組み合わせることにより、この歪んだ20面体構造が金属ガラス系の長距離無秩序の理論的予測に利用できることを確認しました。

金属ガラスの構造と特性の相関を解明するためには、原子スケールで分析を行う必要があります。結晶物質とは異なり、ガラスには粒子や欠陥のような明確に定義された微細構造がないからです。このことは、ガラスが本質的に長距離無秩序から構成されることを意味するため、研究を非常に困難にします。ガラス物質の原子配列を解明することは、液体からガラスへの転移や、せん断変形帯の形成(力を印加したときの原子の動き)や、原子間結合の切断とガラス物質の破断についての理解につながります。私たちが今回「Science」で発表した論文1は、2011年に「Nature Materials」で発表した論文2に続くもので、幾何学的およびトポロジカルな原子配列などの局所構造の特徴を解明し、ガラス状態においてこれらがどのように歪んでいるかを明らかにしたものです。

AIMResearch今回の発見は、実験、理論と数学モデルを組み合わせることによって成し遂げられたものなのですね。今回の研究で、これらはどのような役割を果たしたのでしょうか?

Chen主任研究者:ご想像のとおり、この研究では技術的側面が非常に重要になります。特に重要なのは、オングストローム電子線電子回折法です。この手法では、改良した透過型電子顕微鏡を用いて、直径約3オングストロームのコヒーレントな電子線を正確に集中させることができます。この技術がなければ、試料の局所的原子配列を観察することはできませんでした。これは、金属ガラスだけでなく、酸化物ガラスやその他の無秩序系の画像を詳細に撮影することを可能にした初めての技術です。

小谷機構長:実験データを金属ガラスの全体構造のイメージに変換することが、今回の研究の大きな部分を占めていました。この問題に取り組んだのがバルク金属ガラスグループの平田秋彦准教授と、小谷研究室の松江要助教でした。彼らはComputational Homology Project(CHomP)という、高度なトポロジカル手法を用いるモデル作成プログラムを利用し、局所構造データから大域的な構造を導き出しました。

このウェブベースのソフトウェアを使えば、数学を専門としない研究者でも、比較的簡単にトポロジカル手法を用いて複雑なデータを解析することができます。その結果、ガラス物質やナノポーラス材料について調べているAIMRの多くの研究者が、トポロジーを利用して複雑な図形や階層から本質的なデータを得ることに興味を持つようになりました。

AIMResearch今回の研究に高い科学的価値があることは明らかですが、数学を重視した材料科学研究という観点において、その重要性はどこにあるのでしょうか?

小谷元子AIMR機構長、数学ユニット主任研究者
小谷元子AIMR機構長、数学ユニット主任研究者

小谷機構長:私たちが数学に基づく予見を材料研究に役立てる新しいアプローチを提案したとき、多くの人が、魅力的なアイデアだが実現は非常に難しいだろうと考えました。つまり、リスクが高い戦略だということです。私は、自分たちが選んだ方向性は正しいと確信していましたが、正直なところ、こんなに早く具体的な成果が得られるとは予想していませんでした。まだ真のブレイクスルーを起こすところまでは来ていないと思っていますが、今回のChen教授の論文のような成果が出て、私たちの研究プログラムが正しい方向に進んでいるという確信を持ちました。

Chen主任研究者:数学と材料科学を組み合わせるというコンセプトの正しさをこれだけ短い期間で証明できたことは、私も大きな意義があると思います。今回の共同研究は、私たち実験家に新しい研究ツールを与えてくれただけでなく、概念の視点を変え、新しい研究哲学に目をひらかせてくれました。系のトポロジカルな解釈を探るなど、より基礎的なアプローチをとることによって、細部と全体の両方に気を配ることが可能になりました。

AIMResearch現在の共同研究のスタイルは、どのように発展していくと思われますか?

Chen主任研究者:私たちは、すべての種類のガラス物質のふるまいには共通点があると確信していて、今は、自分たちの手法をポリマーや酸化物ガラス、カルコゲニドガラスなどの系にも適用できるように努力をしています。今後は、実験データから導かれた理論モデルを用いて、特性を強化した材料の設計にも着手する予定です。

小谷機構長:ガラス物質の統一的理解は、AIMRの研究の主要な領域の1つです。将来は、こうした系の普遍的な枠組みの確立に集中することになるでしょう。ガラス物質の従う系は、ある種の数学的規則に従う粒子動力学と、ナビエ=ストークス方程式を用いて記述できる連続体力学との境界領域に属しています。現時点では、こうした現象を記述できる「マスター方程式」がないため、これらの領域を扱うことのできる数学理論の構築は大きな挑戦であるといえます。

AIMResearchAIMRの研究環境は、今回の発見にどのように役立ちましたか?

Chen主任研究者: WPIプログラムのもと、AIMRは異分野間の融合研究を推進するための環境整備に積極的に取り組んできました。このことは、私たちの研究に成功をもたらした要因の1つです。AIMRの数学者は私たち実験家と同じ建物で研究しているので、別のキャンパスに出かけていかなくても、その場で数学者と議論し、共同研究に着手することができるのです。

小谷機構長:私は、WPIプログラムからこうした融合研究の機会と支援を与えられたことに、深く感謝しています。AIMRにいれば、議論の相手として最高の研究者と毎日のように顔を合わせて、自分が取り組んでいる問題について深い議論を交わすことができます。このようなことは、ほかの研究機関では不可能です。研究者同士の交流を促すため、数学者と実験家の橋渡しをする若手独立研究者からなるインターフェースユニットも設立しました。この画期的なシステムはAIMRの若手研究者を大いに刺激したため、東北大学の全体で導入が検討されています。AIMRの数学と材料科学の研究は、今、非常にやりがいのある面白い時期なのです。

References

  • Hirata, A., Kang, L. J., Fujita, T., Klumov, B., Matsue, K., Kotani, M., Yavari, A. R. & Chen, M. W. Geometric frustration of icosahedron in metallic glasses. Science 341, 376–379 (2013). | article
  • Hirata, A., Guan, P., Fujita, T., Hiroshi, Y., Inoue, A., Yavari, A. R., Sakurai, T. & Chen, M. Direct observation of local atomic order in a metallic glass. Nature Materials 10, 28–33 (2011). | article