マグノン: 単純な数理に支配されたスピンの増幅

2020年07月27日

先進的なコンピューティング技術の開発に役立つ可能性のあるマグノンの増幅現象は、ブランコを漕ぐ運動と同じ数式で記述される

AIMRの研究者らは、2層の強磁性体(円板)で非磁性体層を挟み込んだ積層ナノ磁性体(シンセチックアンチフェッロマグネット)において、マグノン(スピンを表す矢印がついた青色の球)を増幅させる方法を見いだした。

© 2020 Shigemi Mizukami

サンドイッチ構造の積層ナノ磁性体において、波のように伝わる電子スピンの歳差運動を増幅させることのできる新しい方法が、東北大学材料科学高等研究所(AIMR)の研究者らによって見いだされた1。この増幅効果は、脳に着想を得た次世代のコンピューターに利用できるかもしれない。

従来のシリコンベースのコンピューター技術は小型化の物理的な限界に急速に近づきつつあり、「ポストシリコン時代」に向けた代替技術が探索されている。中でも有望な技術の一つに、脳のデータ処理を模倣するニューロモルフィック・コンピューティングがある。

「マグノン」と呼ばれる電子スピンの歳差運動は、粒子のような振る舞いと波のような振る舞いの両方を示し、ニューロモルフィック・コンピューターの情報担体の候補として注目されている。しかし、マグノンはそのままでは次第に減衰するため、回路での使用を試みる前に、それらをナノスケール領域で、かつ高エネルギー効率で増幅させる方法が必要になる。

AIMRの水上成美教授らは以前、強磁性体で非磁性体層を挟み込んだ積層ナノ磁性体(シンセチックアンチフェッロマグネット)において、高周波の光学モードと低周波の音響モードという二つのマグノンモードを観測した。

今回水上教授らは、超高速レーザーパルスを用いる独自の測定法によって、これらのマグノンモードが相互作用すると、光学モードによって音響モードが増幅されることを発見した(図参照)。光学モードの振動数が音響モードの振動数のおよそ2倍となるとき、音響モードが光学モードによって一時的に増強されることが見いだされたのである。

研究チームは、この効果を利用すれば、高エネルギー効率のマグノンナノ増幅器を作製できると期待している。水上教授は、「この発見は、積層ナノ磁性体を用いたマグノンコンピューティングの実現に向けた最初の重要な一歩です」と説明する。「特に、将来のニューロモルフィック・コンピューターの構成要素となるナノスケール・スピントロニクス素子の開発に新しい視点を与える成果です」。

さらなる知見を得ようと、研究チームはこのマグノン増幅の数理解析を行った。すると意外にも、この現象を記述する数式は、ブランコに乗る子どもが脚を屈伸させてその振れ幅を大きくする運動を記述する数式と等価であることが判明した。「マグノン増幅を支配する数理は、ブランコを漕ぐ運動の数理と同じだったのです」と水上教授は言う。「この数理は非常に単純で、自然界の多くの物理現象を記述するものですが、そうした基本的な物理が人工の積層ナノ磁性体にも内在していたのは意外でした」。

研究チームは、今回発見された積層ナノ磁性体における増幅原理を用いて、新しいマグノンコンピューティング・アーキテクチャーを実現したいと考えている。

References

  1. Kamimaki, A., Iihama, S., Suzuki, K. Z., Yoshinaga, N. & Mizukami, S. Parametric amplification of magnons in synthetic antiferromagnets. Physical Review Applied 13, 044036 (2020). | article

このリサーチハイライトは原著論文の著者の承認を得ており、記事中のすべての情報及びデータは同著者から提供されたものです。