有機スピントロニクス:  失われないスピン情報

2013年04月26日

フラーレンから成る薄膜では、電子のスピン情報が長距離にわたって保存されることが、実験から明らかになった

フラーレン膜で、電子スピンが長距離にわたって保存される様子。青色はフラーレン、緑色の球は電子、矢印は電子スピンを表す。
フラーレン膜で、電子スピンが長距離にわたって保存される様子。青色はフラーレン、緑色の球は電子、矢印は電子スピンを表す。

© 2013 Miyazaki–Mizukami group

電子のスピンを制御できるようになれば、これまでのエレクトロニクスデバイスにない機能をもつスピントロニクスデバイスを設計できるようになるだろう。従来のスピントロニクス研究では、高純度で作製でき、デバイスへの組み込みが容易で、組成を精密に制御できる無機固体材料に重点が置かれてきた。しかし、有機材料にも、加工コストの低さや、緻密な化学修飾によって物理的特性を制御できることなどの利点がある。

通常、有機化合物は軽い元素(主に炭素)からできているため、スピン軌道相互作用(電子のスピン角運動量と軌道角運動量との相互作用)は非常に小さい。このことは、電子スピンが長時間にわたって保存され、原理上は電子がスピンを反転させずに長距離移動できることを意味している。最近まで、室温における移動距離は最長でも数ナノメートルであり、それより長い移動距離が観測されるのは低温の場合に限られていた。東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)のXianmin Zhang助手らは、このたび、電子がスピンを保存したまま室温で最高110 nmの距離を移動できる有機材料系デバイスを実現させた1(図参照)。

研究者らは、このデバイスの作製にフラーレン(C60)膜を用いた。C60は炭素原子だけからなる分子なので、スピン軌道相互作用が弱い。また、ほかの有機材料によく見られる水素を含まないため、電子スピンと核スピンの超微細相互作用が弱く、スピンが反転しにくい。Zhang助手らは、2つの強磁性電極で1枚の有機層を挟んだ有機スピンバルブを作製して、磁気抵抗を測定した。磁気抵抗は、スピンバルブの2つの電極が同じ向きと逆向きに磁化されたときの電気抵抗の差を使って表される。つまり、磁気抵抗は電子スピン偏極の保存の尺度となるのだ。  

研究チームは、さまざまな厚さのC60膜を用いて製作したデバイスを調べ、室温での磁気抵抗の測定から、110 nmという過去最高の移動距離を観測した。Zhang助手は、この値をさらに大きくすることができるかもしれないと言う。結晶性C60の場合、理論的には、移動距離は400 nmを超えられるからだ。しかし、そうした規則正しい配列をもつ材料を作製することは非常に難しく、大きな挑戦であるといえるだろう。

Zhang助手によると、今回の研究結果の意義はC60だけにとどまるものではない。C60膜におけるスピン輸送を理解することによって、化学者や技術者たちが、より効率の高い化合物やデバイスを設計できるようになるかもしれないと、Zhang助手は期待している。

References

  1. Zhang, X., Mizukami, S., Kubota, T., Ma, Q., Oogane, M., Naganuma, H., Ando, Y. & Miyazaki, T. Observation of a large spin-dependent transport length in organic spin valves at room temperature. Nature Communications 4, 1392 (2013) | article

このリサーチハイライトは原著論文の著者の承認を得ており、記事中のすべての情報及びデータは同著者から提供されたものです。