酸化物: 完全に近づける

2010年12月27日

精密な薄膜成長技術が、分数量子ホール効果の観測を可能にした

図1: 分数量子ホール効果の概念図。磁場のもとで二次元に閉じ込められた電子は、1個の電子あたり3本の磁束量子が結合した複合粒子のように振る舞う。今回、この効果が、酸化亜鉛薄膜で観測された。
図1: 分数量子ホール効果の概念図。磁場のもとで二次元に閉じ込められた電子は、1個の電子あたり3本の磁束量子が結合した複合粒子のように振る舞う。今回、この効果が、酸化亜鉛薄膜で観測された。

© 2010 M. Kawasaki

電子が単一の平面に閉じ込められた二次元系では、多くの興味深い電子物性が現れる。このたび、東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)の川崎雅司教授と国内研究機関の共同研究者らは、酸化物材料において、そうした現象のひとつである分数量子ホール効果を観測した1

二次元電子が量子力学に従って自由に振る舞う量子輸送現象を実現するには、極めて薄く、滑らかな界面が必要である。このような界面の「きれいさ」は、界面に沿って自由に動くシート状の電子の移動度(電場のもとで電子がどれほど速く動けるかを表す尺度)を左右するため、界面に欠陥や凸凹があると移動度が小さくなる。酸化物表面は概して粗くなりやすく、不純物や欠陥を含みやすいので、酸化物系において量子輸送現象を実現することは、とりわけ困難であると考えられてきた。

川崎教授らの研究チームは、不純物が入り込みにくい分子線エピタキシーという手法を用いて、酸化亜鉛の上に厚さ300ナノメートルの酸化マグネシウム亜鉛層をゆっくりと堆積させた。この界面に閉じ込めた電子移動度は、従来の酸化物で得られていた値の6倍になった。「私たちが作製した酸化亜鉛の界面は、最先端の半導体に匹敵するほどきれいなので、電子は散乱されずに動けるのです」と川崎教授は説明する。

分数量子ホール効果は、二次元に閉じ込められた電子の磁場中での集団的な振る舞いに起因している。ここでは、1個の電子と3本の磁束量子からなる複合粒子が電流を運ぶように振る舞う(図1)。その特徴は、印加する磁場が強くなると、材料のホール抵抗(二次元面における横方向の電気抵抗)が階段状に変化していく点にある。これらの段は、「フォン・クリッツィング」定数を整数または分数で割った値で現れる。

これまで酸化物で観測されていたのは整数の段であり、分数量子ホール効果とは別の、やや単純な物理現象に起因するもので、整数量子ホール効果として知られている。今回、川崎教授らの研究チームが作製した薄膜は非常に高品質であったため、酸化物における分数の段の観測を初めて可能にした。

分数量子ホール効果は、シリコンやヒ化ガリウムなどの材料ではすでに観測されている。しかし、川崎教授は、クリーンな酸化亜鉛膜を利用することで、新しい効果を観測できるようになるかもしれないと考えている。「酸化亜鉛中の電子は、シリコンやヒ化ガリウム中の電子よりもはるかに重い粒子として振る舞います。 電子が重くなるほど互いに反発しやすくなり、相関効果がより顕著になります。5/2などの偶数分母状態の生成が可能になると、量子計算に利用できるようになるかもしれません」。

References

  1. Tsukazaki, A., Akasaka, S., Nakahara, K., Ohno, Y., Ohno, H., Maryenko, D., Ohtomo, A. & Kawasaki, M. Observation of the fractional quantum Hall effect in an oxide. Nature Materials 9, 889–893 (2010). | article

このリサーチハイライトは原著論文の著者の承認を得ており、記事中のすべての情報及びデータは同著者から提供されたものです。