機構長と副機構長インタビュー
世界に類を見ない材料研究をめざして

2012年02月27日

WPI-AIMRの山本嘉則機構長と小谷元子副機構長が、これまで取り組んできた課題を振り返り、今後の展開について語る。

AIMResearch先日、東北大学原子分子材料科学高等研究機構(WPI-AIMR)は設立4周年を迎えました。特に重要な業績にはどのようなものがありましたか?

山本嘉則現機構長
山本嘉則現機構長

山本機構長:WPI-AIMRは、一つ屋根の下にさまざまな分野の世界レベルの研究者を集めて、材料科学の広範なテーマについて最先端の研究を行い、主要な国際学術誌に数多くの論文を発表してきました。そのなかでも、特に目立つ業績がいくつかあります。例えば、高橋隆教授のグループの若手である相馬清吾助教は最近、高温超伝導現象のメカニズムの解明に向けた基礎研究を大きく前進させる、非常に重要な成果をあげました。WPI-AIMRには、独自に開発した世界最高性能の角度分解光電子分光装置(ARPES)があります。相馬助教らのチームはこの装置を利用して、高温超伝導に電子スピンが果たす重要な役割を確認しました。ほかにも注目すべき成果として、宮崎照宣教授のグループが「ノーマリー・オフ・コンピューター」に応用できる新しい材料を発見しました。従来のコンピューターは、使用時に常に電源が入っている必要があります。これに対して、ノーマリー・オフ・コンピューターは、その名のとおり普段は電源が切れていて、メモリーを操作する瞬間だけ電源が入るコンピューターです。消費電力は既存のコンピューターに比べて最大で70%も少なくなると期待されています。

AIMResearchWPI-AIMRはこれまで4つの研究グループから構成されてきましたが、2011年4月より小谷教授をリーダーとする数学ユニットが加わりました。数学ユニットは、どのような体制になるのでしょうか?今後、WPI-AIMRの研究活動のあり方をどのように変えていくことが期待されているのでしょうか?

小谷副機構長:数学ユニットは、東北大学の応用数学連携フォーラム(AMF)メンバーとも協力しながら、ほかのグループの研究者と積極的に連携しています。近いうちに、私を含めた3人の主任研究員に加え、2人の准教授、3人の助教という体制になります。ゆくゆくはポスドク研究員や博士課程大学院生も迎え、WPI-AIMRで行われる実験に数学的視点を加えて、よりよい理論構築に貢献したいと考えています。材料科学を根本に立ち返って分析することにより、最も優れた結果を最も効率的に得るための研究方針を提示できると期待しています。

山本機構長:その好例が、上述の相馬助教の高温超伝導に関する研究です。こうした研究では、実験による試行錯誤を重ねながら、より性能の高い超伝導体に徐々に近づいていくアプローチが一般的です。しかし、このアプローチは限定的で、費用も時間もかかります。数学ユニットと協力して高温超伝導の理論モデルの精度を高めることができれば、研究チームは従来のアプローチよりもはるかに短い時間で高性能の系に集中できるようになるでしょう。

AIMResearch:WPI-AIMRは世界トップクラスの研究環境をつくるため、画期的なアイディアを積極的に取り入れてきました。それは、どのようなものでしたか?また、その過程でどのような困難に遭遇し、克服してきましたか?

山本機構長:世界トップクラスの研究環境づくりは、おそらく、私たちの前に立ちはだかった問題のなかで最大の難問だったと言えるでしょう。私たちが出した答えの1つが、完成したばかりの、このすばらしい本館です。ひとつ屋根の下に研究者全員が集うことは、「融合」研究を推し進めるために必要不可欠です。

小谷元子次期機構長
小谷元子次期機構長

小谷副機構長: 本館の設計に関して、自由闊達な議論と交流を促すことを、私たちは何よりも重視しました。この理念はオープン・エリアに反映されています。研究者たちはここで出会い、コーヒーを飲みながらざっくばらんに話し合うことができます。すぐ手が届く場所にホワイトボードがあり、議論に利用できます。多くの日本の大学では、気軽なミーティングのための場所は貴重なスペースの無駄とされることが多いのですが、このような場は、私たちの研究環境には欠かすことのできない要素の1つです。ブレイクスルーにつながるような融合研究文化をはぐくみ、日本の大学の現状を改革することは、世界トップレベル研究拠点(WPI)プログラム全体の主要な目標の1つであり、WPI-AIMRの成功も、これがうまくいくかどうかにかかっているのです。

山本機構長:私たちにとってのもう1つの大きな課題は、外国人研究者を迎えるための環境づくりでした。私たちは、外国人のスタッフや学生が快適な研究生活を送れるようにするため、新しい取り組みを数多く行っています。例えば、コミュニケーションを円滑にするために機構内の公用語を英語に定めました。外国人のスタッフや学生のための新しい国際交流会館も建設中です。

小谷副機構長:私たちは現在、WPI-AIMRの研究者1人1人に最大限の支援ができるように、きめ細やかな体制を構築しているところです。従来のシステムでは、研究者が誰のところに行けば必要な支援を受けることができるかがわかりにくかったので、支援スタッフの役割を明確にし、支援しやすい環境を整えました。

AIMResearch:WPI-AIMRは、2011年の東日本大震災によりどのような被害を受けましたか?復旧はどのくらい進みましたか?

山本機構長:この震災で仙台を含む東北地方全域は甚大な被害を受け、多くの人命が失われました。WPI-AIMRでは、3月11日の地震の直後、被害を確認し職員と学生の安全を確保するため、短期間だけ活動を停止しました。外国人メンバーの一部は一時帰国しました。その後数週間は大きな余震が続きましたが、地震から2、3週間以内に、大部分のチームが再び集まり、研究に戻ることができました。建物の被害はほとんどありませんでしたが、一部の施設と機材は深刻なダメージを受けました。

小谷副機構長:震災による被害額は莫大ですが、私たちは研究への影響を最小限に抑えるために尽力しました。例えば、損傷されずに残った実験装置を最大限に活用するにはどうすればよいか考え、これまでとは違った方法を産み出すことで研究を推進しました。研究者たちはまた、実験装置の修理や交換を待つ時間を使って、既存のデータの分析と論文の執筆に集中しました。WPI-AIMRは、東北地方の復興に強い使命感を持っています。そして、私たちにできる最善のことは、なにがあっても研究を続けることなのです。

 
 

AIMResearch:2012年4月から小谷教授がWPI-AIMR機構長に就任します。次の5年間の展望をお聞かせ下さい。

山本機構長:機構の規模は、現在と同じ200人程度でしょう。この規模のまま、WPI-AIMRが東北大学や日本国内の他大学に影響を及ぼしていけるように、機構を発展させなければなりません。東アジアの研究機関が欧米の研究機関と競い合っていくためには、研究と教育の両面での見直しが必要です。この問題の解決策として、私たちは日本の大学の研究文化に変革を起こすような研究所をつくっていきたいと考えています。

小谷副機構長:WPI-AIMRに所属する研究者全員にとって最も重要な研究テーマは、「材料を通じて未来をつくる」ことです。私たちはまた、数学を用いて理論モデルの精度や信頼度を高め、実験の予測可能性と効率を向上させるつもりです。この試みを通じて、WPI-AIMRは、数学と材料科学を結びつける前例のない研究所のモデルになるでしょう。私はWPI-AIMRを世界に類例を見ない研究所にしたいと思っています。世界中から優秀で野心的な研究者たちを引き寄せ、人類のニーズに応えるだけでなく、ライフスタイルや価値観を変えてしまうような材料を産み出す研究所にしたいのです。