量子材料: 電子の海から飛び出す超高速電子

2017年01月30日

半金属結晶の表面に発現する特徴的な電子状態から、三次元コンピューティングデバイスへの応用が期待されるエキゾチック準粒子が結晶内に存在していることが確認された

NbP結晶表面に発現するフェルミ弧のパターンから、結晶内のワイル点の存在が確認され、NbPがワイル半金属であることが示された。この研究結果は、超高速エレクトロニクスの幕開けにつながる可能性がある (太い黒色矢印はスピンの方向を示す)。図中文字Fermi arc: フェルミ弧Weyl points: ワイル点
NbP結晶表面に発現するフェルミ弧のパターンから、結晶内のワイル点の存在が確認され、NbPがワイル半金属であることが示された。この研究結果は、超高速エレクトロニクスの幕開けにつながる可能性がある (太い黒色矢印はスピンの方向を示す)。

図中文字
Fermi arc: フェルミ弧
Weyl points: ワイル点

© 2016 Seigo Souma

スピントロニクスへの応用が期待される「ワイル半金属」の特殊な電子状態が、東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)のチームによって直接観測された1

1929年にその存在が最初に予想され、2015年になってようやく観測された「ワイル粒子」は、電子と同じスピン特性を示すが光子のように質量のない特殊な粒子であり、今日のコンピューティングデバイスよりはるかに高速な電子電荷輸送を可能にすると期待されている。また、この準粒子は、結晶構造中の欠陥によって散乱されることなく、たやすく通過することができる。

研究者たちがワイル粒子を検出することができたのは、2成分の遷移金属からなる「半金属」が発見されたおかげである。ワイル半金属では、結晶格子中の空の伝導バンドと電子が存在する価電子バンドが交差する点(ワイル点)において、電子が分裂してワイル粒子のペアが発現する。この半金属はワイル点でグラフェンの三次元版のような特性を示すが、炭素原子シートにはない有用なスピン偏極バンドを持つ。

これまでの計算から、数種類のワイル半金属が存在しうることが示唆されていた。今回、AIMRの相馬清吾准教授は、ドイツと日本の共同研究者と共に、技術的に興味深い特性を持つワイル半金属を、幾何学的な特徴に着目して特定できる手法を考案した。相馬准教授によると、ワイル粒子は常に明確なカイラリティー(対掌性)を持って現れる。この特性は、「フェルミ弧」と呼ばれる開いた形状をもった表面電子状態として発現する。しかし、金属には他にも多くの表面状態があるため、こうした「フェルミ弧」を見分けることは困難で、時間を要する。

「観測された多くの表面バンドの中からフェルミ弧状態を特定するには、バンド計算を使う必要があります」と相馬准教授は言う。「こうした計算なしでは、普通、どれがどれだかわかりません」。

実験のみからフェルミ弧状態を検出するため、研究チームは電荷移動度が非常に高く、磁力が強いと報告されているNbP(Nb:ニオブ、P:リン)を検討した。そして、NbPを特定の格子方位に劈開すると、片面にニオブが露出し、反対側の面にリンが露出した結晶面が得られることに気付いた。研究チームはそれぞれの表面の電子状態を光電子分光法で測定し、その差を対比することによって、ワイル点と、それらをつなぐ枝状のフェルミ弧状態をマッピングすることができた(図参照)。

相馬准教授は、「表面ポテンシャルによってフェルミ弧状態がどれだけ変形しても、ワイル点は動きません」と説明する。「ワイル粒子は、いくつかの点でグラフェン中の伝導電子より優れています。また、非常に安定なので大電流を扱うことができます」。

References

  1. Souma, S., Wang, Z., Kotaka, H., Sato, T., Nakayama, K., Tanaka, Y., Kimizuka, H., Takahashi, T., Yamauchi, K., Oguchi, T. et al. Direct observation of nonequivalent Fermi-arc states of opposite surfaces in the noncentrosymmetric Weyl semimetal NbP. Physical Review B 93, 161112(R) (2016). | article

このリサーチハイライトは原著論文の著者の承認を得ており、記事中のすべての情報及びデータは同著者から提供されたものです。