単一分子イメージング: クロムで仕上げる

2010年12月27日

クロムでコーティングした探針を用いた原子間力顕微鏡で、分子スケールのデバイスの画像化が可能になった

図1: 磁化可能なコバルト-芳香族炭化水素分子錯体(黄色-赤色)が 絶縁性の塩化ナトリウム表面(青色)に吸着した様子を示す原子間力顕微鏡像。塩化ナトリウムの格子が原子レベルではっきりと解像されている。 © 2010 ACS
図1: 磁化可能なコバルト-芳香族炭化水素分子錯体(黄色-赤色)が 絶縁性の塩化ナトリウム表面(青色)に吸着した様子を示す原子間力顕微鏡像。塩化ナトリウムの格子が原子レベルではっきりと解像されている。

© 2010 ACS

東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)のThomas Trevethan助教とAlexander Shluger教授は、ハンブルク大学(ドイツ)およびロンドン大学ユニバーシティカレッジ(英国)の共同研究者らとともに、高分解能の原子間力顕微鏡(AFM)と一連の理論モデリングを組み合わせて、磁性を持つ金属-有機錯体が絶縁体表面上のどの部位に結合しているかを正確に特定することに成功した。今回の結果は、超高密度分子論理回路などの応用開発への重要な一歩となる1

単一分子を微小デバイス素子として用いるためには、これらを塩化ナトリウムなどの絶縁体表面上に蒸着して、電気的に絶縁しなければならない。しかし、このような絶縁体表面を用いると、デバイス全体の挙動を支配する吸着分子の位置や配向を画像化することが、極めて困難となる。

絶縁体を原子スケールで画像化する方法のひとつに、原子レベルの鋭さを持った探針を振動させながら表面の形状を物理的になぞるAFMの技術がある。Trevethan助教によると、この技術を用いても、吸着分子とその真下の基板の構造を同じ分解能で見ることは決して容易ではないという。「個々の表面原子を画像化する分解能を得ようとしてAFM探針を近づけると、探針と吸着分子が強く相互作用して、吸着分子が基板から離れてしまうことが多いからです」。

研究者らは、非常に尖ったAFM探針を、基板表面の塩化物イオンと強く相互作用する金属クロムで単原子層コーティングすることで、この問題を解決した。クロムコーティングされた探針は、表面から遠く離れていても基板の形状を解像できるため、吸着分子を乱さずにすむ。

研究チームは、この新しい探針を用いて、塩化ナトリウム表面上のCo-サレン錯体の吸着状態を調べた。Co-サレン錯体はコバルトと芳香族炭化水素からなる錯体で、興味深い磁気特性をもっている。この系を絶対零度付近まで冷却した後、クロムコーティングした探針を使って観察すると、吸着分子の極めて明瞭な画像が得られ、吸着分子がその下のイオン格子に対して16種類もの配向をとることが明らかになった(図1)。

Co-サレン錯体がこれほど多様な吸着構造をとる理由を解明するため、Trevethan助教らは表面のほんの一部分のみを扱うだけで済む新しい方法を考案して量子化学計算を行った。「Co–サレン錯体はかなり大きいので、正確にモデリングするためには、通常なら非常に大きな系を量子論的に取り扱う必要がありました」とTrevethan助教は話す。この方法により、Co-サレン錯体とその下のイオン性表面の原子との微妙な相互作用から、各種の配向が生じていることが明らかになった。

研究者たちは、このクロムコーティングした探針を使って、酸化ニッケルなどの興味深い磁気特性をもつ絶縁体表面を研究しようと計画している。

References

  1. Lämmle, K., Trevethan, T., Schwarz, A., Watkins, M., Shluger, A. & Wiesendanger, R. Unambiguous determination of the adsorption geometry of a metal–organic complex on a bulk insulator. Nano Letters 10, 2965–2971 (2010). | article

このリサーチハイライトは原著論文の著者の承認を得ており、記事中のすべての情報及びデータは同著者から提供されたものです。

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