インターフェースユニット座談会
架けられない橋はない

2013年10月28日

数学者と材料科学者とのコミュニケーションの橋渡しを担うインターフェースユニットが、両分野の研究のあり方を変え始めた

AIMRのインターフェースユニットのメンバー。左上から時計回りに、小林幹助教、観山正道助手、Daniel Packwood助教、佐藤浩司助教。
AIMRのインターフェースユニットのメンバー。左上から時計回りに、小林幹助教、観山正道助手、Daniel Packwood助教、佐藤浩司助教。

東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)は、小谷元子機構長の下で「材料科学に数学の視点を導入する」という大胆な戦略を導入した際、ある根本的な問題に直面した。それは、独自の抽象概念を持って研究を進める数学者と、具体的な問題に主に実験的手法で取り組む材料科学者が、どうすれば共通の言葉で議論できるのか、ということだ。 

この問題を解決するため、AIMRは8人の若手理論物理学者と理論化学者からなるインターフェースユニットを創設した。彼らには材料科学者と数学者の「架け橋」になることが期待されている。特に、AIMRは3つのターゲットプロジェクト(数学的力学系に基づく非平衡材料、トポロジカル機能性材料、離散幾何解析に基づくマルチスケール階層性材料)を重要研究課題として定め、高等数学の力を借りて研究を進めている。インターフェースユニットのメンバーには、これらのプロジェクトを成功へ導くため、ターゲットプロジェクトの理論的側面を補強する数学的なツールやモデルを開発し、それらを今後の実験研究の指針として役立てることが求められている。この斬新なアプローチは、AIMRの研究者たちが研究に取り組む方法を変えるだけでなく、次世代の学際研究のモデルとなる可能性を秘めている。

新しい道を模索する

非線形力学を専門とするAIMRの小林幹助教は、2012年にインターフェースユニットに加わった。当初は、材料科学に数学の視点を導入する研究戦略が本当に機能するのか半信半疑であったという。「材料科学は十分に確立した研究分野で、数学コミュニティーからの寄与がなくても著しい結果をあげています。そのため、AIMRの研究者が本当に私たちの助けを必要としているのか、確信が持てませんでした」。けれどもそれは杞憂であった。「実際に実験グループと議論を進める中で、数学を重視した材料科学研究という新しい道を模索する彼らの真摯な姿勢に、強く心を動かされました」。同じく2012年にインターフェースユニットに加入した理論物理学者の観山正道助手も、同様の感想を持ったという。「私も、AIMRに来た当初は、専門の統計熱力学が本当に役に立つのだろうかと疑問に思っていたのですが、実験グループの同僚は私たちが議論に加わることを歓迎してくれました。今では、お互い積極的に協力しあえていると思います」。

数学グループと材料研究グループとの連携を深めるためにインターフェースユニットが用いた戦略は、双方がともに興味を持てそうな問題を見つけることだった。ニュージーランド出身の理論化学者であるDaniel Packwood助教は、「どちらの側からも議論ができるような『種』をまくことが重要です」と説明する。「通常は、材料科学者が私のところに実験結果から生じた課題を持ってきます。彼らと議論した結果をもとに、理論的な解析を進め、時には論文として発表できるまで研究が発展することもあります。一方AIMRでは、私たち理論家が思いついた数学的概念に材料科学者が興味を持つという、通常とは逆の流れで議論が進むこともめずらしくありません」。

境界線のない研究

インターフェースユニットは、AIMRの数学者と材料科学研究者の懸け橋になることが期待されている。
インターフェースユニットは、AIMRの数学者と材料科学研究者の懸け橋になることが期待されている。

AIMRでは、毎週開かれるティータイムでの交流を通じて、研究者同士が自由闊達な議論を行い、多くの共同研究が進められている。さらに、インフォーマルなセミナーを定期的に開催し、基本的な質問でも参加者が自由に発言できる場をつくることで、異分野間の融合を促進している。スピントロニクスの研究者である佐藤浩司助教は、2013年の初めにインターフェースユニットの一員になった当時を回想し、「以前所属していた研究機関では、異なる分野の研究者と議論することが難しかったため、AIMRに着任当初は、専門分野が異なる研究者に話しかけることに慎重でした」と語った。「けれどもここでは、共同研究をしなければという良い意味でのプレッシャーがあるので、今では他分野の研究者にも臆することなく積極的に質問し議論することができています」。

インターフェースユニットのメンバーと材料科学者との距離が縮まるにつれ、AIMR内のコミュニケーションは大いに活性化されたが、インターフェースユニットの最大の役目は「バイリンガル」であることだ。「数学者と話しているか、材料科学者と話しているかによって、言葉を使い分ける必要があるのです」とPackwood助教は言う。小林助教もこれに同意し、「分野によってある程度の言葉の違いが出ることは避けられません。むしろ望ましいことだと思います」と語る。それを受けて観山助手は以下のように話す。「数学と材料科学を混ぜ合わせるのではなく、両者の間に橋を架けることが私たちの仕事です。数学者には、数学者としてのアイデンティティを保ちながら、材料科学者とのやりとりから生まれてくる洞察を自分のために役立ててほしいと思っています」。

このような努力の甲斐あって、材料科学に数学の視点を導入するアプローチへの懸念はほとんど払拭され、すでに目に見える成果を生み始めている。実際に、インターフェースユニットのメンバーは多くの国際会議に出席してプレゼンテーションを行ったり、材料科学者と共同で主要学術誌に論文を発表したりしており、この戦略が正しい方向へ進んでいることを証明している。

学際研究の型を打ち壊す

インターフェースユニットが果たす融合研究の効率的な促進という役割は、「学際研究プログラムの強化をめざす国内外の大学や研究機関のモデルになるでしょう」とPackwood助教は言う。「数学分野での成果はこれからですが、私たちはすでに、通常の理論物理学の研究では見られないような革新的な成果をあげています。このような成果は、単にいろいろな分野の研究者を一緒にしただけでは生まれてきません。触媒が必要なのです」。インターフェースユニットは、まさにそうした刺激を提供する一方で、新しい研究手法の開発にも寄与している。それは、従来の材料科学に比べて理論に基づく機能の予見を重視する手法であると同時に、伝統的な数学よりも記述的なアプローチだ。「材料科学のような成熟した研究分野では、新たな発見や新しい手法の開発が研究の発展に特に重要です。簡単ではないですが、私たちのアプローチが新しい可能性をひらくきっかけになればと願っています。」と佐藤助教は説明する。

このような変化は一朝一夕では起こらず、材料科学者と数学者の両方が、自分にとって居心地のよい専門領域の外に出て努力する必要があるだろう。材料科学者は、経験や直観だけでなく、理論もベースにしたアプローチから実験を行う必要がある。一方数学者をはじめとした理論家は、理論の完全性をある程度あきらめなければならないかもしれない。材料科学に数学の視点を導入するという戦略の推進は、AIMRやその後に続く融合研究にとっては大きな実りをもたらす可能性があるが、研究者にとっては少なからぬ覚悟と勇気が必要だ。それでも、材料科学の新たな可能性を拓くため、AIMR の材料科学者は研究の進め方を変えようとしているとPackwood助教は指摘しながら、最後にこう続けた。「理論家である私たちにも、同じことが求められています。それは非常に刺激的で、困難ですがとてもやりがいがある挑戦です。私たちは、これまでと違った考え方を学ばなければなりません。おそらく、材料科学と数学を近づける、まったく新しい手法や考え方が必要になるでしょう」。