機構長インタビュー
次なる飛躍に向けて

2013年07月29日

小谷機構長が就任からの1年間を振り返り、AIMRの今後の展望を語る

小谷元子AIMR機構長
小谷元子AIMR機構長

東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)は2007年の設立以来、材料科学研究分野において世界をリードする拠点になるという目標を掲げて、革新的で質の高い研究を行ってきた。金属ガラス、材料物理、ソフトマテリアル、デバイス・システムの4つの研究グループが分野を超えて「融合研究」をすすめた4年間を経て、AIMRは2011年、新たな挑戦に踏み切った。それは、数学の視点により融合研究を加速させ、材料科学のブレークスルーを生み出すことである。 

材料科学と数学のコラボレーションは、有機化学者の山本嘉則初代機構長の後任として2012年に就任した数学者の小谷元子機構長が具体的に発展させている、他に類を見ない、きわめて野心的な取り組みである。「AIMRには、伝統的な枠組みにとらわれずに研究を進めていける基盤があります。数学の視点を取り入れたことにより機構はさらに活発化し、すでに、これまで以上の成果が出始めています」と小谷機構長は語り、自身の戦略に確かな手ごたえを感じている。WPIの10年計画の第2期に入ったAIMRのこの1年間の活動成果と今後の展望について、小谷機構長に詳しく話を聞いた。

グリーンマテリアルの創製をめざす融合研究

数学的手法を導入するという小谷機構長の新しいビジョンを成功に導くために、AIMRは「数学的力学系に基づく非平衡材料」、「トポロジカル機能性材料」、「離散幾何解析に基づくマルチスケール階層性材料」という3つのターゲットプロジェクトを定め、数学に基づく予見を機能性材料研究に役立てるアプローチに挑んでいる。

「従来の典型的な研究では、実験によって新たな現象を観測し、これを分析して、それを基に理論的説明を得るという流れが主流です。ターゲットプロジェクトではこの流れを逆にしたいのです。数学者と材料科学者がチームを組んで、共通の関心事項や共有できる目標を探すところから始めました」と小谷機構長は説明する。「新しいアプローチを導入したと言っても、材料科学研究所として最先端の機能性材料の創製をめざすことに変わりはありません。むしろ、この目的を強化する一つの試みなのです」。ターゲットプロジェクトにおける主要研究テーマには、新しいタイプの金属ガラス、スピントロニクス材料、微小電気機械システム(MEMS)などのデバイスのほか、省エネルギーに貢献するナノポーラス金属触媒、光電変換や熱電変換のための新規材料の開発などがある。これらはいずれもAIMRがミッションとする「グリーン技術に基づく社会の実現」のために欠かせないものだ。

この独創的な取り組みを支えるのは、若手の理論物理学者と理論化学者からなるインターフェース・ユニットである。彼らは特定の研究室に所属することなく、それぞれの自由な興味で複数のプロジェクトに同時に参加し、数学者と実験材料科学者を結ぶ「かけ橋」となって、AIMRの新しいアプローチを理論的に補強する。このような役割を担う研究者の概念はきわめて斬新だが、彼らが円滑なコミュニケーションを促進していることもあり、この1年ですでにナノポーラス材料、金属ガラス、複雑な構造をもつ材料のトポロジカル解析など、幅広い分野での成果が論文発表されている。「今後もこの画期的な連携体制が、新しい知見の発見につながることを期待しています」と小谷機構長は言う。

世界中から集まる優秀な研究者

AIMRは国際的な連携も強化しており、この1年でカリフォルニア大学サンタバーバラ校(米国)、中国科学院化学研究所(中国)、ケンブリッジ大学(英国)の3拠点に、海外サテライトとなるAIMRジョイントセンター(AJC)を設置した。AIMRはすでに多くの海外研究機関とパートナーシップを結んでいるが、AJCは特に先進的な取り組みで、AIMRの研究者が現地に赴き、現地の研究者と集中して共同研究を行なっている。「数学の視点を取り入れた材料科学研究のアプローチを確立し、これを推進する研究所として、世界におけるAIMRの存在感が増しています。それゆえ、国際的な連携のためのネットワークの拡充がますます重要になっています」と小谷機構長は強調する。「私たちがめざしているのは、新しいアイデアを発見し、それを具体的なプロジェクトにし、世界と共有することです。3カ所のAJCは、この目標を実現するための入口なのです」。

国際連携強化のための取り組みはこれだけにとどまらない。次世代を担う若手研究者の育成にも力を入れており、2012年には、大学院生を対象とした初のサマースクールを開催した。1週間にわたり行われたこのプログラムには、国内外の応募者200人以上の中から選ばれた30人が参加した。また、2013年3月には、二カ国語のニュースレター「AIMR Magazine」の刊行を開始し、AIMRの理念や研究、イベント情報を、より広い科学コミュニティーや一般の人々に向けて発信している。

海外から新しく来た研究者にとっては、生活を軌道に乗せることも重要である。そのことを熟知しているAIMRは、研究者が個人としても充実した生活を送れるようにするため、キャリアから日常生活の問題にまで及んだあらゆる支援を行っている。さらに、研究者だけでなくスタッフも気兼ねなく意見を出しあえる、自由闊達な雰囲気づくりにも尽力している。その好例が、毎週金曜日に開催される「ティータイム」だ。これは、事務部門のスタッフが提案して大成功を収めているイベントで、ここでは学生や若手研究者が世界トップクラスの上級研究者とざっくばらんに議論をする。「ティータイムはどの部門でも好評で、研究者同士を互いに強く結び付けています」と話す小谷機構長。海外出張など仙台を離れることも多いが、いるときは顔を出して交流を楽しんでいる。「多くの職員や学生から『AIMRの一員になってよかった』という声が聞こえてきます。彼らは、ほかの研究室を自由に訪問して共同研究を持ちかけられるAIMRの雰囲気を大いに享受しているようです」。

未来を見据えて

このような一連の支援の効果もあり、この1年でAIMRの研究者に相次いで栄誉ある賞が授与された。その中には、平成25年度文部科学大臣表彰若手科学者賞を受賞した相馬清吾助教や、平成24年度日本学術振興会育志賞を受賞した高山あかり研究員のような有望な若手もいる。主任研究者の業績も国際的に高く評価されており、栗原和枝主任研究者は、化学と化学工学の分野で大きな貢献をした女性科学者に贈られる「IUPAC 2013 Distinguished Women in Chemistry or Chemical Engineering」賞を受賞した。また、大野英男主任研究者は「半導体エレクトロニクスと磁性・スピントロニクスの融合に対する貢献とリーダーシップ」が評価されて、2012年IEEEデビッド・サーノフ賞を受賞した。

研究者がさまざまな制約にしばられず、自由に能力を発揮して優れた業績をあげることのできる研究機関であり続けるには、独自の財政基盤の充実が不可欠である。そう考える小谷機構長は、2013年初頭に原子分子材料科学高等研究機構基金(AIMR基金)を創設した。「AIMRが掲げるすべての目標を達成するためにはどうすればよいか、私は明確なビジョンを持っています。しかし、これには時間がかかるため、AIMR基金を通じて多くの方の力を借りながら、研究活動を新たなステージに持っていきたいと考えています」。

小谷機構長が大胆に推し進める革新的で実践的な戦略のもと、AIMRは世界トップクラスの研究者だけでなく、若手研究者も活躍できる環境づくりをすすめてきた。WPIの10年計画の第2期が終わるころには、世界拠点としてさらなる高みに到達しているだろう。「これまで積み重ねてきた私たちの努力が、ここに来て大きく花開こうとしています」と小谷機構長は語る。「そして次の段階では、たしかな実を結ぶのが見られることでしょう」。

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